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2007年2月28日

Gutevolk / グーテフォルクと流星群

▼music07-015:星屑が散りばめられた、おとぎばなし的な音の空間。

グーテフォルクと流星群-tiny people singing over the rainbow-
Gutevolk
グーテフォルクと流星群-tiny people singing over the rainbow-
曲名リスト
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せつなくて甘い日本のインディーズ・エレクトロニカです。そもそも「グーテフォルクと流星群」という宮沢賢治的なタイトルと、淡いブルーとグリーンのジャケットに惹かれてしまった。グーテフォルクとは、西山豊乃(にしやまひろの)さんのソロ・プロジェクトらしい。検索したところ、nobleレーベルのサイトに行き着いたのですが、まずレーベルのaboutのページで次の言葉にしびれました。


方法論やジャンルではなく、なんでもありなクロスオーバーでもないところで、
ただただ美しく自由な、日常の為の音楽の提案。
あなたの日常が、精神が、より優雅になれれば、こんなに嬉しい事はない。

うーん、とめどなく共感。ぼくの場合には方法論は大切にしたいと考えているのだけど、まさにさりげない、けれどもやさしい調べを聴かせてくれます。ピアノを中心に、逆回転の多用、囁きかけるようなヴォイスという音の構成にはCigur Rosテイストも感じました。日本語の曲、英語の曲が入り混じっているのですが、海外で受けるのではないでしょうか。声の肌触り感といい、そんな傾向です。

オフィシャルサイトのニュースのページでは、ニューアルバムのリリースに対して矢野顕子さんから「いいなあ、こんな声に生まれたかったです。交換してください」、細野晴臣さんから「久し振りだけど、この音を聴けばグーテフォルクだってすぐにわかるよ。しかも大人になった感じがする。母の胸だ」というメッセージが寄せられています。細野さんの最後の言葉は意味がわかりません(笑)。けれども、5曲目「i like rainbow」には子供の声がコラージュされています。西山豊乃さんについての情報を収集していないのですが、ひょっとして子供が生まれて母親になったんでしょうか?確かにやさしい印象の楽曲は、そんな背景も想像させてくれます。母親になっても曲を作りつづけるのはいいですね。ぜひ継続してほしいです。

個人的には3曲目「this moon following me」に、じーんでした。この明るいポップスは泣ける。ちょっとフレンチな感じもします。全体的に星屑的な音なんですが、7曲目「the door to everywhere」も地球の裏側を旅して星を眺めるような、おとぎ話的なフィルターのかかった曲です。とはいえ、ここ数ヶ月購入してきた曲は面白いように同じ傾向の音で、オルゴール的というかノイズのコラージュというか、そんな音なんですけど。だからぼくがDTMで創る曲もそんな音になってしまうのですが。

ところで、サイトに掲載されているご本人の写真、もうちょっとしかめ面じゃない写真はなかったんでしょうか(苦笑)。いや、アーティストは顔じゃないのだけれども。2月28日観賞。

+++++

オフィシャルサイト。Flashと音声のナビゲーションがなかなか素敵です。※クリックすると音が出るのでご注意ください。 http://www.gutevolk.com/

レーベルのサイトでは「portable rain」のみmp3ファイルをダウンロードして試聴できます。 http://www.noble-label.net/catalog/?ja&code=CXCA-1205

*年間音楽50枚プロジェクト(15/50枚)

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

デザインについて。

先週、インターフェースについて考察していたところ、デザインとは何か、という基本的な疑問がぼくのなかに生まれました。「ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代」という本では、今後はMBAよりもデザインのスキルが重要になるという大胆な予測が提示されています。去年読了した本ですが、その部分が強く印象に残りました。大袈裟だなあとも思っていたのですが、どうやらそうでもないようです。

デザインに興味があったので、何かよい本はないかと書店を徘徊したところ次の本を購入。現在、読書中(P.56)です*1

4152087994デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方
奥出 直人
早川書房 2007-02

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デザインに関していえば、美術系の大学・専門学校に行かれているひと、デザインを仕事にしているひとにとっては基本ではないかと思います。ぼくはデザインの専門家ではないので、私的デザイン考ぐらいでしょうか。技術もデザインも専門家ではなくて、最近といえば専門外のことばかりを書いている気がするのですが(苦笑)。

専門家ではないのですが、「ハイ・コンセプト」などの本によると、デザイン的な思考は創造的な企業において重要なポイントになってくるようです。ブログではイノベーションという長期的なテーマを主軸としていますが、いくつかの副次的な軸のひとつとして、デザインという項目を立て、情報をウオッチしておきたいと思います。

思考と表現=デザイン

まず、いつもの通りWikipediaから「デザインの語源」です。

デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、"計画を記号に表す"という意味のラテン語designareである。つまりデザインとは、ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。

ここでは2つのステップがあると思います。つまり、1)抽象的な概念を考える「思考」と、2)考えたことを記号として具体化する「表現」です。語源的には、思考と表現=デザインといえるかもしれません。

Wikipediaのページには広義のデザインとして解説もありますが、こちらを引用・考察するとわけがわからなくなりそうなのでやめておきます。ただ、ここで書かれていることは次のようなことだと思います。

思考と表現がデザインであるとすると、美術や芸術だけがデザインではありません。いまこうしてブログで"思考"を"表現"していることもデザインといえるかもしれない(と、いえないかもしれない)。息子に将来の夢を語らせることもライフスタイルのデザインかもしれない。絵を書くこと、立体を作ることだけがデザインではなくて、モノが使われる用途を企画したり、都市の20年後を計画することもデザインです。

ところがデザインというと、"思考と表現"の後者の表現のほうばかりが注目されがちではないでしょうか。モノとして、ほれこれがそうだ、と画用紙やプロトタイプを提示することがデザインだと思われている。デザインの思考の部分については、デザイナーが考えることじゃないでしょう、という雰囲気もあります。けれども今後のビジネスにおいては、戦略、計画、ビジョン策定、世界観の確立といったこともデザインとして重要になっていくようです。

というまさにそのことが、いま読みはじめた「デザイン思考の道具箱」という本に書かれていて、GEやP&Gの創造的な取り組みが取り上げられています。単純に製品の外観をデザインするのではなく、使用者のニーズというところまで「想像」し、企業戦略をデザインする部分を重視しているとのこと。また、スタンフォード大学Dスクールや、IITインスティテュート・オブ・デザインのような次世代の人材を育てるために、デザイン×マーケティングのような教育が実践されているようです。

デザイナーの思考にふれる3冊

さらにデザインを要素化・類型化して考察しようとしたのですが、なんとなくうまく構造化できないので、いまのところは保留にしておきます。そこで去年読んだデザイナー関連の書籍から3冊をピックアップして、再度その内容を振り返ってみることにします。

思考をテーマにブログを書いているのですが、デザイナーさんの本は、ぼくにとっては宝石のようなアイディアの集大成でした。ドラッカーなどの経営書を読むのとはまた違った刺激があります。やはりそれは右脳的な思考という印象を感じました。あるいは世界を文節化すること、切り取る視点のうまさという気がします。ロジックを構築するというよりも、感覚で思考の輪郭を切り抜いていく。カッターのようにすぱっと斬ることもあれば、ちぎり絵のように和紙のけばだった端が残っていることもある。そうした言葉のひとつひとつに示唆を受けました。

▼「デザインの輪郭」深澤直人

考えない(without thought)という考え方、行為に溶ける、あたりまえ、ふつうなど、意図しない自然なものをデザインするという禅問答のような姿勢に打たれました。換気扇のようなCDプレイヤーなど、ありそうなんだけれども気付かなかった何かをデザインできる、すばらしい方だと思います。

4887062605デザインの輪郭
深澤 直人
TOTO出版 2005-11-10

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▼「デザインのデザイン」原研哉

深澤直人さんが感覚的であるのに対して、原研哉さんは評論的でしょうか。テツガク的であるといえるかもしれない。あるいはブンガク的です。谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」がデザインの花伝書と言及するあたりなど、ロジックの面からも優れた読みものであると思いました。「情報の建築」という言葉にも惹かれます。

4000240056デザインのデザイン
原 研哉
岩波書店 2003-10-22

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▼「ナガオカケンメイの考え」ナガオカケンメイ

深澤直人さん、原研哉さんが文化的であるのに対して、ナガオカケンメイさんの書かれたものはビジネスの現場からの生の声が伝わってきます。日記形式だからということもあるかもしれないのですが、辞めていくスタッフに対する憤りがリアルに書かれていたりして、それがまたいい。デザイナーもまた現実に生きているという実感があります。

4757213093ナガオカケンメイの考え
ナガオカ ケンメイ
アスペクト 2006-11-17

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さて、本だけでなく、よいデザインに触れることで、頭脳ではなく感性でデザインをわかっていこうとも考えています。以下のGood Design Aworrdでは、録音機器から都市の交通、ロボットスーツなどもあってなかなか面白いと思いました。ネットで見ているだけではなくて、実際に触ってみたり体験することが大事なのかもしれませんね。

