2007年1月30日
kettel/my dogan
▼music07-008:電子音のきらめき、びよ~んな快楽。
My Dogan [Import]
Kettel
曲名リスト
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昨日、エレクトロニカのコーナーでausといっしょに購入したアルバムです。これもまた美しいメロディです。テンポもよくてポップですね。なんというか森林浴的なアンビエントな感じもあり、ぼーっと聴いていると癒されます。子供の声の効果音も入っていたり、音づくりはかなり凝っている気がしました。再入荷!というタグに惹かれて試聴、思わず購入です。
全体を通して、びよ~んというレゾナンスの効いたというか、シンセらしい音が多用されていて、そういう音が好きなひとにはたまらないのではないでしょうか。ある意味、これ一本!という職人芸的な究めた音なのですが、こういうきらめいた電子音が聴きたくなるときがあり、そういうときにはぴったりです。ビートを前面に出した曲が多いのですが、最後の18曲目は壮大なアンビエントな曲で、ひょっとしたらこっち系がメインなのかも、と思いました。とはいえぼくが好きなのは3曲目「mauerbrecher」、あるいはなんとなくバロックを感じさせる「meeuwuh」の、ちょっとかなしいけれども明るい音なんですけど。15曲目「the second 2006」の細かい打ち込みワークにも聴き込まされました。
アーティストに関してはまったく無知だったのですが、どうやらオランダの20代の男性らしい(若い)。兄弟でレーベルを運営しているようで、このアルバムは6枚目とか。18曲も入っています。実は知るひとぞ知る的なアーティストのようですが、何しろエレクトロニカには疎いぼくは、何とも言えないのがかなしい。少しずつ周辺情報を収集しながら、こうした音についての耳も鍛えていきたいものです。1月30日観賞。
*年間音楽50枚プロジェクト(8/50枚)
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「イノベーションの軸」前野拓道
▼book07-003:ポッドキャスティングでいいのかどうか・・・。
イノベーションの軸 経済産業調査会 2006-11 by G-Tools |
世界各国がイノベーションを重視し、日本でも政府が掲げた「新しい考え方でつくる」というスローガンによって考えることが重視されつつある――そんな政治的な観点から、さまざまな書物、映画、文芸作品などジャンルを横断して取り上げ、革新的なソリューションを生み出すための思考とは何か、ということについて考察されている本です。しかしながら、率直な感想を述べてしまうと、この本はダメだ・・・と思いました。
ぼくは雇われて書評を書いているライターではないので、あくまでも私見によって(たとえベストセラーでなくても)自分がよいと思ったものは絶賛するし、ダメなものはダメだと誠実に言いたい。それをポリシーとしたいと考えています。そこでぼくは正直に言うのですが読後に、これじゃあダメだ、イノベーションどころではない、と強く感じました。
何がダメかということを考えてみると、ポッドキャスティングというソリューションありきで構成されていて、その結論を導くためにロジックを組み立てているからです。前半では幅広い分野を横断する知見にわくわくして、おおぼくもこういう文章を書きたいぞと思ってみたり、何枚も付箋を貼ったりもしたのですが、第6章以降の後半は、率直に言って読むに耐えない内容でした。ひどいと思います。というのも、世のなかの事象を取り上げつつ、かならず最後は"こんなときにはポッドキャスティング"で落としてあるからです。まるで水戸黄門の印籠のようにポッドキャスティングが出てくる。その度に、またか...と、いい加減うんざりでした。
たとえば高齢化社会の到来を踏まえて、おばあちゃんと子供のコミュニケーションにポッドキャスティングという提言もあるのですが(P.170)、はたしてポッドキャスティングが最適なソリューションなのでしょうか。FOMAが進化して完全にテレビ電話になれば、電話という手段のほうがお年寄りには身近だと思うし、一方でWiiにカメラのような周辺機器が付属すれば、ゲーム機から爆発的に利用が拡大する可能性もあります。あまり賢いとはいえないないぼくでさえそれぐらい考えられるのに、お年寄りにポッドキャスティング、という発想は無理がありすぎると思いました。新しい考え方を生み出すよりもまず先に、思考停止しているのではないか。
仮説ありきでロジックを組み立てるのは、コンサルティングの常套手段ではあります。けれども一方で、オプション(選択肢)をいくつも考察するのも大事ではないでしょうか。新しい考え方とは多様性を容認することである、と著者は本のなかで書かれているのに、ポッドキャスティングがあらゆる問題を解決する、という一元論的な結論に強引に導く論旨には大いに疑問です。
