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2009年3月 1日

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[DTM作品] YOKO(陽光)。

春はどこへ行ったんだろう。東京では寒い日々が続いています。雨が多いのですが、先週は雨どころではなく雪まで降りました。ぼたぼたと落ちてくる大きめの春の雪を眺めながら、風流というよりも寒さの意識が先行していたような気がしました。とにかく、さみー。さみー・でいびす・じゅにあ(意味不明)。



寒さのために身体も縮こまりがちですが、こころも縮こまってしまう。なんとなく冷え込んだ気持ちを立て直すために、久し振りに土曜日から趣味のDTMに没頭することにしました。できれば、あたたかい春の日差しのような曲が作りたかった。ゆったりと穏やかな曲もいいけれど、テンポがあって気分が高揚して明るくなれる曲がいい。

ところが、久し振りに音楽制作ソフトDAWのSONARに向かってみると、どうも調子が出ません。というよりも、作り方自体を忘れてしまっている。

愕然としました。ブログもそうですが、継続して書いていると習慣でエントリを書けるものですが、しばらくインターバルがあると書くのに抵抗がありますね。そして、ソフトウェアやアプリケーションも、離れていると操作の方法自体がわからなくなる。ピアノロールの画面を前にして途方に暮れました。

スポーツも同様だと思うのだけれど、身体で覚えているようなところがあり、アタマではわかっていても身体感覚を取り戻せないとうまくできない。

そんなわけで、打ち込みのリハビリという感じで作った作品です。タイトルは「YOKO(陽光)。」としてみました。今日も天気のぱっとしない一日でしたが、春のあたたかい日差しを想って作りました。ちなみに、女性の名前のヨウコさんではないですよ。ヨウコさんといって思い出すのは、ジョン・レノンが生涯ひたむきに愛した女性であるオノ・ヨーコですが。


■YOKO(陽光)。(2分49秒 3.86MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


曲を作るにあたって、どのような文脈を参考にしたかということはなかなか難しく、どちらかというと自分のなかにある音を引き出してきた感じです。リハビリということもあり、あまりとらわれずに自由に作ってみたかった。打ち込み感覚を取り戻すということで、基本的なテクノ感を大事にしました。打ち込みらしさに忠実にあること、でしょうか。

しいていえば、80年代の洋楽の感じかもしれません。かつても書きましたが、スクリッティ・ポリッティとか、ハワード・ジョーンズとか、ペット・ショップボーイズとか。どの曲とはいえませんが、ぼくのなかにあるそんなミュージシャンたちの記憶です。

■Scritti Politti - Absolute

クールだけれど、あたたかい音があると思っています。無機質な電子音でありながら、包み込むようなあたたかさがあるシンセサイザーの音のように。というのは80年代に生きてきた人間だからこそ感じる印象かもしれません。音の背景に、過ごしてきた学生時代の思い出などを重ねるのでしょう。とはいえ、ぼくは個人的には、オルゴールの音、サックスの音などに透明な響きとともに洗練されたぬくもりを感じています。

今回はSONAR付属のTTS-1のプリセット音のみで制作しました。テナーサックスの音をプリセットで入れましたが、きっと本物の音にはかなわない。最近、菊地成孔さんとか、コルトレーンなどを聴いていたせいで、サックスに対する憧憬が高まっているのだけれど、聴くのと創るのでは大きな違いがあります。

所詮、シンセサイザーはまがいものであり、サックスの「ような」音しか出ない。けれども吹けるようになるためには才能も要求されるわけだし、ぼくは憧憬を擬似的な音で追求していきたいと考えています。

楽曲的には、仕事の最中にアタマに浮かんだメロディ一発勝負で、ほとんど最初から最後までそのモチーフを利用しています。忘れないように口ずさんだりしていました。しかし後半で転調をして、そのまま終わりました。転調したあとの展開部分はありがちなコード進行で、どうかな?とは思っています。

しかし、リハビリという意味では、ありふれた展開部分が楽しかった。創造的な意味ではクリエイティビティに欠けるかもしれませんが、自分にとって近しかったり好きなコードで曲を作るのは、とても心地よいものです。

ほんとうは作り手の立場としては、聴き手のことを考えなければいけないことはわかっているのだけれど、自分を救済するためには、ホームグラウンドのような場所を持っておくことは大切なことかもしれません。自分を見失ったら帰ってくることができる何かを維持しておくことは、とても大事だと思います。