■Good Design Award

http://www.g-mark.org/library/2006/award-best15.html

*1:それにしても、気がついてみると今年になってCDを15枚も購入していました。ブログにレビューを書き始めたら面白くて次々に買い漁ってしまったのですが反省。以後、浪費を控えて書籍や映画に投資をシフトする予定です。

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

2007年2月27日

Contriva / Separate Chambers

▼music07-014:近い場所から聴こえてくる硬質な音。

Separate Chambers
Contriva
Separate Chambers
曲名リスト
1. Good to Know
2. Unhelpful
3. Before
4. Say Cheese
5. Bluebottle
6. Florida/Lay-By
7. Centipede
8. Number Me
9. Concrete Sleepers
10. No One Below
11. I Can Wait

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おしゃれエレクトロニカ、のようなくくりで試聴コーナーが設けられていたところにあったアルバムだったかと思うのですが、音としてはギターと特長的なベースを主体としたポストロックな感じです。生ギターあるいはエレキギターをメインのインストですが、2曲ほど女性ボーカルらしきものが入った歌ものもあります。ローファイな音というわけでもないのだけれど、とても狭いスタジオで録音されたような印象があり、その近い場所で鳴っているような感じがよいです。非常にミニマルな編成で、つつましい。

メンバーについては詳しくは知らないのですが、ドイツ、ベルリンの4人編成らしい。なんとなく2曲目までは、(これはものすごく個人的な印象なので全然違うかも)モノクローム・セット的な暗さを感じてしまって、うーむ、どうでしょうと思ったのですが、3曲目のボーカルが入った「befor」でぼくはすかっと抜けた気がしました。どこかギターポップというか、ネオアコっぽい。ベースが非常に輪郭の際立ったメロディアスなベースラインで、こういうのも好きです。似ている音楽を記憶から探ってみると、歌が入っている楽曲はウィークエンドというアーティストの「ラ・ヴァリエテ」というアルバムあたりですかね、知っているところだと。

そんな感じで、そうそう、エレクトロニカというよりもネオアコだよこれは、という一枚でした。どちらも好きなのですが。2月27日観賞。

my spaceではこちら。「bluebottle」と「i can wait」がこのアルバムの曲です。
http://www.myspace.com/contriva

+++++

なんだか学園祭のサークルの演奏みたいですが、ライブ演奏の「Number Me」をYouTubeから。男性2人+女性2人の構成で、女性がギターとベースなんですね(2008年3月30日追記)。

■Contriva - Number Me live in Darmstadt, March 15th 07

*年間音楽50枚プロジェクト(14/50枚)

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

2007年2月26日

i am robot and proud / Catch/Spring Summer Autumn Winter

▼music07-013:ポップエレクトロニカ・アーティストの初期作品。

Catch/Spring Summer Autumn Winter
I Am Robot and Proud
Catch/Spring Summer Autumn Winter
曲名リスト
1. Catch
2. Read & Re-Read
3. Saturday Afternoon Plans
4. James's Equation
5. Eyes Closed Hopefully
6. Heart of Things
7. Satellite Kids
8. Julie's Equation
9. Vendredi le 30 Mars
10. When We Were Together
11. September Argument
12. Last Day of Winter

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ロボットという言葉は、どこか洗練されない響きがあります。なんとなくキュービックな感じがする。直方体で構成されていて、動きもぎこちない感じ。ヒューマノイドやアンドロイドに比べると機械的な感じがして、機能も単純で感情もなさそうです。けれどもその純朴なイメージが、かえってよかったりもします。足りない部分をぼくら人間が補う感じでしょうか。感情はないのだけれど、他者としての人間たちの感情を付加できる。

i am robot and proudのアルバムは、3枚目のペンギンの絵がかわいい「Electricity in Your House Wants to Sing」から聴いたのですが、そのポップでかわいらしい音に惹かれました。これはいまでもお気に入りの一枚です。けれども今日、CDショップをうろうろ(というかふらふら)していたところ、彼等のファースト+シングル集が出ていたので思わず購入。3枚目に比べると音はシンプルなのですが、そのかわいらしさはそのままでした。それがちょっと嬉しい。ああ、最初からこういう音を志向していたんだな、という。

1曲目「the catch」はかっこいいのですが、まだ本領が発揮されない感じ。個人的な感想ですが、2曲目あたりから、i am robot and proudらしいやさしい音づくりを感じました。サンプリングを加えたり、ボーカルが入っている曲(12曲目「last day of winter」)などもあるのですが、彼等の音としては、同じフレーズのぴこぴこサウンドを永遠に繰り返しているスタイルのほうがいいですね。2月26日観賞。

+++++

ラップトップとキーボードによるライブの映像をYouTubeから。ライブといってもクールに淡々と操作(弾くというより操作ですね)するだけです。途中からリズムも激しくなるのですが、あくまでもクールに淡々と(笑)。詳細をよく調べていないのですが、日系の方なのでしょうか。

■I am Robot And Proud Live 1

*年間音楽50枚プロジェクト(13/50枚)

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

2007年2月23日

情報のトリミング、加工の技術。

「リーダーシップ・マネージメント」という本に書かれていた「言葉が世界を分節化する」というキーワードに示唆を得て、さまざまなことを考えています。

ジェームス・W・ヤングやジャック・フォスターなどの本では、新しいアイディアは組み合わせから生まれる、ということが言われています。発想の技術としては古典的なセオリーであり、以前にもブログに書きました。組み合わせだけではなく、分節化から創造的に新しいものを生み出すこともできるということは、考え方のフレームワークとして面白いですね。

しかし、よく考えてみると、A・B・Cという要素で何かが構成されていたとき、A+BとCで文節化されていた何かを、AとB+Cで再編成するということが文節化の切り口を変えるということです。これは組み合わせの方法を変えた、と同じことではないでしょうか。つまり、組み合わせが新しいものを生み出すということ、文節化で世界が変わるという2つの考え方は、表現こそ違うけれども同じアプローチといえるかもしれない。

音楽で考えてみます。専門的な知識はまったくないのですが、小学校程度のシロウトの音楽知識からも、和音の構成を変えると音が変わるということはわかります。たとえば、Cのコード(和音)であるドミソを、ミソドやソドミで弾いたとき、和音としては同じであっても和音から生まれる世界観のようなものはがらりと変化します。単音だけ注目すると音の構成を変えた、ということになるのですが、71鍵のキーボード上で全体を見渡すと、長い鍵盤から別の部分の音を切り取ったということになりそうです。ドミソとミソドは記号的には構成要素は同じであっても、オクターブ上のドと下のドは違う音だからまったく違う和音ともいえなくもない。ギターも高いフレットで押さえたC と低いCのコードは同じであるとはいえ、音はまったく異なります。

写真や映画も同様ですね。写真の場合、トリミング(trimming)といわれるのですが、撮影した写真であっても雑誌や何かにレイアウトするときには、たとえば上部と左部分をカットする、など加工します。まだデジタル化されていない頃には、写真の紙焼き(印画紙)やポジフィルムの上にトレーシングペーパーをかけて、対角線を鉛筆でひいて切り取る部分を指定した後に入稿(印刷会社に入れること)したものです。いまはDTP(デスクトップパブリッシング)なので、マッキントッシュの画面上で簡単にできることかもしれませんが。

トリミングで思い出してしまったのですが、「ブレードランナー」という映画でハリソン・フォードの演じるデッカードが、自宅で写真をチェックするシーンがありました。この機器が音声対応で、もっと右、拡大、などと声で指示すると、ぴっぴっぴっという感じで写真が大きくなったりトリミングされたりする。あのビューワーが印象的で、パソコンも完全に音声で指示ができるようになるといいのに、と思ったりしました。

YouTubeで検索したところ、やっとみつけました。以下の映像は、勝手に編集してしまっているので若干困ったものなのですが(いずれ消えるかも)、カウンターの残り50秒あたりのシーンでそのビューワーが出てきます。一瞬だけですが。

■Sushi Master in BLADE RUNNER

日本語を話す屋台のおじさんのシーンと「ふたつで充分ですよ」という台詞はぼくも気に入っています。英語と日本語でコミュニケーションしているのも、不思議な世界です。しかしながら、Sushi Masterなんでしょうか。うどん屋だと思っていたんだけど。でも、なんだか笑える。シリアスな映画も編集次第ではコメディになっちゃいますね(笑)。

映画も編集が重要です。フィルムのどこを切り取るか、どこをつなぐかということが重要になる。だからディレクターズカットのように、採用されなかったシーンが加えられた別テイクの映像が存在する映画も多い。「ブレードランナー」にもあります。現像したテープを切り貼りしていた時代は遠い昔のことで、いまはノンリニアでハードディスク上で加工が簡単になったようです。しかしながら、それ以上の技術も発展しているので、逆に情報を加工する時間はかかっているのではないかとも思います。