と考えると、前半の政治の問題や考える時代の到来という論点とポッドキャスティングというソリューションのあいだにも、大きな溝があります。まったくつながらないものを無理やりに接合している。たくさんの引用によって説得されそうになるのですが、どれだけ情報を積み重ねても、この論旨は違うなと感じました。
しかしながら、こういうロジックを使うことは多いですね。データベースを売るためにCRMを提案するとか、提案したい結果を導くために情報を収集するとか。それは世のなかのペイン(痛みや課題)に目をつぶってしまうことになりかねません。まず、現状をしっかりとみつめ、耳を澄ますこと。そして、現状から導き出される結果を可能な限り誠実に「考える」こと。その上で、優先順位を付けてほんとうの結論を見出すことが重要ではないかと思いました。また、ブロガーがいちばん嫌うのは、ほんとうによいものを薦めるのではなく、商業的な(あるいは政治的な)意図により、現実をねじまげて提案するような姿勢ではないでしょうか。頭のいいひとは得てして結論から入りがちですが、もう少し現実をみつめたほうがよいのではないか。頭の悪いぼくはそう思います。
非連続的な思考、飛躍する考え方の重要性についてブログに書いたのですが、それは発想の転換であって、売りたいがためのものを無理やりに持ってくるものではないと思います。ポッドキャスティングには可能性を感じているのですが、それが効果的に使われる場所を論じるには、政府の施策ではなく、ぼくらの生活を分析する必要がある。さらに可能性を論じるためには技術的なことも深く掘り下げる必要があるのですが、この本では、少しもそのことには触れていません(きっと技術がわからないおじさんに向けて書かれているのかもしれません。そういうおじさんたちはこの本を読んで短絡的に、これからはポッドキャスティングだ、とか言っちゃうんでしょうね。どういうものかも分からずに)。
茂木健一郎さんの講義を聴くときには、ポッドキャスティングって便利だと感動しましたが、この本を読んで逆にイノベーションとしてポッドキャスティングを推進しようとする考え方に眉唾なものを感じたというか、疑問が深まってしまいました。
ポッドキャスティングの啓蒙のために書かれた本であれば、もっと直球勝負で(考える時代やイノベーションなどの言葉を振りかざさずに)書いた方がよいのではないでしょうか。逆にイノベーションについて書くことが目的であれば、ポッドキャスティングは内容の一部にとどめておくべきか、むしろ不要な気がします。1月30日読了。
※年間本100冊プロジェクト(3/100冊)
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2007年1月29日
aus / Lang
▼Music07-007:記憶を撹乱するような、音の輝きに眩暈がする。
LANG
aus
曲名リスト
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仕事の帰りにCDショップで試聴をしまくり、デトロイトテクノあるいはHOUSEのコーナーで過激なリズムのCD購入を考えたのですが、エレクトロニカはどうだろうと思ってコーナーを移動したところ、この一枚にやられました。ジャケットは、突堤の先端で戯れるカップル、その向こう側に太陽を反射してハレーションを起こしたような海が広がる写真です。聴いてみたところまさにこのジャケット通りの音で、まるで光の粒子が飛び交って、脳内の記憶を撹乱するような輝きがあり、2曲目の「Halo」には思わず眩暈を感じるほどでした。美しい。そんな、きらきら感が満載のエレクトロニカです。
このジャケットの風景をみていて思い出したのは、谷川俊太郎さんの「コカコーラ・レッスン」でした。海に向う突堤の先端で、海という言葉と戯れていた主人公が、言葉の総体に襲われてしまうという散文詩です。ぼくが大好きな詩でもあるのですが、よく考えてみるとこのアルバムのタイトルは「Lang」。Langというと、記号論のラング、ランガージュ、パロールという用語を思い出してしまうのですが、ラングは言語体系として、言葉を言葉として規定するものであった気がします(違ったかな)。
このアルバムの音の洪水からイメージされるのはまさに言葉の総体であって、水面に揺れる日差しや、木漏れ日や、雪の上に反射する太陽など、あらゆる光が溢れている。なのに11曲で1800円というのはお安い(そういう問題じゃないか)。そして気になるアーティストは・・・なんと日本人なのでした。すごい日本人もいたものだ。1月29日観賞。
■おっ、公式サイトみつけた。うわ、まだ20代だったりして???