それにしても、はやく春が来るといいですね。

投稿者: birdwing 日時: 18:59 | | トラックバック (0)

2009年2月 1日

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[DTM作品] シンコキュウ(試作)。

試練とか、圧力とか、諍いとか。ぼくらの生活はさまざまな好まざる状況に直面します。壁にも袋小路にも突きあたる。大人ではなかった頃には、世界はもう少しシンプルでした。もちろん悩みや絶望もあったけれど、深い影とは反対側に、ひかりの当たる場所が確かにあったと記憶しています。しあわせな時間はしあわせな時間として、素直に享受できていました。

日曜日。東京は快晴で風が強い一日でした。寒いです。夕方、買い物に出掛けた途中、建物に当たった光と路上の影のコントラストを眺めながら、人生のコントラストのようなものを考えていました。

090201_yuyake.JPGその後、家の窓から、ささやかな夕焼けの写真を撮りました。淡いブルーからオレンジに変わっていくグラデーションがきれいです。風に吹かれてびゅんびゅんうなっている電線ですが、電柱のシルエットも悪くない。どこにでもある風景かもしれません。でも、そんな風景のなかにも美しさがあります。ありふれているからこそいい。

家々の屋根を見渡して、その下で暮らすさまざまなひとのことを考えました。遠い空の下で生活する誰かのことにも想いを馳せてみました。試験の準備で息の詰まるような1日を強いられているかもしれません。あるいは、3月までに結果を出さなければならない仕事のことを考えて、休日でさえ、こころが休まらないひともいるでしょう。

がんばりましょう。

根拠のない楽観は逆にぼくらを追い詰めることになるかもしれませんが、少しでもひかりがあれば、輝いている場所を頼りに進んでいきたい。わずかな一歩でもかまわないと思います。踏み出すことが大事。わずかなステップでも踏み出すことさえできれば、少しでも前に進めるはず。

政治犯など牢獄で囚われた状況に置かれると、絶望のあまり長生きできないようですが、それでも生き長らえたひとがいるそうです。どういうひとかというと、苦しみから抜け出したあとを明確にイメージしていたひとたちだったらしい。想像のチカラは、ぼくらを助けてくれます。映画では、「ショーシャンクの空に」で、そんな希望を持ちつづけることの大切さが描かれていました。

NLP(Neuro-Linguistic Programing:神経言語プログラミング)のやさしい解説書「一瞬で新しい自分になる30の方法」を先月の22日に読了したのですが、その本のなかでは、ストレスに対する解消の方法がいくつも語られていました。


4478007462一瞬で新しい自分になる30の方法―24時間ストレスフリーでいられるNLPテクニック
北岡 泰典
ダイヤモンド社 2008-11-29

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あらためて基本を認識したのは「卓越性の連鎖」という考え方でした(P.36)。姿勢編集として解説されているのですが、あるひとのパフォーマンス(行動)は、精神状態から生まれる。そして精神状態は姿勢から生まれ、姿勢は呼吸から生まれている、という考え方だそうです。つまり呼吸を変えることで、姿勢を変え、姿勢が精神状態を変え、さらにはパフォーマンス(行動)も変える。まずは呼吸から、ということでしょう。

そんなことを参考にしながら、息が詰まる生活のなかでシンコキュウすることからはじめてみよう、ということを曲にしてみようと思いました。実は歌詞をつける予定でしたが、途中段階のプロトタイプ(試作)を公開してみます。

ほんとうは完璧に作り上げてから公開するつもりだったのですが、ボーカルを録音する環境がいまひとつ整っていません。環境づくりから、ゆっくりと取り組むことにします。まずはインスト版を公開します。メロディの部分はシンセのトロンボーンのプリセット音で入れています。


■シンコキュウ(試作)。(3分50秒 5.27MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


昨年の12月、今年の1月には趣味のDTMの楽曲を公開していなかったので、3ヶ月ぶりの曲です。アップロードのやり方を忘れてしまうところでした(汗)。

楽曲のイメージとしては、最近はPUPAとして原田知世さんを加えて活動されていますが、高橋幸宏さん風のやさしい雰囲気を想像しました。メンバーのひとり、高野寛さんもいいですね。

ただ、途中にプリセット音としてはウクレレの音が出てきますが、こちらはプリファブ・スプラウトの「The Gunman and Other Stories」というアルバムの1曲目「Cowboy Dreams」を思い浮かべて作りました。