というわけで、とりとめがなくなってしまいましたが、情報が氾濫するネット社会では、音楽や写真や映画だけでなく、情報を切り取ること、情報のトリミングも重要になってきます。

ブログで何気なく使っている引用という手法も、切り取る技術だと思います。あるいは、切り取ってコラージュする技術、スクラップする技術でしょうか。紙になった書籍や新聞にしても、ネット上のブログの記事にしても、切り取って組み合わせて、そこにさらに自分の意見を加えることで自分のエントリーとして表現している。情報編集の技術が求められます。

情報の切り取り、つまりフィルタリングを自動化するのが先日も書いたYahoo! Pipesなのかもしれませんが、フィルタリングされた情報を2次元もしくは3次元的にみせることで、まったく別の見せ方も可能になっていく。

そんなことを考えていて、面白そうだと思ったのが「Kizasiお出かけマップ」でした。

■Kizasiお出かけマップ
http://odekake.kizasi.jp/tokyo/
http://odekake.kizasi.jp/sizuoka/

KIZASIといえば、ブログの頻出ワードをランキング化し、トレンドをグラフでみることができるサービスとして注目していたのですが、これは地図という情報と組み合わせて、現在、最も多くのブログで語られている場所を地図上にプロットするとともに、その頻度を赤い円の広がりや濃さで視覚化するサービスのようです。現在のところ梅関連あるいは河津桜の記事が多いようです。これからお花見のシーズンになると、各地の情報をブログから知ることができていいのでは。

もちろんブログ検索などを使ってダイレクトに情報を得る手段もありますが、地図上に配置されているとわかりやすい。ソース(情報源)は同じであっても、見せ方によってずいぶん変わるものです。現在は東京と静岡だけのようですが、広範囲にフォローしていただけるといいですね。

天気は不安定ですが、そろそろ春の気配。お出かけしたくなる季節です。河津桜の原木がある伊豆の河津町はぼくが生まれたふるさとに近い場所であり、河津桜の便りを読みながら、なんとなく懐かしい気持ちになりました。

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

2007年2月22日

「ドラッカー名著集1 経営者の条件」P.F.ドラッカー

▼book006:ふつうに語られる言葉に内包される叡智。

4478300747ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー
ダイヤモンド社 2006-11-10

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新しいものを追いつづけることも必要ですが、古典的な叡智を学ぶことも必要ではないかと考えています。新しいトレンドは時代の波に埋もれて消え去ってしまうものも多いものです。Web2.0という言葉がどんなに注目されていても、あと10年後に、ああそんな言葉もあったっけ、と懐かしがられる程度にしかならないかもしれません(逆に、その言葉が分岐点だったと重要になるかもしれませんが)。

昨年、「ドラッカーの遺言」という本を読み、そこで使われている言葉の優しさにぼくは打たれました。そして、彼がナチスドイツの台頭による世界のかなしみを救うために「考える人」となった経歴を知り、ドラッカーの本を時間をかけて全部読破しようと決めました。ちょうどいい時期でエターナルコレクションという名著集が昨年11月から刊行されていたので、第1巻から読んでいくつもりです。

この本のなかでドラッカーはとりわけ難しい言葉も使わなければ、特異なことも語っていません。だからきっと退屈な本に思うひともいるでしょう。正直なところ、ぼくも途中で何度か眠くなりました(苦笑)。でも、さりげない言葉のなかに、はっとするような発想が潜んでいる。その発想は研ぎ澄まされているというよりも、思考のツボを押されるというかエッセンスのようなものです。ぼくの勝手な印象ですが、谷川俊太郎さんの詩はやさしいけれども深い真理を突いているように思います。それに近い感じ。

たとえば、すべての人間がエグゼクティブになれるということ。エグゼクティブとは「できる人」を指すようですが、才能や人格で決まるのであれば、夢も希望も持てません。けれども、思考や習慣を変えることによってどんな人間もエグゼクティブになれる、というドラッカーの提言は元気を与えてくれます。

さりげないけれども鋭い視点は、次のような部分にも感じられました(P.192)。正しい意思決定についての考察です。


意思決定についての文献のほとんどが、まず事実を探せという。だが、成果をあげるものは事実からはスタートできないことを知っている。誰もが自分の意見からスタートする。しかし、意見は未検証の仮説にすぎず、したがって現実に検証されなければならない。そもそも何が事実であるかを確定するには、有意性の基準、特に評価の基準についての決定が必要である。これが成果をあげる決定の要であり、通常最も判断の分かれるところである。

ドラッカーは、成果をあげることを第一に考えています。成果とは組織に対する貢献であり、そのための最善な方法を突き詰めていく。次のようにつづきます。

したがって、成果をあげる決定は、決定についての文献の多くが説いているような事実についての合意からスタートすることはない。正しい決定は、共通の理解と、対立する意見、競合する選択肢をめぐる検討から生まれる。
最初に事実を把握することはできない。有意性の基準がなければ事実というものがありえない。事象そのものは事実ではない。

これは重要ですね。たいてい、「市場がそうなっているから決定する」という風に事実が決定のための要因になる。データを引用することも多い。しかしながら、ドラッカーが重視しているのは、「意見」であり、それもオプションをいくつも考察した「対立する意見」を重視しているわけです。

そもそも日本的な環境では、対立する意見を出しにくい(苦笑)。対立意見を出すと、逆切れされて感情的に排除されたりもするわけです。それは成熟したビジネスといえるのかどうか・・・。つまりビジネスの成果を出そうとするのであれば、とことんさまざまな角度から検証しなければならない。まだこんな考え方もできるのではないか、いやこういう場合もあり得るのではないか、と想像できる限りのオプションを検討することが重要です。これに決まったからこれで、というマネジメントは一見潔く思えますが、マネジメントではない。

ドラッカーの言葉にはじわじわと効いてくる重みのある提言が多いのですが、また折にふれ、読み直しながら考えていきたいと思っています。2月14日読了。

※年間本100冊プロジェクト(6/100冊)

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

2007年2月21日

This Will Destroy You / Young Mountain

▼music07-012:ノイズ、轟音、夕闇もしくは星空のような冷たさ。

Young Mountain
This Will Destroy You
Young Mountain
曲名リスト
1. Quiet
2. World Is Our ___
3. I Believe in Your Victory
4. Grandfather Clock
5. Happiness We're All in It Together
6. There Are Some Remedies Worse Than the Disease

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最近よい音楽に巡り会える頻度が高まっているようです。ほんとうは金曜日にまとめて何枚か購入しようと思っていたのですが、あたりを付けておこうと思って会社の帰りにCDショップに立ち寄って試聴したところ、衝動的に購入。ディレイの効いたギター、ノイズと轟音、メロディアスなベースライン(好みです)、バンドっぽいんだけどエレクトロニカな処理、そして透明感あふれる空間的な音の広がり。試聴した瞬間に手に持っていました。

Explosions In The Skyが好きなひとにはおすすめ、という売り文句だったのですが、そのアーティストの新譜を店頭で聴いてみたけれども、こっちのほうがよかった(苦笑)。MOGWAIやSigur Rosが好みのひとにも、とも書いてありました。もしかするとかなりのヘヴィ・ローテーションな一枚になりそうな予感です。

輸入版なので、どういうバンドなのかよくわからないのですが、Amazonのレビューを参考にすると、テキサス出身の4人編成らしい。最近は透明つながりで音楽を聴いているのですが、このアルバムもギターの透明な音色が琴線に触れました。2曲目「World Is Our ___」のシャープな轟音と、3曲目「Believe in Your Victory」のマイナーコード、泣けます。6曲目「There Are Some Remedies Worse Than the Disease 」のイントロのせつなさもいい。ジャンル的にはインストのポストロックなんでしょうかね。こういう音ばかり聴いているぼくにはたまらない一枚です。

音から連想されるのは、黄昏あるいは冬の夜空です。冷たくて、さびしくて、けれども凛とした空気のような感じ。This Will Destroy Youという破滅的なバンド名もぴったりな気がしました。ちょっと壊れちゃった気分のときに放心状態で聴きたい音楽です。2月21日観賞。

Amazonのサイトで試聴も可能です。

http://www.amazon.co.jp/Young-Mountain-This-Will-Destroy/dp/B000FGG5AI/

myspaceではこちら。

http://www.myspace.com/thiswilldestroyyou

*年間音楽50枚プロジェクト(12/50枚)