■myspace
http://www.myspace.com/ausmusik
*年間音楽50枚プロジェクト(7/50枚)
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2007年1月28日
海を飛ぶ夢
▼Cinema07-006:生きることと、死ぬこと。正しさって何だろう。
海を飛ぶ夢 ハビエル・バルデム ベレン・ルエダ ロラ・ドゥエニャス ポニーキャニオン 2005-10-05 by G-Tools |
素晴らしい映画でした。今年になって観た映画のなかではいちばんだと思う。映像も、キャスティングも、そして何より脚本が素晴らしい。要所要所に泣きどころ満載であるし、人生について深く考えさせられました。
テーマは尊厳死です。25才のときに引き潮の海に飛び込んだことにより首を傷つけ、26年間、四肢麻痺で寝たきりの生活をしているラモン(ハビエル・バルデム)が尊厳死を希望する。兄は船乗りをやめて夫婦で彼の身辺の世話をしていて、その息子も叔父であるラモンのためにいろいろな支援をしています。だからこそ、死にたいという要求に兄は怒って大反対しています。
そんな彼の周辺にはひとが集まってきます。自ら弁護したいという痴呆症を患っている女性の弁護士が現れ、彼女と心を通わせることで、過去に書いた詩などを出版することになります。テレビのインタビューで彼の存在を知ったおせっかいな女性も現れたり、やはり四肢が不自由な牧師が彼を批判したりもする。牧師は、ラモンの家族は「愛情がない」とテレビでコメントして、ずうずうしくラモンの家にやってきて議論したりするのですが、最後に兄の妻が叩き付けるように言う「あなたはやかましすぎる」という言葉が効きました。
ラモンの気持ちを尊重すると、彼を死なせなければならない。ところが、彼に生きてくれと望むことは、永遠に彼の苦しみを持続させることにほかならない。何が正しくて、何が間違っているのか分からない世界です。答えが分からない、決められないと思いました。
四肢が不自由だけれど、ラモンは想像力の翼をひろげて海岸にいる好きな女性にも会いに行ける。この空を飛ぶ映像が非常に美しかった。また、高速度撮影のように窓の向こうの風景が変わる映像にも打たれました。けれども現実の彼はベットから少しも動けない。10センチの距離にある手を動かして、誰かに触れることさえできない。それでも彼はユーモアを忘れません。(脚の感覚がないのに)脚が痒いから来てくれとか、(立ち上がることさえできないのに、お腹の上で寝てしまった子供をみて)これじゃあ動けないな、などと周囲を笑わせる。
後半、ラストまでは涙でぼろぼろで正視できませんでした。哀しすぎる(泣)。健常者であるぼくらは、四肢が動かないひとたちの苦しみを理解できません。死なないで生きてください、という一般的な倫理を話すことは簡単だけれども、はたしてそれが最善なのか。指を動かすことさえままならない苦しみを分かったとしたら、生命を絶つという選択もあり得るのではないか。けれども苦しみを緩和しながら生きるという選択もないのか。誰かの痛みを理解できる、と口先ではいくらでも言える。言葉だけならば容易いものです。でも、ほんとうに理解できているのか。
ぼくには分かりません。けれども映画はあまりにも美しく、哀しすぎました。1月28日観賞。
*年間映画50本プロジェクト(6/50本)
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2007年1月23日
考える時代。
スタートしたばかりの頃には、ブログで何を書いてよいのか当初はわからず、いつか書きたいものが決まるまでは、取り合えず備忘録という形で書き進めていました。2時間という枠を自分で決めて、その時間を考えて書く時間としていたような気がします。しかしながらその時間のなかで、考えることの重要さ、楽しさを知った。そこで、それではブログを通じて徹底的に考えてみよう、いままでの自分にない発想ができるようにしようと思いました。
この「考える」ということは、どうやらこれからの世界において重要な視点らしい。イノベーションというキーワードともつながるのですが、「新しい考え方で作る」ということが、経済産業省の新経済成長戦略の支柱だそうです。これは、いま読んでいる前野拓道さんの「イノベーションの軸」という本で触れられています。
イノベーションの軸 前野 拓道 経済産業調査会 2006-11 by G-Tools |
この本は、司馬遼太郎からドラッカー、あるいは映画「ホワイトプラネット」まで、さまざまな作品を網羅しながら「考え方」について考察していきます。こういう本を書きたかった!(あるいは、こういうブログを書きたかった!)と思わせるような内容で、そうそう!という引用したい部分がたくさんあります。いま、まだまとまっていないのですが、いままで読んできた他の本にも通じるところもあり、落ち着いて考察しようと思います。