B00005ARSVThe Gunman and Other Stories
Prefab Sprout
EMI 2002-08-19

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YouTubeからプロモーションビデオを。カントリーのような曲調ですが、それでもどこか彼等らしい洗練された感じがします。それから映画と組み合わせたような映像がいい。


アルバムは、あまりヒットしなかったようですが、一時期、ほんとうにはまって繰り返し聴いた一枚です。日本版が出ないかもしれないということで輸入版を購入、たしか1年ぐらい後に国内版も購入したので、2枚持っています。熱が冷めてしまって、いまではあまり聴くこともないのですが。

プリファブ・スプラウト以外では、中間部分のドラム以外の音がなくなる部分はポスタル・サービス風にしたいと思いました。が、きっとできていない。ポスタル・サービスのアルバムは先日CDショップで試聴したのですが、購入を断念してしまいました。

B000089CJIGive Up
The Postal Service
Sub Pop 2003-02-18

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作り方としては、この曲では打ち込み+ループ音源の切り貼りをしています。昨年の後半は打ち込みオンリーのスタイルだったのですが、それ以前のスタイルに戻しました。ギターの音もすべて音源からの切り貼りで、中間部分のギターソロも音程を調整して継ぎ足して作っています。したがって、ギターは一度も弾いていません。

ドラムのループ音源の処理は、今後の課題だと思いました。要するに"料理"が足りない。ほんとうはもっと細かくスライスして、緻密に音を貼り合せていく作業が必要でしょう。どうしてもバスドラムの音数が多くなってしまったり、聞こえ方もまだまだ調整が必要だと考えています。

音の加工に関しては、率直なところ、もっとよい機材がほしいと思うことはあります。しかし、チープな環境なのだけれど、この環境でどこまで曲を作れるか挑戦していこうと思います。いちばん大事なことは、聞いていただいてくれたひとのこころに何かを残せたか、ということに尽きます。シンコキュウというだけに、リラックス感を残すことができればいいのですが。

途中段階の歌詞も掲載したいところですが、もう少し推敲します。しかし、プロトタイプであったとしても、試行錯誤の段階を含めて、すべてこの場で公開していきたいと考えています。ぼくはプロのアーティストではないし、完璧主義者でもありません。ブログを書くように音楽をやっていきたい。作品という結果になるまでの過程を大切にしたい。

ボーカル版が完成するかどうかは未定です。ひょっとしたら別のインスピレーションが生まれて、他の曲を作り始めてしまうかもしれないですね。とはいえ、To be continued. ということで。

投稿者: birdwing 日時: 19:12 | | トラックバック (0)

2008年11月 9日

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[DTM作品] 枯葉の絨毯。

人間の身体のなかにも音楽があるのではないか、ということを考えたのですが、いちばんわかりやすいのは心臓の鼓動、つまりリズムでしょう。赤ちゃんの場合は速く、大人になるとゆったりと遅くなる。同じひとであっても、緊張しているときには速くなるし、落ち着いたときにはゆったりと遅くなる。生きている人間であれば、必ずこのリズムが体内で刻まれているわけで、メロディやハーモニーよりもまずリズムがある。

検証したわけではないのですが、ぼくが趣味のDTMで作る音楽のリズムは、いつでもほぼBPMが100あたりのテンポであり、これがぼくの鼓動の速さ、あるいは身体に適したテンポなのかもしれません。

ぼんやりと休日にSONARのソフトに向かいながら、このリズムを変えられないか、と思ったのですが、なかなか難しかった。そこで今回は拍子を変えようと思いました。3拍子、つまりワルツに挑戦です。考えてみると3拍子の曲を作ったことがありませんでした。盲点でした。

ところで、3拍子、ワルツといってぼくが思い出すのは次の2曲でしょうか。ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビィ、そしてエリック・サティのジムノぺティ。

■Bill Evans - Waltz For Debby

まずビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビィをYouTubeから引用してみました。ジャズの入門者用の曲だとは思いますが、学生時代に某鎌倉に住んでいる友人に薦められて輸入版のレコード(CDではない)を購入し、毎日聴いていた覚えがあります(ということを何度かブログに書いたなあ)。冒頭のやさしいピアノの雰囲気と、ベースのソロがいい。この映像はアルバム収録のテイクよりテンポが速めのような気がします。