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

2007年2月16日

CLUYTENS / FAURE:REQUIEM

▼music07-011:かなしみと崇高さと、なめらかなヴェールに包まれて。

Fauré: Requiem; Pavane Duruflé; Requiem
John Carol Case Stephen Roberts [baritone] Timothy Hugh
Fauré: Requiem; Pavane Duruflé; Requiem
曲名リスト
1. I: Introit Et Kyrie
2. II: Offertoire
3. III: Sanctus
4. IV: Pie Jesu
5. V: Agnus Dei
6. VI: Libera Me
7. VII: IN Paradisum
8. Pavane Op.50
9. I: Introit
10. II: Kyrie
11. III: Domine Lesu Christe
12. IV: Sanctus
13. V: Pie Jesu
14. VI: Agnus Dei
15. VII: Lux Aeterna
16. VIII: Libera Me
17. IX: In Paradisum

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透明な音楽つながりでシガー・ロスからドゥルッティ・コラムまでいくつか音楽を聴いてきたのですが、どうも自分の好きなジャンルばかりでは広がりがないな、という行き詰まりを感じていました。イノベーションをテーマにブログを書いているのに、革新性に欠けます。

そんなわけで何かないだろうか探していたところ、自宅近くのCDショップで購入。久し振りのクラシックなのですが、冒頭の「入祭唱とキリエ」で感涙しそうでした。美しい。ポップスの弦やオルガンと違って、クラシックの音はまた違った趣がありますね(当たり前か)。やはり耳が慣れていないので、なんとなく疲労感があったりもするのですが、目を閉じると、暗く低く垂れ込めた雲の隙間から光が差し込んで、遠い山並みには積雪が白く輝いている、そんな風景が浮かんだりもします。「サンクトゥス」の明るい盛り上がりかたも気持ちいい。

ぼくは趣味のDTMで、シンセサイザーの人間のコーラスっぽいプリセット音をよく好んで使うのですが、生の人間の声が奏でる表現力にはかないません。折り重なるように、なめらかに連なっていく声のヴェールのようなものに包まれて、崇高なかなしみに浸されるような感じです。解説に、フォーレの音楽は「ほとんど自叙伝的な誠実さをもっている」と書かれていましたが、このフレーズに共感しました。自己に忠実に、音楽の精神性を追い求めた作曲家とのこと。ぼくもブログを書くように音楽を作りたいと考えているのですが、フォーレのようにありたいですね。

過去の迷える魂を鎮めたいと思う日があります。そんな時期出会いたい曲です。いま2度目を聴いているのですが、次第に身体にフィットしてきました。癒しというよりも、浄化作用という感じでしょうか。逆に自分のなかにある澱が浮かび上がってくる気がしますが、そうしたものときちんと対峙することが大事なのかもしれません。1月16日観賞。

++++

全然フォーレとは関係ないエピソードを。

うちの近所にはCD屋さんがふたつあるのですが、今回は昔からあるお店に行きました。フォーレのCDを持ってうろうろとしていると、店のおじさん(60歳ぐらい?)が、急にロックをかけはじめた。で、レジに行ってフォーレを差し出すと、

おにいさん、ロックは聴かないの?

とのこと。いやいや、いつもロックばっかり聴いているから今日はフォーレなんですよ、いま流れてるの、キンクスでしょ?とぼくが言うと、えっ、キンクス知ってるんだ!とおじさんは感激したようす。最近の若いひとって、昔のロックを聴かないでしょう、だから若いひとがくると、こうやってロックをかけて、ひそかにおじさんこの曲何?って訊かれるのを待っているんですよ、と話してくれました。なんとロックの啓蒙活動をされているらしい(笑)というか、ぼくはそんなに若くないんですけど(見た目は茶髪で童顔かもしれませんが)。

キンクスはですね、バンドでコピーもしたんですよ、とぼくが言うとさらに感激したようで、いやーわたしもギター弾いてるんだけど、もう指が動かなくて、と嬉しそう。PPMとか弾かれているようです。そして、ごそごそとチラシを探して、実は近所にお客様参加型ライブバーができたんですよ(わたしの知人がやってるんですけど)とのこと。楽器の持ち込みも可らしい。お客様参加型ライブバーっていったい(苦笑)。

しかしながら、早めに会社を切り上げて、地元で音楽好きなおじさんたちと飲むのもいいなーと思ってしまいました。アコギも練習して、いつか弾き語りもやってみようかと思ったりもして。今日、これからどうです?とおじさんに訊かれたので、いやー今日はちょっと(お金もないし)と言ったら、がっかりしてました。おにいさんみたいなひとが行くと喜ばれるんだけどなあ、とのこと。ごめん、おじさん。

というわけで、CD屋のおじさんとしばし音楽談義を楽しんだのですが、啓蒙活動の一環にぼくも参加することにしますか。キンクスの演奏をYouTubeから。しかし、すごい高い位置でベース弾いているなあ。

■the kinks all day and all of the night

*年間音楽50枚プロジェクト(11/50枚)

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2007年2月13日

アモーレス・ペロス

▼Cinema07-007:狂犬のような人生が連鎖する、疾走する。

B000N4RBUAアモーレス・ペロス スペシャル・コレクターズ・エディション
ガエル・ガルシア・ベルナル エミリオ・エチュバリア ゴヤ・トレド
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 2007-02-23

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「21グラム」という映画を観たのですが、こちらもアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督(舌噛みそう)の映画です。


冒頭では、血まみれの犬を後部座席に乗せたまま疾走するシーンからはじまるのですが、いきなり引き込まれた。そして、「21グラム」と同様に3組のそれぞれ別の人生が絡まりながら進展していきます。スーパーで働きながら強盗で稼ごうとする兄とその兄嫁を愛してしまった弟、自動車の事故によって片足を切断するモデルと彼女のために家族を捨てた男、大学教授でありながらテロリストになった後に薄汚れたホームレスの生活をしながらも自分の娘を忘れられない老人。


中南米のブンガクにも独特の雰囲気をもつものがありますが、多様な人生を連鎖させて描くのは、中南米的な人生観があるのでしょうか。ラテンの血が騒ぎつつ、どこかせつない。夢をかなえようとしてかなえることができないかなしみに溢れています。そのかなしみが狂犬のように疾走して、それぞれの人生を静かに狂わせていく。狂わせるのだけれども、あるものは生命を奪われつつも、あるものはタフに生き残る。


ガエル・ガルシア・ベルナルはどこかでみた俳優さんだなと思ったら、「バットエデュケーション」でした。兄の嫁を愛してしまい、闘犬で稼いで彼女を奪って街を出ようとするのだけれど・・・というかなしい運命を演じていて、存在感があります。153分という若干長めの映画ですが、時間を忘れてしまうようなテンポのいいワイルドな映像(ちょっと粒子が荒れた感じもいい)とストーリーが楽しめました。しかしながら、ぼくは暴力と流血ものはいまひとつダメなので、血にまみれた犬の死体などの映像にはちょっと引いた。2月12日観賞。


*年間映画50本プロジェクト(7/50本)

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2007年2月12日

The Durutti Column / Keep Breathing

▼music010:孤高のギタリストが奏でる、風あるいは木漏れ日の音。

Keep Breathing
The Durutti Column
Keep Breathing
曲名リスト
1. Nina
2. Its Wonderful
3. Maggie
4. Helen
5. Neil
6. Big Hole
7. Let Me Tell You Something
8. Lunch
9. Gun
10. Tuesday
11. Agnus Dei
12. Waiting

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コクトー・ツィンズを試聴して購入を決めて、そういえばあのひとはどうしていたっけ、という感じで探したのがドゥルッティ・コラムでした。ニューウェーブのジャンルでくくれそうな気もしますが、ぼくとしては透明な音つながりという感じです。

ドゥルッティ・コラムはビニー・ライリーというギタリストのソロプロジェクトですが、シングルコイル系の固めの音に深めのディレイとリバーブで、同じフレーズを延々と繰り返すようなシンプルなスタイルが気に入っていました。リズムボックス(おお、懐かしい)にギターという削ぎ落とされた構成というのも、何か潔い。潔いのだけれど、ある意味そのシンプルさゆえに攻撃的でもある。

「Keep Breathing」は昨年の1月に発売されていたアルバムでしたが、ずっと気付かずにいました。聴いてびっくりしたのは、とにかく聴きやすい。女性ボーカルのループなども入っていたりして、また彼自身も歌っていたりしてポップです。さらにガットギターも使っているので、ストラトキャスターの音とは違った枯れた透明感もある。ストラトキャスター+ディレイ・リバーブという音は、ぼくにとっては濡れた水のようなイメージがあり、これがビニー・ライリーの特長的な音ではないかとも思っているのですが、彼の弾くガットギターは風の音という感じがします。あるいは木漏れ日のイメージというか。

付属のDVDでは、スタジオレコーディングの風景が収録されています。これがまたこじんまりとしたスタジオで、ベースはジャズベースを床に座り込んで弾いているし、バスドラムのマイクスタンドはライトスタンドだったりして、消音のためにウェディングドレスが突っ込まれている(なんてことがイントロダクションで紹介されている)。しかし、この最小限のチープな構成で、水彩画のような世界観のある音を創り出してしまうのだから凄い。