まず第1章「イノベートジャパン」から、次の文章を引用します(P.25)。
日本の将来のためにいま、もっとも重要なことは何か――それは「新しい考え方でつくる」ということにつきる。経済産業省はイノベーションとは何かを真剣に考えた。東芝の元社長である西室氏ら企業のキーマンと討議して結論を出した。イノベーションとは「新しい考え方でつくる」ことだと。
ここで重要になるのは「新しい」とはどういうことか、「考え方」とは何か、ということですが、その前に、イノベーションというのは世界的なキーワードのようです。第2章で、IBM会長のパルミザーノ氏がまとめたアメリカの成長戦略が「イノベートアメリカ」であり、中国の第十一次五ヵ年計画が「自主創新」であることが書かれています。そして、イノベーションについて次のように書かれています(P.32)。
ここでいうイノベーションとは「いわゆる技術革新だけではなく、たとえば、仕事のやり方であったり、在庫管理であったり」と広い意味での新しい考え方に基づく創造力でありやり方である。
この言葉で思い出すのは、ジェフリー・ムーアの「ライフサイクル・イノベーション」という本に書かれていたコアとコンテキストの考え方ですが、決して精神技術による新製品だけがイノベーションではなく、作業効率化というイノベーションもあり得るということです。
ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション 栗原 潔 翔泳社 2006-05-16 by G-Tools |
そして日本においては、次のようであると書かれています(P.33)。
日本の「新経済成長戦略」の全体を貫くキーコンテクストは、「新しい考え方でつくる」につきる。そして推進するための思考軸の縦軸は「国際化」と「地域」の二つ、横軸の架け橋は「ひと」「もの」「かね」「わざ」「ちえ」の五つを置いた。
これだけでは何ともいえないですね。ただ「つくる」という言葉にもの作り的な発想もみえるような気がします。まだ引用ばかりで自分の考えがみえてこないのですが、ちょっと今日は疲れてしまったので、また後日思考を進めることにしたいと思います。
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2007年1月21日
21グラム
▼Cinema07-005:三つ巴の人生に、ハート(心臓)が痛む。
21グラム ショーン・ペン ナオミ・ワッツ ベニチオ・デル・トロ 東北新社 2006-05-25 by G-Tools |
心臓病を患う大学教授ポール(ショーン・ペン)とその妻(シャルロット・ゲンズブール)、幸せな家庭だったのに、突然の交通事故で幼い少女ふたりと夫を失うクリスティーナ(ナオミ・ワッツ)、そして何度も刑務所に入ったり出たりしながらもキリスト教を信じて改心しようと思いつつ、結局のところクリスティーナの子供と夫の事故の加害者となってしまうジャック(ベニチオ・デル・トロ)の、三つ巴の人生が描く物語です。
クリスティーナの夫はドナーとして、心臓をポールに提供します。ポールはドナーが誰かを突き止めて、彼女のことを思い、何かできないかと考える。そうして彼女に近づいていくのですが、彼が夫の心臓の持ち主であることを知ると、最初はクリスティーナは激怒する。下心があって近づいてきたからと思うからです。けれども落ち着いて話をして、ポールが「心が痛む」という話をすると、やがて強ばった表情がやわらいでいく。そうしてふたりは激しく愛し合う。そりゃそうですよね。夫の心臓なんだから、死後に残した妻に出会ったら痛むでしょう。心臓に意識があるのかどうか、ぼくにはわかりませんが、考えているのは脳だけではないのかもしれません。
21グラムとは、死後に体重が軽くなる量であって、それが魂の重さかもしれません。ハチドリ一匹や、硬貨5枚と喩えられていましたが、そんな軽いものが悩んだり喜んだりしていると思うと、なんだか儚さを感じます。偶然かもしれませんが、「人は何度人生を行き、何度死ぬのか」というメッセージが映画のなかにあったのですが、これは同時にDVDを借りてきた「ジャケット」においても繰り返された言葉でした。
この映画では、シャルロット・ゲンズブールがちょっとかわいそうでした。ポールの子供を欲しがるのだけれど、なかなかうまくいかない。一方で、事故でクリスティーナの家族三人を殺してしまうジャックは悪人ではあるのだけれど、やはり良心の呵責に悩んでいる。運命に翻弄されるそれぞれの姿が、せつないです。1月21日観賞。
*年間映画50本プロジェクト(5/50本)