つづいてサティですが、埋め込み不可なのでリンクで引用します。

■Aldo Ciccolini plays Satie (vaimusic.com)
http://jp.youtube.com/watch?v=Lvqoqjwfv-c

サティのジムノぺティは、よく耳にする音楽です。具体的に例を示せないのですが、映画やCMのなかで使われることが多いように思います。明るさと翳りが混在したような静かな音楽で、ぼくがこの曲を聴くと、なんとなく陽光が降り注ぐ図書館の窓際の席を思い出します。光のなかで埃がふわふわ浮かんでいる。何かのレポートか課題に取り組まなければならないのだけれど、手つかずのまま、まったりと埃を眺めている、そんなイメージです。なんでしょうか、この特定されたイメージは(笑)。

そのほか、ボーカル入りの曲では、キャロル・キング(The City)のSnow Queen、ビートルズでは途中で拍が変わりますがLucy in the Sky with Diamondsなどが3拍子です。

というわけで今回は、3拍子、ワルツという限定したスタイルから制作してみたのですが、イメージしたのは冬の公園の散歩でした。そろそろコートが必要な季節になりましたが、コートに手を突っ込んで、冬の公園を歩く。枯葉が敷き詰められていて、歩みにしたがってかさかさと音を立てる。葉の落ちてしまった木々からは青空がのぞいていて、風はあまりない。ときどき鳥の鳴き声が聞こえて、遠くに雲はふたつばかり浮いている。

というわけでワルツ(3拍子)に挑戦した曲をブログで公開します。タイトルは「枯葉の絨毯。」としました。


■枯葉の絨毯。(3分4秒 4.21MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


あらためて聴き直して、いつになくまとまっていない印象です。反省。まあ、挑戦したので無理はあるのですが。

DTMをはじめた頃には、イントロ・Aメロ・Bメロ・サビ・エンディングなどのようにきっちりとした構成の曲を作っていたのですが、最近はインストのせいかどうでもいい傾向があり、しかも同じコードの繰り返しで最初から最後まで作ってしまう横着ぶりです。しかも制作途中の思いつきで変わっていくので、同じようなコードでありながら最後にはびみょうに異なっていることもある。

SONARでTTS-1というソフトウェアシンセだけを使っています。けれどもベースは、ジャズに使うようなアップライトのベースのプリセットにしました(ビル・エヴァンスの映像で左側で弾いているひとのようなベース)。本物のような音を出すことはできないのですが、なぜかこのベースの音を聴くと、ぼくは枯葉を思い出します。弦が振動するときの乾いた感じから連想するのかもしれないし、枯葉という名曲がジャズにあるからかもしれないのですが、色彩でいうと、ぼくにとってのジャズはどうしてもセピアなんですよね。共感覚の持ち主ではないから、そんなに鮮明ではないのですが。

そういえば、バンドでベースを弾いていた頃には、エレキのアップライトのベースをとても欲しかった時期がありました。フレットレスなのでかなり高度な技術が求められるため、ぼくには無理そうな気がするのですが、やっぱりかっこいい。キリンのラガーというビールの宣伝で、いかりや長介さんが弾いていて、かっこいいなあと思いました。YouTubeからの映像です。

渋い。ああ、こんなおじいさんになりたい(笑)。というかビール飲みたい。最近は、安いので発泡酒(キリンのストロングセブン)なんですけどね。

というわけで、ぼくが作る趣味のDTM作品の志向性は、ジャズなのかポップスなのかエレクトロニカなのか、デジタルなのかアコースティックなのか判別できないような音楽に足を踏み込んでしまったようです。それらのジャンルのいずれでもなく、一方でいずれでもあるような感じがします。これだ!と自信をもっていえるようなものではないけれど、この音楽は紛れもなくぼくが通過してきた音楽の延長にあり、ひょっとすると混沌とした光とも闇とも判別できないものが自分ではないのかな、と。

この混沌のなかから、いつしか自分らしい何かが生まれてくるといいのだけれど。そんな期待と不安を抱きながら、自作曲を聴いて考えています。

投稿者: birdwing 日時: 10:49 | | トラックバック (0)

2008年11月 1日

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[DTM作品] 硝子窓、木枯らしの影。

菊地成孔さんの音源を聴きました。JAZZにはあまり詳しくないし、この音楽性を真似するのは才能も力量もないぼくには無理と思いつつ、彼の芸術性にインスパイアを受けています。いろんな活動をされているのですが、以下の映像をYouTubeから引用します。