個人的に好きな曲は女性ボーカルのループではじまる2曲目「Its Wonderful」、そして次のガットギターではじまる賛美歌のような「Maggie」がいい。それから彼自身が歌っている「Big Hole」。これは心に染みる曲です。最後の「Waiting」はアンビエントな壮大な感じの音で癒されます。こんな、ほっとするような音楽を趣味のDTMで作ることができるといいんですけど。久し振りにギターを練習したくなりました。2月10日観賞。

+++++

HMVのサイトでは、全曲の試聴が可能です。いくつかYouTubeで映像を観たのですが(今回のDVDの映像もあったけれど、あまりよい映像ではありませんでした)、この1988年のライブをみて、ああいまもこのままだ、と思ってしまいました。スタイルを変えないということも、ここまで貫かれるとかっこいい。「Day Is Over」のブラシのドラムがかっこよかったので引用します。

■Durutti Column - Day Is Over and Red Shoes (live 1988)

でも曲のかっこよさとしてはこっちかも。

■Durutti Column Missing Boy 1980 RE: Ian Curtis Suicide

*年間音楽50枚プロジェクト(10/50枚)

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2007年2月10日

Cocteau Twins / Treasure

▼music07-009:透明な危険性。カテドラルなエンゼルの美声

Treasure(紙ジャケット仕様)
コクトー・ツインズ
Treasure(紙ジャケット仕様)
曲名リスト
1. アイボ
2. ローレライ
3. ベアトリクス
4. ペルセフォネ
5. パンドラ
6. アメリア
7. アロイシウス
8. シセリー
9. オタリー
10. ドニモ

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リアルタイムで80年代に聴いていたときには、あまり好きなアーティストではありませんでした。このアルバムは1984年なのですが、デュラン・デュランとかカルチャー・クラブとか、当時はヒットチャートの上位にあるちゃらちゃらしたポップスばかりを聴いていた気がします(あと、ガゼボとか。ちょっと後ではリック・アストリーとかユーロビート系)。しかしながら、共鳴するものは感じていて、MTVで録画したある曲のPVを何度も繰り返して観ていました。記憶力の悪いぼくは何のPVだったのか忘れてしまったのですが、コクトー・ツインズの遠いところで鳴っているギターと透き通った歌声に惹かれたものです。

いまあらためて聴き直して、いろんな意味でショックでした。まず、わかる。音楽は、わかるわからないの話ではないような気もするのだけれど、うまくいえないのですが生理的に嫌っていたアーティストなんですよね。たぶんそれは同質であることがゆえの嫌悪ではないかとぼくは思うのですが(こういう音楽に傾倒してしまう自分がいるので)、たぶん若い頃の自分は意図的に遠ざけていたところがある。とはいえ、いまであればきちんと受け止めることができそうな気がしました。

2曲目の「Lorelai」はほんとうに眩暈がしそうなくらい透明な音だと思います。でも、その透明さの背後にかなりの危険性が潜んでいる。フランジャーの効いたベースも、たまらない懐かしさと忘れ去られていた痛みのようなものを感じました。視角の外側にあって見過ごしていたこのような音楽をあらためて聴き直すのも楽しいものです。かつてぼくが向き合うことができなかった自分と、いまでなら向き合える気がします。このアルバムを購入するのであればやっぱり紙ジャケットではないと、ということで、紙ジャケット仕様のものを購入しました。2月7日観賞。

+++++

YouTubeで「Lorelei」のライブ映像を発見。ちょっと怖い(苦笑)。思わず背筋を伸ばして聴いてしまいました。なんとなく居心地が悪いのですが、それが彼等の存在感であるという気がします。オープンリールのテープデッキを回しながら演奏というのは、現在でいうところのラップトップ+生演奏というスタイルでしょうか。デビューアルバムでは、RolandのTR-808というリズムマシーンを利用してテープ・ループなどを活用した音創りだったようです。その前衛的なスタイルもいい。屹立した存在という表現がまさにその通りで、なかなかこの音は出せないでしょう。

3rdアルバム「Treasure」ではギリシア神話をモチーフに作られていますが、ライブ映像のギリシアの彫像的な凛としたエリザベス・フレイザーも必見です。

■Cocteau Twins Live Lorelei

*年間音楽50枚プロジェクト(9/50枚)

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2007年2月 9日

シンプルという豊かさ。

夜、会社からの帰り、電車に乗っているうちに雨が降ってきたようでした。昼間は晴れだったかと思うのですが天候も変わる。けれども傘を差さずに濡れながらの最寄り駅から自宅までの帰り道、気分はなんとなく爽やかでした。冷たい雨が心地よい。肉体労働気味な1週間でしたが、そんな疲れを癒してくれるような雨でした。こんな雨もいいものです。

今夜はそんな雨でしたが、趣味のDTMで青空の曲を作っています。仮タイトルは「Edge of the blue(青の周縁)」。水曜日頃だったでしょうか、明け方に夢見心地の頭のなかに音が鳴っていて、あーもう眠いから静かにしてくれ、と思っていたのですが、いつまでも鳴りやまず、仕方ないのでごそごそと起き上がってPCを立ち上げて、DTMで打ち込みしてみました。といっても、打ち込んでみると夢のなかの音とはギャップが生じる。こんなんじゃなかったんだけどなあ、と後頭部を掻くような感じです。

ぼくは色彩のある夢をみるタイプですが、テキストだけの夢、音楽だけの夢というものもあります。夢のなかで蛇がぐるぐる回って自分のしっぽを噛むようなイメージから大発見をしたのは誰でしたっけ。そんな風に人類の歴史を変えるような大発見の夢をみることができれば、それはもうしめたものですが、ぼくがみるのは大抵、起き上がってから頭を抱え込むような(寝起きが悪くなってしまうような)不可解な夢ばかりです。残念。

「Edge of the blue(青の周縁:仮)」は、同じ和音の進行を延々と繰り返すような曲です。喩えるならば、パッヘルベルのカノンでしょうかね。カノンはうちの奥さんが好きな音楽で、結婚式のときにも使ったし、なにしろ長男は生まれてくるまで「カノンちゃん」と呼ばれていました(苦笑)。たぶん胎教としてこの曲をずいぶん聴かせた気がします。すっかり女の子のつもりでいたのに、生まれてきたのは男の子で焦りましたが。

とはいえ新しいDTMの曲は、さっそく行き詰まりも感じていて、もしかしたら正式な発表には辿り着けないかもしれません。まあ、そんな曲もあります(というか、そんな曲ばかりがいっぱいある)。音を重ねるにしたがって、どうも違うな、という感じになるのが問題です。もちろん夢のなかで鳴っている音を正確に表現できること自体が困難だとは思うのですが。最初のシンプルなコードのほうが、あれこれ手を加えた音よりも数倍いいこともある。

そんなことを考えつつ、思索をめぐらせてみました。

豊かさというのは通常、多様でいろいろなものがたくさんあることを想像しますよね。お金があったり、たくさんのひとがブログにアクセスしてくれたり、名刺交換した人脈がいっぱいあったり。それが豊かさだと思う。でも、ひょっとしたら、豊かさというのはシンプルなものなのではないか。余計なものを排除すること、これだというチョイスだけを大切にすること。それが豊かさではないか

選択することって、贅沢じゃないですか。選ばずにあれもこれもよしとすることは、かえって貧困な感じがする。たくさんある多様性を容認しつつ、ぼくはこれに決めた!と、ひとつを選択すること。それはたまらなく贅沢で、豊かなことのように思います。選択することは、選ばれなかった多数を排除することでもあります。地と図を切り分けることでもある。切り分けずに優柔不断に不特定多数を許容することは、はたして豊かなことなのか。むしろ、シンプルなほうが豊かになれるのではないか。

自分の選んだことに覚悟を決めること。選ばれなかった何かを考えるのではなく、自分の選択を大切にすること。これが大事だと思いました。

複雑なテンションによる和音ではなく、ただ一音だけをぽーんと弾くこと。その一音が響き渡る空間を大切にすること。それはたまらなく豊かなことではないでしょうか。言葉も同様です。大量の言葉で説明したり、深く知りもしない科学の知識を振りかざしたり、哲学的なフレームワークを引用するのではなく、ひとことだけれど一生を変えるような重みのある言葉を投げること。それが重要ではないか。そのことでちょっと思い出したのは、重松清さんの小説「その日のまえに」で、病気で亡くなった妻が主人公に残した遺書の言葉でした。

4163242104その日のまえに
重松 清
文藝春秋 2005-08-05

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これは泣けた。短い一文なのだけれど、だからこそ効いた。

静かな水面に小石を投げ込む。投げ込まれた小石はちいさいけれど、次第に大きな波紋を描いていく。そんな言葉を使えるようになりたいものです。意図的ではなく、誠実な気持ちから。誰か他者をその言葉によって追い詰めるために使うのではなく、また自分自信の見栄のために使うのではなく、他者を生かすためにささやかな小石のような言葉を静かな水面に投げ込めるようなひと。そんな人物になりたいものです。