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ジャケット
▼Cinema07-004:拘束着のような現実だけれど、未来を夢みて。
ジャケット キーラ・ナイトレイ エイドリアン・ブロディ クリス・クリストファーソン 松竹ホームビデオ 2006-10-28 by G-Tools |
冒頭では湾岸戦争の重いシーンの連続で、しかも設定がよくわからなくて困惑するのですが、戦争で頭を銃で撃たれて負傷したジャック・スタークス(エイドリアン・ブロディ)は治療を終えて帰る途中、自動車のエンジンがかからずに立ち往生している母と娘の手伝いをしてあげます。そして、その娘に軍隊の鑑識票を渡す。ところがその後、ヒッチハイクして乗ったクルマで彼は事件に巻き込まれる。
犯罪者となった彼は精神に問題があるとして、精神病院に入れられます。そこでは、実験的な強制治療をされる。薬を注射されて拘束衣を着せられて引き出しのようなところに入れられるのですが、なんと彼はその引き出しによって1992年から2007年にタイムスリップしてしまう。まさに薬でトリップする。というよりも引き出しで時間旅行するという設定は、ドラ○もんでしょうか。閉所恐怖症というわけではないのですが、拘束着で手足を縛られて真っ暗な引き出しに入れられるのは嫌だな、と思いました(ふつうすぎる感想だ)。2007年の未来で偶然に出会った女性は、自動車のエンジンを直してあげたときの娘が成長したジャッキー(キーラ・ナイトレイ)で、ふたりは惹かれあっていく・・・。
暗く複雑なシーンが多くて若干どうかなとも思うのですが、未来に会いに行く、という設定がよいと思いました。現在に生きていると、現在の大切さがわからないものです。けれども未来に会いたいひとが待っていれば、いまここにある現在を大切に生きようとも思う。拘束着で縛られているような現実であっても夢をみることは自由であって、強く夢を信じつづけることで、夢も現実になるものです。1月20日観賞。
公式サイト
http://www.jacket-movie.jp/
*年間映画50本プロジェクト(4/50本)
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Sigur Ros / Takk...
▼Music07-006:鳥肌が立った。北欧の妖精が降りてきた。
Takk...
Sigur Ros
曲名リスト
1. Takk...
2. Glósóli
3. Hoppípolla
4. Meo Blódnasir
5. Sé Lest
6. Saeglopur
7. Milanó
8. Gong
9. Andvari
10. Svo Hljótt
11. Heysátan
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北欧には、ぜったいに妖精がいるに違いない。シガー・ロスを聴いて、そう思いました。すごい。鳥肌が立った。ぼくはスピリチュアルなものをあまり信じない人間ですが、ノイズやストリングスやファルセットボイスやピアノや、そんな分厚い音のヴェールというか圧倒的な光の束が押し寄せてきて、まさに妖精あるいは神様が降りてきたという感覚に襲われました。背筋に電気が走った。何を言っているのかわかりませんが(というか、独自の言語で歌われている曲もあるようなのですが)、ついでにバンドがどういう構成なのかも音が全体のなかに溶けてしまってよくわからないし、さらに11曲が途切れなくつづいていくので個々の曲について述べるのも難しいのですが、これは既存の音楽の枠を超えているのではないでしょうか。細かいことはどうでもよくなって、思わず椅子の上に正座、で聴きました(いや、ほんとうに)。
彼らはアイスランドの4ピースバンドのようです。北欧の音楽に詳しくない若葉マークのぼくは、バンドについて語るのは避けることにします。とはいえ、これが4作目のアルバムとのこと。3作目はタイトルが「()」で、音楽制作に集中するためにあえてタイトルを言葉化しなかったらしい。うーむ、まいりました。言葉化できないものを大切にしたい、とブログに書いているわりには大量の文章で言葉化しまくっているぼくですが、音楽に対する硬派な姿勢もここまで徹底すると他の追随を許しません。
ところで、最近購入した3枚には、どれもジャケットに白い鳥の絵が入っていました。これはどういう意味なんでしょうね。気になっています。「Takk...」のジャケットは厚手の紙が使われてものすごく豪華にできていて、飾っておきたいぐらいです。1月20日観賞。
+++++