■Nariyoshi Kikuchi - Elizabeth Taylor

音楽は理解するものではない、心に響けばいいのだ、技術だけでもない、感情がなければひとの心は打てない、と考えていた時期もありますが、やっぱりテクニックは必要だし、理論を含めて知的な何かを発動させたサウンドも素晴らしい。シンプルなロックもいいけど、難解なJAZZも楽しい。時間があれば音楽理論もきちんと紐解いてみたいと思っています。きっと音楽を聴く耳が、いままでとは変わるのではないか。

そもそもミーハーなぼくは、よく理解できないにもかかわらず思想書などを購入してしまうひとであり、思考系ブロガーを標榜しています。だから個人的には、知との戯れは途方もなく贅沢な時間です(実りはなかったとしても)。バンド活動ではなく、ひとりで趣味のDTMで曲を作る作業が楽しいのは、知との戯れの要素があるからだと思います。構造的に曲を考えたり、ある枠組みのなかで音の可能性を探るのは、途方もない知的な好奇心を満たしてくれます。

といっても、あまりに過激な思考だとか、奇をてらった試みには引いてしまうわけで、ふつーのひとの感性も持っているつもりです。それがないと、傍目に困ったひとになってしまう。

たとえばインディーズのエレクトロニカでいうと、カールステン・ニコライだったかと思うのですが、文書ファイルのテキストを音に変換した楽曲があって、さすがにこれはどうだろう・・・と思いました。ショップで試聴して困惑しました。というのも、ピーガリガリガリ、というようなFAXの送信音のようなものがCDに入っていたので。うーん、これはありかもしれないけれど、購入する価値があるのか、と。

あれはやりすぎでしょう。ノイズも音楽の要素になるし、ジョン・ケージの無音を演奏とする試みだとか、プリペアド・ピアノのような楽器を別の使い方で演奏する音楽もありとは思うのですが、それ変じゃないの?という裸の王様の寓話のような正直さは忘れずにいたい。でも、ときどき自分の感性に自信が持てなくなることもあります(苦笑)。ブログを書いていて文章に歯止めが利かなくなることがある。客観性というのは難しい。

さて、今日は天気はいいけれど、風の強い日でした。ぼくの部屋はブラインドなのですが、風の強い日に思い出すのは、子供の頃、ふすまにちらちらと映った植え込みの木々の影です。たぶん熱を出して学校を休んでしまった日で、微熱を持て余しながらぼんやりと布団のなかからふすまに動く影絵を眺めていた。風は強いのだけれど部屋のなかは静かで、ふすまの影だけが激しく動いている。そんな風景です。

気がつくともう11月。秋から冬へとなめらかなグラデーションで季節が変わっていく時期になりましたが、木枯らしを部屋のなかから眺めるような曲を作りたいと思いました。とにかくアタマのなかにある音の像をカタチにしたかったので、土曜日の1日、ときどき子供たちと遊びつつ、すごい勢いで作ってしまったのですが、ブログで公開します。タイトルは、「硝子窓、木枯らしの影。」としました。


■硝子窓、木枯らしの影。(3分2秒 4.21MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


今回もすべて打ち込みです。ソフトウェアシンセはSONAR付属のTTS-1のみです。以前、学研の大人の科学「シンセサイザー・クロニクル」という号の冊子で、レイ・ハラカミさんが、いまもRolandのSC-88Proというハードウェア音源を使って制作されている、ということを読んでショックを受けました。実はこの機材はぼくも中古で購入して持っているのですが、まさかこれであの音が・・・と。使う人が使うと音も変わるものだなあ、ということを痛感しました。

4056051836大人の科学マガジン別冊 シンセサイザー・クロニクル (Gakken Mook 別冊大人の科学マガジン)
大人の科学マガジン編集部
学習研究社 2008-07-30

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もちろん最新のマシンで最新のソフトウェアを使えば、ものすごくリアルなサンプリング音源でとんでもないことができそうな気がしますが、だからといっていまの機材で何もできないかというと、そんなことはない。かつてぼくはすべて無料の音源で曲作りに挑戦したことがありますが、機能が制限されるからこそ、その機能を生かした曲作りを工夫するようになります。また、タマス・ウェルズというミュージシャンのコンサートに行ったときにも、ぼろぼろのギター1本で(5000円ぐらい?)演奏した曲に、思わず涙したこともありました。