抽象的でしょうか(苦笑)。雨が降ると、ぼくはどうやら観念的なことを考えはじめてしまうようです。そして、やはりちょっと疲れているのかもしれない。疲れた心と身体に、いまTHE DRUTTI CORUMNの「KEEP BREATHING」の音楽が静かに染み渡っていきます。コクトー・ツィンズとこのアルバムのレビューは、明日以降にゆっくりと書くことにしましょう。

B000DXSD12Keep Breathing
The Durutti Column
Artful 2006-03-07

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ぼくはいま、ぼくの人生も捨てたものではないな
と、思ったりしています。ひとりごと、ですが。

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2007年2月 8日

「分析力のマネジメント」ジム・デイビスほか

▼book005:抽象的な概念よりも、ダイレクトな言葉が効くのでは。

4478331243分析力のマネジメント―「情報進化モデル」が意思決定プロセスの革新をもたらす
鈴木 泰雄
ダイヤモンド社 2007-01-13

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分析というタイトルに惹かれて購入したのですが、読み進めながらどうもすっきりしないものを感じました。個人・部門・企業・最適化・革新という企業が情報化を移行する5段階のモデルはわかりやすいのだけれど、抽象的な言葉が多く、ぼくの頭のなかで焦点を結んでいかない。

なぜだろうと感じながら表紙の裏をみて気付いたのですが(気付くのが遅すぎますが)、この本はどうやらビジネスインテリジェンス(BI)大手SASの啓蒙のための本らしい。共著として書いている作者はすべて、SASのコンサルタントのようです。なるほど。分厚いのに安価なのは、たぶんいくらか制作費も出ているからでしょう。また、導入事例が架空のメーカーになっているのは、販促・啓蒙としての雰囲気を意図的に消そうとしているからかもしれません。

法人向けサービスの啓蒙本を批判するつもりはないのですが、こういう本を読むと、非常に残念です。こうした作り方では啓蒙の効果を挙げられないのではないか、と考えてしまうからです。

というのも、SASというのは非常に優れたBIツールだと思うので、どうしてダイレクトにSASはこんなにすごいと書かないのだろうか、とじれったさを感じてしまう。もちろん、SASの詳細を述べた技術書もあるだろうと思うのですが、経営者向けであっても、遠まわしに啓蒙することが果たして効果的なのか、と考えます。BI導入したりさらに進化させようと考えている経営者にとっては、概念的なものよりも、ダイレクトにビジネスに直結する効果のほうが関心があると思う。具体的なシステム導入のメリットを書いた方が説得力があるのではないでしょうか。

もちろん、ダイレクトに製品やサービスの凄さを解説する本は、ある意味、自画自賛的な印象があるので嫌うひともあるでしょう。けれども、問題は誰をターゲットとするか、ということです。「分析のマネジメント」というタイトルから想定されるのは、企業の情報部門担当者かもしれないのですが、書かれている内容はそうでもない。では、経営者向けかというと、そうともいえない。非常に概念的な内容なので、コンサルタントがコンサルタントのために書いた本のような気がします(というと、SASを販売するパートナーのコンサルタント向けでしょうか)。読者の設定がなんとなく曖昧です。

この本を読んでいて、いちばんすっきりしたのは、巻末に掲載されていた(日本の)NTTドコモの事例でした。長いページを割いて解説されていた5段階のBIの進化も、この事例によってイメージすることができました。事例がいちばん説得力があります。実は、NTTドコモのDREAMSというシステムについては、過去にBI関連のセミナーで話を伺ったことがあり、関心を持ってもいました。ただし口頭で聴いていただけだったので、まとまった資料があると参考になります。

もしぼくが情報部門の担当者であれば、事例のページをコピーして上の人間に提案することもできる。一方で、5段階の進化・・・という概念的なページを持っていくことはできません。それを持っていったら「要点をいいたまえ。で、きみは何がしたいのだ!」と怒られそうです。経営者の方々は多忙です。情報の進化は・・・と基礎から講釈するよりも、結果で説得するほうが早いのでは

コンサルティングのフレームワークとしてこのBIの5段階について考えてみると、エンタープライズ(大企業)に特化したフレームであり中小企業には適応しにくいこと(というのは、BIが大企業向きなので当然ですが)、直線的な進化の構造に疑問を感じること、という2点に問題を感じました。特に後者については、本書のなかでも触れている部分がありましたが、ヒューマンリソースとしては進化しているが技術がともなわないなど、マトリックスのような形でとらえたほうが、非常に混沌とした情報化の現状には合っているような気がしました。2月6日読了。

※年間本100冊プロジェクト(5/100冊)

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2007年2月 3日

映像のコミュニケーション。

YouTubeの登場と普及により、インターネットで動画を観る楽しみ方が確実に広がったと思います。「はてな」からYouTubeの動画を検索して掲載することも可能になり、ブログで音楽や映画をレビューするときには、必ずAmazonのリンクといっしょにプロモーションビデオやトレイラーがないかどうか検索しています。これはないだろうと思うものが掲載されていたりして、意外な発見もあります。

今年書いたブログの例でいうと、Peter Bjorn And Johnのアルバムを購入したのですが、3人編成とはいえ、彼等がどのような演奏をしているのかわかりませんでした。けれどもYouTubeでライブ映像を発見して、ボーカルはマラカス振って歌っているだけ(後はドラムとベース)という演奏であることがわかって驚いたりもしました。さらにブライアン・ウィルソンの貴重な演奏の映像をみつけたりして、ブログを書いたあとで何度も映像を観直したりしています。

ところで、こうした一連の行動は、視聴者として「映像を楽しむ+コメントする」というメディアに対する関わり方です。参加型ともいえなくもない。コメントするということが、インターネットならではのメリットだとは思うのですが、考えてみるとテレビを観ながら、このタレントは変だ、あの歌手は上手い、などと家族団欒のお茶の間の会話がネットに移行しただけのことであり、生活のスタイルを変えるほどの大きな変化ではないような気もします(といっても、まったく見ず知らずのひとと、お茶の間的なネットの空間で話をしていることが大きな変化ですが)。

では、これだけ映像が身近になったのだから、映像でコミュニケーションする時代がやってくるのではないかという考え方もあるかと思うのですが、ぼくはそれに対してはちょっと疑問も感じています。そもそもテレビ会議システムのようなものは遠い昔からありました。テレビ電話も20世紀からの夢であり、21世紀のアイテムとしては楽しみなところです。ただそれが一般的に普及するためには、大きな溝(キャズム)がありそうです。

SNSの映像コミュニケーション

SNSの最大手であるmixiで動画投稿サービスがはじまるようです。「mixiに動画投稿機能 2月5日から」というITmediaの記事から引用します。

ミクシィは1月30日、SNS「mixi」で、動画投稿サービス「mixi動画」を2月5日にスタートすると発表した。投稿は当初はmixiプレミアム(月額315円)ユーザー限定だが、順次全ユーザーに広げる予定。閲覧は当初から全ユーザーが可能だ。著作権侵害対策も慎重に行う。

CNETJapanの方では、活用シーンについて次のように書かれています。

動画サービスについて笠原氏は、不特定多数の人に公開するサービスではなく、あくまでもコミュニケーションするための動画と位置づけており、そのため「結婚式や子供の動画など、自分の友達に見せたいと考える動画が投稿されやすいだろう」とみている。

有料ユーザーのフォトアルバム機能を拡張しての提供のようです。考えられるのは、笠原さんが指摘されている子供のビデオを公開してみせるということのほか、バンドをやっているひとが自分たちのライブ映像を公開する、ということも考えられそうですね。しかしながら、いちばんの可能性を感じているのは、もともと株式会社ミクシィは転職のための人材紹介が事業の中心だったかと思うので(求人情報「Find Job !」)、新卒採用や転職のために、映像で自分をプレゼンテーションするという企業の採用者と就職希望者をつなぐマッチングサービスの可能性もありそうな気がします(たぶん既に構想済みかもしれません)。

ただ、ここでぼくは3つのハードルがあると思っていて、1つ目は映像をネット全体に公開することによる危険性の問題です。ぼくは性善説でいたいと思うのですが、世のなかは性善説でやり過ごせるほど甘いものばかりではありません。子供の写真を公開したくなるのですが、友達だけに公開するのであればともかく、広くネットの世界に向けて無防備にプライベートを発信してしまうのはやはり怖い。誰がみているかわかりません。一度公開したものはキャッシュにも残る可能性があるので、気をつける必要があります。

2つ目は、そもそもハードウェアの問題。確かに数年前に比べると、デジタルビデオカメラをパソコンに接続して動画編集をするのは簡単になりました。高価な編集ソフトがなくても、ある程度ならシロウトであっても動画を編集できます。しかしながら、まだまだ手がかかる。ほんとうにユビキタスな環境になって、デジタルビデオカメラからダイレクトに無線LANのようなものでネットに接続して、パソコンを経由せずにデータをアップロードできるようになれば状況が変わるとは思うのですが(そんな機種が既にあるのだろうか?)、パソコンを介して作業が入ると、その準備や作業によって若干テンションが下がります。