特に背筋に電気が走った曲は「Hoppipolla」でした。YouTubeからミュージックビデオです。ちょいワルな老人たちが、まるで子供のように、花火を仕掛けたりピンポンダッシュをしたり万引きをしたり水溜りに飛び込んだりする。長生きの秘訣って、こういう心の若さにあるのでしょうか。
■Hoppipolla music video by Sigur Ros
*年間音楽50枚プロジェクト(6/50枚)
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2007年1月20日
Porcupine Tree/In Absentia
▼Music07-005:夕日の差し込む午後の部屋のような、それでいて研ぎ澄まされた。
In Absentia
Porcupine Tree
曲名リスト
1. Blackest Eyes
2. Trains
3. Lips of Ashes
4. The Sound of Muzak
5. Gravity Eyelids
6. Wedding Nails
7. Prodigal
8. 3
9. The Creator Has a Masterpiece
10. Heartattack in a Layby
11. Strip the Soul
12. Collapse the Light into Earth
13. Futile
14. Drown With Me
15. Chloroform
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このCDをはじめて聴いたのは、銀座の山野楽器の試聴コーナーだったかと思います。あらためて聴き直して、ものすごく新鮮でした。音が飛び込んでくる。最近ちょっとひねくれた音楽ばかりを聴いていたせいだからかもしれませんが、ディストーションのギターからアコースティックに変わるところなど、脳内刷新的な刺激があります。こういう音楽ばっかり聴いていたときがあったっけ、と思いました。
名曲は前半2曲なのですが、実はぼくは後半、7曲目の「Prodigal」のけだるい感じから以降が気に入っています。「Prodigal」では、ボーカルの鼻にかかった感じがいい。コーラスが入ってくるサビも、うわー懐かしいこれって何かのバンドに似ているんだけど何だっけ状態です。トーキングモジュレーター(そんなの昔あったっけ)をかけたような音にもしびれました。一転してベースがごろごろ転がる(笑)ような音の「3」に展開しますが、ストリングスのシンセサイザー(サンプリング含む)が多用された音楽が好みなので、この曲もいい。逆回転など、音作りは凝りまくっていますね。そしてタイトなリズムの「The Creator Has A Mastertape」に入るところなども。
なんとなくの印象ですが、このアルバムを聴いていて感じたのは、夕日の差し込む午後の部屋でした。光が斜めに部屋のなかに差し込んできて、埃が浮遊しているのがみえる。誰もいなくてしんと静まりかえっていて、どこか透明な研ぎ澄まされた雰囲気もある。それは学校から帰ってきて鞄を置いて、さあ音楽を聴こうと構えた10代のぼくの部屋の残像なのかもしれません。理屈とか見栄じゃなくて、純粋に音楽が好きだった頃の。1月19日観賞。
*年間音楽50枚プロジェクト(5/50枚)
投稿者 birdwing 日時: 23:00 | パーマリンク | トラックバック
Union Of Knives / Violence & Birdsong
▼Music07-004:エレクトリックでノイズで、ちょっと繊細。
VIOLENCE & BIRDSONG
ユニオン・オブ・ナイブス
曲名リスト
1. Opposite Direction
2. Operated On
3. Evil Has Never
4. I Decline
5. Even Machines Make Mistakes
6. Taste For Harmony
7. Lick Black Gold
8. Go Back To School
9. The Law Is Against My Heart
10. We Can't Go Wrong
11. You Better Keep Me
12. Infant Eyes -Japanese Bonus Track
13. I Decline -Remix -Japanese Bonus Track
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実はノイジーな音楽とか轟音とか、嫌いじゃなかったりします。アコースティックなものを聴くことが多くなりましたが、なんとなく歪んだギターを聴きたくなるときがある。けれどもヘビメタではなくて、ポストロックというかエレクトロニカ系であってほしい。ぼく自体も趣味のDTMでノイズを取り入れようと頑張ってみたのですが、ノイズにはノイズの文法があるようで、それがまだうまく理解できていません。きっとノイズがはまる文脈があるはずで、そんな曲にも挑戦したいものです。いつか。