というわけで、アレがないから何もできない(時間がないからできない、も同様)という言い訳はやめて、とにかくいまある時間と機材とありったけの才能を使って、できる限りの曲を作ったり、文章を書いたりしていきたいと思っています。

今回は、リードとしてSAW、いわゆるノコギリ波の音を使っています。シンセサイザーの基本とも言える音です。大人の科学の付録シンセサイザー、学研のSX-150を使いたかったのですが、音階がコントロールできないことと、どうもPCに音を取り込むのがいまひとつうまくできないので断念しました(SX-150を組み立てたときのエントリーはこちら)。オーディオインターフェースが貧弱なせいか、あるいはぼくの設定がまずいのか、外部の音を取り込むことができずに残念です。

SAWのリードにはフランジャーとディレイをかけて、ユニゾンでパッド系(ヒューマンボイス風)の音を重ねています。SAWだけだといかにもな音なのですが、パッド系の音を加えることにより広がりができたような気がします。また、ピアノは途中でコードを逸脱するような音を試みたつもりです。ちなみにぼくはマウスで音を置いていくステップ入力というスタイルで曲を作るので、キーボードは弾いていません(というか、弾けません。苦笑)。入力した音の強弱を加工して自然に聴こえるようにする、という途方もない作業で制作しています。

しかし、こういうコード進行を崩すようなときこそ理論による裏づけが必要で、感覚的に音を外したのですが大きなボウケンはできていないような気がします。難しいですね、どうしても既存の音に絡み取られてしまう。表現の幅を広げるためには既存の何かを壊す爆弾のような何かも必要もあり、その何かを探して日々研鑽です。

081101_metoro1.JPGところで、前回のDTM作品「あき、星空のもとで。」を公開したとき、プラネタリウムなど星のことを書いたのですが、古い雑誌を整理していたら、地下鉄の駅で配っているmetoropolitanaというフリーペーパーの「夜空みあげて星をみよう。」という特集号をみつけました。なんと、日付けは2003年10月号。どれだけモノを捨てられないんだか。


その特集に天文写真家である林完次さんという方の撮影した写真があるのですが、これが美しい。左側ページは奥多摩の空、そして右側ページは長野県富士見高原のカシオペア座だそうです。ぼうっと木立が霞む風景はイラストのようですが、れっきとした写真らしい。すごい。

081101_metoro2.JPG

「宙の名前」という本も出されているとのこと。ちょっとほしくなりました。

4048836013宙(そら)の名前
林 完次
角川書店 1999-12

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寒いのですが、木枯らしに寒さをこらえて眺める空もまたいいものです。

投稿者: birdwing 日時: 22:18 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年10月19日

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[DTM作品] あき、星空のもとで。

ぼくの窓の向こうには星空があります。といっても部屋の窓の向こうではなくて、PCの液晶という"窓"の向こうです。

デスクトップの壁紙を星空のイラストに変えました。昼なのに夜の風景なので少し違和感もあるのですが、ダークブルーの配色が好みということもあり、満天の星空が気に入っています。遥かな宇宙に想いを馳せながら、遠い気持ちになれる。ときどき地上のぼくの部屋に戻れなくなってしまうのが困るのですが。

ぼくの田舎では周囲に家がない山奥ということもあって、冬の夜になると吸い込まれるような星空でした。正月に近所の神社におまいりに行った帰りに星空をよく眺めたものですが、天の川の細かい星のひとつひとつまでわかる。こういうときに田舎はいいなあと思う。ところが東京育ちの息子たちにはどうでもいいことらしく、なんだか怖いとのこと。確かに無数の星で埋め尽くされた星空を眺めていると、自分のちっぽけな存在をあらためて感じて怖くなります。

そんな星空の曲を、趣味のDTMで作ってみたいと思いました。先日、休日の空について曲を作ったばかりですが、こんどは夜の空の曲です。創作の限界というか、曲調はあまり変わっていないことに壁を感じてもいますが、空をテーマにすると似てしまうようです。

久し振りにDTM三昧の休日を過ごしたのですが、ブログで公開します。タイトルは「あき、星空のもとで。」としました。


■あき、星空のもとで。 (3分18秒 4.52MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


今回も全部打ち込みです。いろんな制作手法を経由して打ち込みに戻ってきたのですが、以前とは違った感覚を感じています。それが何かはうまく言えないのだけれど、打ち込みについての意識が変わりました。