実はかつて書いていたブログで、ぼくも自分で撮影したビデオを一度だけ掲載したことがありました。北海道旅行に行ったときにロープウェイの下に野生の鹿をみつけて、その鹿を撮影をしたビデオに簡単なタイトルなどを付けて公開してみたのです。案外簡単にできてしまったのですが、それ以降つづいていません(苦笑)。というのは、公開したくなるようなコンテンツがない、ということがいちばんの問題なのですが、やはりわざわざビデオとパソコンを接続して動画を取り込んで・・・という作業が面倒だということもあります。そこまでしなくても写真で充分、ということも多い。

3つ目はやはり著作権の問題です。この問題に関しては、CNETに次のような記事もありました。

著作権などを無視した違法な動画投稿に対しては、「著作権等管理プログラム」で対応する。そもそも、動画を投稿する際には著作権違反をしない旨の利用規約に同意しなければならない。それでも違法な動画が投稿された場合に備えて、プログラムが用意されている。

しかし、問題は出てきそうですね。そんな印象が濃厚です。

コメントで参加する、付加価値をつける楽しみ

「読む」と「書く」の間には大きな溝(キャズム)があります。ブログが普及したときの最初の頃にもそうだったかと思うし、ブログに関わらずにも言える傾向かもしれません。

たとえば本をたくさん読むひとが小説を書くかというと、そうともいえない。また、ROM(リード・オンリー・メンバー)としてブログをたくさん読んでいても、ブロガーとして書くのはちょっと・・・というひともいると思います。音楽や映像も同じで、リスナーだから楽器を演奏したくなるかというと必ずしもそうではない。どちらかいうと、あまり音楽は聴いていないのだけれど楽器を演奏したくなるひとはいるもので、単なる目立ちたがり、というか、自己主張が強いひとだったりもします。

小説や音楽や映像を自分で創るということは、観賞することとは、まったく別の次元、あるいは別の領域のような気がします。双方向型(インタラクティブ)ということがよく言われましたが、映像で双方向のコミュニケーションが可能なハードルは高いのではないかという気がしていて、最初から映像で情報を発信できるひとは少ないと思います。ぼくの感覚では、映像コミュニケーションが普及するのはもう少し先ではないか、と感じました。つまり、技術的な環境が整い、自分を(テキストはもちろん)映像で表現することが当たり前な時代になってから、ということです。

それまでは既存の映像を加工する、ブログでコメントなどを加えるという楽しみが中心になるような気がします。面白いなと思ったのが、動画にコメントが付けられるサービス「ニコニコ動画」です。以下、ITmediaの記事から。

2ちゃんねるの管理人・西村博之(ひろゆき)氏が監修した動画サービス「ニコニコ動画」β版が人気を集めている。YouTubeなどの動画に、ユーザがー字幕でコメントを付けられるというもの。1月15日にオープンしたばかりだが、1日あたりのページビュー(PV)は400万を突破し、1月30日までに投稿されたコメント数は380万件以上、投稿された動画URLの数は2万4000件を超えた。

これはなかなかユニークです。映像の突っ込みどころが満載な部分には必然的にコメントも多くなるわけで、その動画の見どころもわかる。

最近のテレビ番組はテロップが過剰で、話している内容をテロップにしたものだけでなく、まったく関係のないテロップが入ったりもします。これは動画コンテンツにプラスアルファとしてテキストの情報を付加するものであり、それだけ情報量が増えていきます。

ぼくがブログでYouTubeの動画を取り上げるときにも(テロップではないけれど)、その動画の感想であったり、背景となる情報を検索して付加しています。やってみると、動画+コメント(もしくは付加情報)というスタイルが楽しい。

これはブロガーのエコシステム(生態系)としても価値のあることだと思っていて、つまり視聴するだけでなく、そこに付加価値を付けてブログの海へ返してやる、ということです。その循環によって、ブログの生態系も豊かになるのではないでしょうか。

+++++

さて、今日は雲ひとつない青空が広がる気持ちのいい一日でした。次男くんの幼稚園の発表会で、彼が作ったさるの人形だとか、ももたろうの絵などをみてきました。

夜は節分なので豆まきです。ビデオ、ビデオと探していたら、別に節分を撮らなくても、と奥さんに苦笑されてしまった。そんなわけでビデオは撮影せずに、ぼくの心のなかにあるハードディスクにアーカイブしておきました。ぼくがみた風景が、そのまま無線でインターネットにつながって、どこか外部の大切な場所に記録されるといいんですけどね。

そんな未来もあり得るのでしょうか。ちいさな息子たちが、ぼくぐらいの年になる頃には。

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2007年2月 1日

「戦略「脳」を鍛える」御立尚資

▼book07-004:戦略思考のヒントが満載された入門書。

4492554955戦略「脳」を鍛える
東洋経済新報社 2003-11-14

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わかりやすく書かれた文章なので一日で読破しましたが、書かれていること自体は非常に興味深い視点ばかりでした。初版は2003年。けれども時代を超えて読み継がれる内容の本ではないでしょうか。戦略思考を身につけたいひとにはぜひおすすめしたい入門書です。

戦略思考の方式が公式化されているのですが、次のような公式です。

1.ユニークな戦略=定石+インサイト
2.ユニークな戦略=定石+(スピード+レンズ)
3.思考のスピード=(パターン認識+グラフ発想)×シャドウボクシング
4.発想力="拡散"レンズ+"フォーカス"レンズ+"ひねり"レンズ

パターン認識については、コスト系、顧客系、構造系、競争パターン系、組織能力系のそれぞれのコンセプトワードからパターンを認識する方法が示されています。ぼくがなるほどと思ったのは、先人がつくったパターンを事前に知っておくことも重要ですが、とにかくたくさんの事例を経験することによって現場からパターンを構築していく、というような考え方でした。ジェフリー・ムーアの「ライフサイクル・イノベーション」を読んだときには大量の事例に論旨を見失ってしまったのですが、その事例の共通項から公式を見出すことが重要だったのではないか、と思いました。

シャドウボクシングについては、これはまさにぼくは最近心がけていることですが、自分のなかにもうひとりの自分を仮想的に存在させて、まったく逆の視点から脳内会議を開くということです。ひとつの思考に盲目的にとらわれるのはキケンだと考えていて、可能な限りのオプション(選択肢)を考察する。それがどれだけ思いつくことができるか、討議した上で最初の仮説を捨てられる潔さがあるか、ということをぼくはポイントにしています。

BCGのDNAをあらわすスローガンとして「多様性からの連帯」という言葉があるということにも打たれました。外資系の企業なので当然のような気がするのですが、その言葉には同質集団ではいけない、という自戒がある。戦略のエキスパートとしてクライアントから評価を得るためには、異質の人材を投入してチームを組む必要が性がある、という理念をまとめたものだそうです。

その実践として、PNIルールというディスカッションの方法があることにも注目しました。P (ポジティブ)、N(ネガティブ)、I(インタレスティング)の順番で議論を行うそうです。ふつうブレインストーミングというと、肯定的な意見だけ言いましょう、ということを重視していると思うのですが、その後、ネガティブな意見も許容すること、さらに左脳的なロジックではなくて感覚的なI(インタレスティング)についても議論するところが幅広い。これはできそうで、できないことです。というのは、ネガティブな議論をしようとすると、どうしても人格否定になりそうなところがあるし、興味があるという視点でとらえようとすると、感覚でものを言っていないか?という批判もあり得る。特に日本人の会議では、IはともかくとしてNについての議論はしにくいのではないでしょうか。

コンサルティング会社は考えることがサービスであるからこそ、さまざまなナレッジが蓄積されています。学ぶところがとても多い本でした。というか実践しなければ。2月1日読了。

※年間本100冊プロジェクト(4/100冊)

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パターン認識とインサイト。

先日購入した「Think!」という雑誌が非常に興味深かったので、この雑誌の特集である「戦略思考トレーニング」をきっかけに、戦略的思考とイノベーションについて考えています。奥の深いテーマだと思うので、すぐに結果が出るものではありません。さまざまな本を読んで知識を補充しつつ、継続して考えていくつもりです。しばらくは発展途上のエントリーとして、思いついたままにメモしていくことにしましょう。

「Think!」No.20には、「戦略を考えるフレームワーク――基本ツールの実践的活用法」というアクセンチュアの秦純子さんの記事がありました。コンサルティングの現場でよく使われる思考の枠組みを整理されていて、とても分かりやすい記事です。個々の用語については考えることが多いのですが、全体をまとめて考えたことはあまりありません。ちょうどいい機会なので、記事で取り上げられている用語について確認してみます。