さて、今日購入した輸入版CDはこれ。マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン+ジョイ・ディビジョンというのが店頭の売り文句でした。エレクトリックなビートに轟音かつノイジーなギターがのり、繊細な自省的なボーカルが歌う。グラスゴーの3人組だったような気がしますが、なんかよいです。6曲目の「TASTE FOR HARMONY」とか、なかなか切ない。次のフィードバックギターではじまる「LICK BLACK GOLD」のリズムも好み。というか、ハードな音なんですが彼等のハーモニーは結構きれいだったりします。1月16日観賞。
+++++
音歪みまくりですがYouTubeからライブ映像。リズムの骨太な感じとか、それでいてリリカルな感じなど最近ぼくの求めている感じに近いかも。でも、ちょっと疲れるかな(苦笑)。ただ、疲れたときにこういうの聴くと効きますね。
■Union Of Knives 'I Decline'
*年間音楽50枚プロジェクト(4/50枚)
投稿者 birdwing 日時: 00:00 | パーマリンク | トラックバック
2007年1月17日
日常の断片、家族のあれこれ。
Wiiで遊ぶとしたらどんなゲームがいい?いまある製品じゃなくてまったく新しいゲームで、と家族に聴いてみたのですが、そうねえ・・・と言いながら奥さんが固まってしまいました。しょうがないので夕飯をもくもくと食べていたのですが、その後、さあブログでもやろうかと思って自室にこもろうとしたところ、ドアを開けて、こういうのはどうかしら?と呼び止められた。まだ考えていたんですか。
長男くんにも話を振ってみたのですが、えー?なにがいいだろう、とちょっとわくわく顔。もうそろそろ眠る頃かなと思って、おやすみを言いに行ってみると、電気を消した布団のなかから、にいちゃん考えたんだけどさー、のこぎりで木を切るゲーム、ぎこぎこ(手を動かしている)とのこと。なんだ、きみもか。あなたたちは紛れもなく親子だ。考えはじめると遠い目になるのも、そっくりだ(笑)。
そしてまた、ぼくも同じだったりします。考えはじめると遠い目になる。けれども考えつづけていると、とっても疲れるものです。考えなければならないことであれば仕方がないのだけれど、どういうわけか考えなくてもいいようなことがマイ・コンピュータのちっぽけなメモリーを占拠してしまい、考えなければならない仕事のあれこれを脳から追い出してしまったりする。ぱかっと筐体を開けてメモリー増設するわけにもいかないし。
そんな家族のなかで、ひとり何も考えずに部屋のなかを走り回っている生き物が一匹。次男3歳なのですが、今週、兄の参観日に母と同行したところ、クラス全員から「かわいい〜☆」と注目を集めてしまったらしい。ひとだかりができるほどの人気者になってしまい、年上の女の子(といっても9歳だけど)に囲まれて、ほっぺたをぷにぷにされまくったり、一挙一動にきゃあきゃあ言われたとのこと。女の子だけでなく男の子からも「なあ、弟かわいいよな、かわいいよな」と言われたそうです。そのアイドル弟のせいで、目立たない地味な兄の株も一時的な急騰となったらしい。
よく聞いてみると、幼児を連れてきているのはうちだけだったらしく、ナンバーワンよりオンリーワン、いわゆる珍獣的な人気だったような気がする。とはいえ、自慢の息子がモテモテなのは父としても嬉しいことである。嬉しいのだが、ちょっと妬けるぞ。ちぇっ。どんなひとにも人生には必ずモテモテ期が一度だけある、という伝説を聞いたことがあるのですが、その時期をいま使ってしまわないように祈るばかりです。3歳で運を使い果たしちゃったら、ちょっとさびしいですよね。願わくば、元気旺盛な20代ぐらいにピークをもってきたい。それまでは、できれば運を貯蓄しておきたい。いや、ぼくの話ではなくて息子の話なんだが。
実は今日はくたびれ果てていて、消耗気味であり、ぜったいにブログは書けないと思っていたのですが、気付くと書いていることだなあ。ただ、ほんとうはもう少しきっちりとした仕事の論文的なことを書きたいのだけれど(イノベーションとか、コミュニケーションとか)、いろいろと学んだところで書くつもりです。
そんなわけで日常の断片でした。ではでは。
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2007年1月14日
束縛から解かれる。