利用したソフトウェアシンセは、SONAR付属のTTS-1のみ。ところでこのSONARですが、ついにバージョン8が出るというDMを先日いただきました。ぼくのSONARはいまだに5です(涙)。PCも新調して音楽制作環境を整えたいのですが先立つものがなくて断念しています。理想としては、音楽環境はMACにしたい。やはりリンゴのマークが付いているパソコンはかっこいいと思います。

星空をどのような音で表現するか。これが今回の大きなテーマだったのですが、ひとつはディレイを効かせたエレピなどのシークエンスでした。そしてもうひとつはチェロ、もしくは弦によるクラシカルな音です。あまり大きなオーケストラという感じではなく、弦楽四重奏あるいはバッハの平均律のようなシンプルな感じにしたいと思いました。室内楽のイメージです。

途中、弦のアレンジでクラシックなアプローチをしていますが、なんとなくテクノの奇才であるエイフィックス・ツインなどを思い出したりもしました。彼のように才能もなく、ぶっとんでもいない自分は、どちらかというとオーソドックスな編曲になっていると思います。クラシックのアプローチは、うまくやらないと陳腐になります。編曲のセンスが試されるところであり、要注意です。

ところで、星空がみえない東京で星を眺めるには、プラネタリウムという人工的な施設があります。ぼくはこのプラネタリウムが好きで、渋谷にあった五島プラネタリウムや池袋のサンシャインなど、よく通ったものでした。最近では、500万個の星を投影するMEGASTAR-Ⅱというものすごいプラネタリウムが話題になりました。このプラネタリウムを作った大平貴之さんという技術者が日本にいて、彼のことはドラマにもなったらしい。ぼくは見過ごしてしまったのですが、以前から関心があったので、観ておけばよかったと後悔しています。

■メガスターⅡコスモス
http://www.miraikan.jst.go.jp/sp/megastar2cosmos/
081019_megastar.png


MEGASTARという投影機は日本科学未来館というところに設置されているのですが、ぼくがそのことを知ったのは、レイハラカミさんのCDを購入したときでした。プラネタリウムの上映に彼の音楽が使われていて、さらに谷川俊太郎さんの詩が朗読されるとのこと。CDを購入したときには、「暗やみの色」というパンフレットも付いてきたのですが、とてもうれしかった。

B000FPWX0K暗やみの色
レイ・ハラカミ feat.原田郁子
ミュージックマイン 2006-07-12

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自然至上主義のような立場からすると、プラネタリウムはニセモノに過ぎないし、天然の星空は圧倒的に違うよ、といってしまえばそれまでだと思います。けれどもぼくは、そんなにたくさんの星を投影してどうするんだと嘲笑されながらも、プラネタリウムの再現の限界に挑戦した大平貴之さんの技術者としてのこだわりに惹かれるし、そういうリアルへの挑戦が科学を発展させる原動力だとも思っています。

たとえば、シンセサイザーで創る音楽にしても、音声合成技術にしても、インターネットのサービスにしても、あるいはヒューマノイドやロボットにしても、結局のところバーチャルに過ぎないよね、リアルがいちばんだよね、と言ってしまうことは簡単です。けれども、リアルをどうやって技術で擬似的に再現していくのか、リアルにはない世界観をどう表現するか、そんなことをコツコツと考えつづけているひとたちを応援していたい。

もっと言ってしまえば、所詮、ぼくらがブログで書いているものは、テキストというフォントの集合体にすぎません。けれども2バイトのデータの集まりにすぎない文章で何ができるか、そのことを真摯に考えつづけていきたい。

さて、星に関する曲としては、以前、「half moon」という曲も作ってささやかな掌編小説を公開しました(エントリーはこちら)。実は「あき、星空のもとで。」を聴きながら、「half moon」の続編のような小説もアタマに浮かんでいるのですが、余力があれば書いてみたいと思っています。若さゆえにうまくいかずに引き離されたふたりが、遠い場所でそれぞれの夜に、それぞれの夜空を見上げながら忘れられない大切なひとのことを思う。そんな物語でしょうか。

などと遠い物語を妄想しつつ、日曜日が終わります。

投稿者: birdwing 日時: 17:12 | | トラックバック (0)