戦略思考のフレームワークまとめ

経営用語集などを参考にしながら用語をまとめてみました。

名称概要
3CCustomer(顧客)、Competitor(競合)、 Company(自社)
5Forces1)新規参入の脅威、2)代替品の脅威、3)売り手の交渉力、4)買い手の交渉力、5)競合他社
バリューチェーン分析調達/開発/製造/販売/サービスの連鎖によって顧客に向けた価値が生み出される考え方。
4PProduct(製品) 、Price(価格) 、Place(流通) 、Promotion(広告)
AIDMAAttention(注意) 、Interest(興味、関心) 、Desire(欲求) 、Memory(記憶) 、Action(行動)
CRMピラミッド戦略層(Strategy)、知識層(Knowledge)、業務プロセスおよび人・組織層(Processes and People)、ソリューション・テクノロジー層(Enabling Technologies)
PPMProduct Portfolio Management。成長率を縦軸×相対的市場シェアを横軸として、「金のなる木」、「花形製品」、「問題児」、「負け犬」の4象限のマトリクスで分析。
PLCProduct Life Cycle。新製品として市場に投入され姿を消すまでのサイクル。導入期→成長期→成熟期→衰退期。
PDSPlan→Do→See。
PDCAPlan→Do→See→Check→Action。

前半の3つはポーターでしょうか(といってもぼくは「競走優位の戦略」を読んでいません。読もうと思ったのですが、8000円をはたく価値があるのかどうか考えてしまった)。4Pはあまりにもクラシカルではあるのですが、Wikiぺディアによるとジェローム・マッカーシーが1961年に提唱したとのこと。次のAIDMAも古典的なフレームワークですが、アメリカのローランド・ホールが提唱した法則のようです。

CRMピラミッドについては知らなかったのですが、アクセンチュア考案のオリジナルだそうです。そして、お馴染みのPPMは(ピーター・ポール&マリーではなくて)、ボストン・コンサルティング・グループによるフレームワークです。PLCについては、ジェフリー・ムーアの「ライフサイクル・イノベーション」に出てきたこともあり、ぼくとしては現在いちばん馴染みの深い用語でした。そして最後の2つについては説明するまでもなく、カイゼンが得意な日本人に最もよく知られているフレームワークではないでしょうか。

パターン模倣の戦いを超えるには

ところで、これらの戦略思考のフレームワークを知っていることは大切ですが、フレームワークがあれば戦略が立案できるかというと、そんなことはありません。喩えると、テンプレートがあれば優れた企画書が書けるわけではない、と同じように。

フレームワークは思考のスピードを上げるための引き出しであって、それ自体が万能ではないということに留意すべきだと思いました。もちろん型をたくさん知っていれば、ああこれはBパターンだなとか、こっちはVパターンできたか、というパターン認識は可能になる。漠然とした現実において、パターンを頼りに世のなかの戦略をある程度読むことができます。夜空をみて星座を認識するようなものでしょうか。つまりパターン認識があれば最初から、これはどういう意味だろうと考える処理をしなくても全体や傾向を掴めるため、思考の速度は格段と上がります。そしてスピードアップして短縮した時間を、自分の戦略立案に使うことができる。

しかしながら逆に、杓子定規な型にはめてしまうことによって、現実をステレオタイプな認識でしかとらえられなくなる弊害もあります。創造的な発想の飛躍ができなくなる。型にとらわれて、自由に発想できなくなる。また、同じパターン認識ができる競合同士の競争になったとき、差別化ができません。

ちょうど本日読み終えた御立尚資さんの「戦略「脳」を鍛える」という本に、同じようなことが書かれていました。「はじめに」から次の一文を抜粋します(P.2)。

だれかが成功パターンを見つけ出すと、多くの企業にモノマネされ、その戦い方では差別化できなくなる。そうすると別のだれかがユニークな戦い方を考案し、勝ちを収める。囲碁・将棋の定石と同様、経営戦略も発見・模倣・陳腐化・イノベーションを繰り返すのがその特徴であり、「定石を超えた戦い方のイノベーション」こそが、戦略の本質なのである。

ここにも書かれているのですが、パターン化されたときにその型はもう過去のものになります。まさに「後講釈で定石化する」ということであり、文章においても同様でしょう。書いたとき、その言葉はもう誰かに引用されたり模倣されることが必須であり、ほんとうに新しいことをやろうとすると、定石から永遠に闘争(もしくは逃走)しなければならないわけです。

ということを書いていたら、坂本龍馬のエピソードを思い出しました。これもまたWikiぺディアから引用します。

当時土佐藩士の間では長刀をさすことが流行していた。あるとき龍馬の旧友が龍馬と再会したとき、龍馬は短めの刀を差していた。そのことを指摘したところ「実戦では短い刀のほうが取り回しがよい」と言われ、納得した旧友は短い刀を差すようにした。次に再会したとき、旧友が勇んで刀を見せたところ龍馬は懐から拳銃を出し「銃の前には刀なんて役にたたない」と言われた。納得した旧友はさっそく拳銃を買い求めた。三度再会したとき、旧友が購入した拳銃を見せたところ龍馬は万国公法(国際法)の洋書を取り出し「これからは世界を知らなければならない」といわれた。もはや旧友はついていけなかったという。 -- これは龍馬の性格を鮮やかに描写しているものの、あくまで逸話であって史実ではない。逸話の起源は、定かではない。

旧友が龍馬を真似て短い刀を手に入れたときには、銃を出す。さらに龍馬の模倣をして銃を持ってきたときには、国際法の洋書を携帯している。目立ちたがり屋といえばそれまでですが、枠組みにとらわれない軽やかな生き方がいい。龍馬にはかなわんぜよ、という感じでしょうかね。ぼくも龍馬のようになりたいものです(というか、先日ドラッカーになりたい、とか言ってましたが・・・。なりたいものが多すぎですが)。

龍馬の生き方は、イノベーションを追い求めるぼくには理想形です。それが史実ではないとしても。

インサイトによる跳躍

「戦略「脳」を鍛える」という本には、フレームワーク合戦から一歩抜け出すための「定石を超えた戦い方のイノベーション」のヒントとして、インサイト(Insight)を鍛えるという方向性が提示されています。日本語にすると「直感」あるいは「洞察力」とのこと。

ぼくにとっては、このインサイトという言葉が懐かしいものでした。というのもアカウントプランニングという手法を学んでいたときに、重要なキーワードだったからです。私見によるため、かなり歪んだ見解かもしれませんが、消費者が潜在的に抱えている感情や購買行動などに注目し、定量的な分析ではなく定性的な分析によってキーワードを抽出、最終的にはアカウントプランナーの直感からトレンドの発見をめざす、そんな手法だったと記憶しています。

つまり、100人の90%がA製品が好きだという統計的な結果に着眼するのではなく、10人がA製品のこんなところが不満だとわいわいがやがや話しているようなこと、いわゆるアンケートでいうところのフリーアンサー(自由回答)に着目するわけです。実際に語られた生の言葉から、深層心理的な部分も含めた新製品開発のヒントを探る。ただ、科学的な手法ではないんじゃないかという感触もあり、若干抵抗を感じていたのも事実ですが。

とはいえ、ネットの登場や脳科学などの研究により、最近では逆に「直感」こそがコンピュータにはない人間の大きな特長である、という見解が多くの本に書かれています。このフレームワークを全面的に支持することも問題かとは思うのですが、インサイトが戦略のカギになるという主張には頷けるものもあります。

というのは、フレームワークと違って、インサイトは真似が出来ないからです。テンプレートはこっそり使い回しができるけれど、世界の何に注目し、どんなアイディアを立案して文章として具現化できるか。それは簡単に真似はできません。個々の力量が問われます。

インサイトの重要性を考えつつ、再度「Think!」という雑誌を見直しているのですが、神戸大学の三品和広教授の「45歳でCEOになるための戦略トレーニング」という記事で、戦略とは競争優位性を構築するものである、とまず定義し、競争優位性を構築する2つの条件として、以下のように書かれていました。

第1の条件は、サスティナビリティ(持続性)で、効果が長持ちするということです。第2の条件は、模倣が難しいこと。競合が簡単には真似できないものでなければ、戦略として通用しません。

シャープの液晶開発を事例として挙げられていますが、1970年から30年以上かけて液晶分野における優位性を確立することができたとのこと。つまりかなり上空から長期的な視点で眺めて、地道な積み重ねをしていかないと、他社と差別化できるような優位性は確立できない、ということです。

パターン認識、戦略論、フレームワークなどの知識だけをその場しのぎで強化しても高く跳躍する力にはならない。直感は磨こうとしても磨けるものではないので難しいのですが、プロの職人が身体で体得しているような技を窮めることが戦略的思考を跳躍させる第一歩ではないか。そのためには時間もかかるし、努力も必要になる。そんなことを考えています。というか考え中です。

投稿者 birdwing 日時: 00:00 | | トラックバック

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