ふたりの息子を連れて公園で遊んだのですが、最近、どういうわけか高所恐怖症になってしまった次男(3歳)は、滑り台の階段を登れなくなってしまいました。そんなわけで20キロ近くはあると思われる息子を、よいしょと滑り台の上に乗せてあげなければならず、それを数十回も繰り返してさすがに疲労しました。くたびれたー。子供を運動させるつもりが、ぼくが運動するとは(泣)。しかもかなり局所的な運動だし。
その後、ぐるりと近所を散歩して、三人で喫茶店に入って和み(メロンソーダ、イチゴソーダ、そしてコーヒー)、駅前で焼き芋を買って帰ったら、遅いので奥さんに怒られました。ぼくの携帯電話の電池が切れていたので連絡もつかなかったようです。ついでに買って帰った焼き芋が少ないので、また怒られた。すみません。とはいえ、たまには息子たちとデートもいいものです。いろんな話もしました。願わくば、娘がひとりぐらいいてほしいのだけど。
先週は仕事が忙しく、さらにブログとDTMにも集中していたので、子供たちと過ごした休日はいい気分転換になりました。何か夢中になるのはいいのだけれど、依存症的になるのはよくないですね。集中するとその世界から出られなくなるようなところもある。適当に距離を置くことが重要ではないかと思っています。
昨日、「リバティーン」というジョニー・デップが出演している映画を観て思ったのですが、どうして創作活動などに夢中になると精神の均衡を崩すんでしょうね。酒に溺れたり、レンアイに溺れたり、過剰に自分を痛めつけたり、不摂生な生活に落とし込んだりする。健全に創作活動ができないのだろうか。
そんな不健全さは、自分で自分を縛っているところもあります。「リバティーン」では、王政という権力の束縛に抗おうとするのだけれど、いちばんの束縛は自分の思考にあるような気がします。この自分の思考という束縛から自由になることが結構難しい。
自由になるきっかけは、ほんとうに身近なところにあるような気がします。たとえば、息子たちと話をする休日の公園などで。ぼくはそんな子供たちとの会話や雑談を大切にしたい。その内容をブログに書くかどうかはブロガーとしての判断によりますが。
投稿者 birdwing 日時: 00:00 | パーマリンク | トラックバック
「ヒューマン2.0―web新時代の働き方(かもしれない)」渡辺千賀
▼シリコンバレーに行かない選択、日本で構想する未来。
ヒューマン2.0―web新時代の働き方(かもしれない) (朝日新書) 渡辺 千賀 朝日新聞社 2006-12-08 by G-Tools |
まず文体の研ぎ澄まされ方、鋭い視点がいいと思いました。読んでいて気持ちいい。女性の作家でいうと、ぼくは川上弘美さんのようなふんわりと漂う文章も好きだけれど、論理的にずばりと斬っていく辛口な文章も好みです。
この本で紹介されるのは、シリコンバレーの過酷だけれど実力主義+個人主義に徹した新しい働き方の事例で、今までの日本における労働についての意識を根本から覆すような考え方です。とにかくすさまじい。甘えは許されません。チャンスを掴んでがっぽり稼いでリタイアする、という極端な生き方も、シリコンバレーでは当たり前のようです。
ひとつひとつのエピソードが面白いのですが、最終章の部分から「ヒューマン2.0のルール」として見出し部分を抜粋してみます。これだけでも随分、参考になると思います(P.162以降)。シリコンバレー流の成功法則です。
仕事のルール |
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自分と異なる人を受け入れる |
大事な情報はソースに当たる |
オープンソースな人になる |
多くを期待される場に自分を置く |
英語を身につける |
転職のルール |
理論上の「本当の自分」を探さない |
時にはあきらめる |
どれほどムカついても鉛筆をバキッと折らない |
なるべく楽にやっていくためのルール |
体力を身につける(または無駄なパワーを極力惜しむ) |
文句を言わない |
なるほど、というツボを押さえた教訓が多いと思いました。
そんな風に全体的には賛同できるのですが、共感や賛同ばかりでは前向きな議論にはなりません。そこで、梅田望夫さん、渡辺千賀さんを筆頭として、最近のシリコンバレーからの書籍ブームにちょっと批判的な見解を意図的に付け加えてみたいと思います(あえてと書いたのは、ぼくは全面的におふたりの本を支持するからです)。
あえて偏見に満ちた見方をしてみるのですが、シリコンバレーのスタイルを絶賛する本の背後には、「日本ってダメでしょ」という発想がある気がする。もちろんお書きになった本人には、そんな気持ちはないかもしれません。なかったとしても読者として、そう捉えてしまう解釈もある。
実際に梅田望夫さんは「日本ではダメだ」ということでシリコンバレーに渡った、という経緯を書いていたと記憶しています。大きく捉えるとイチローなど海外で成功したスポーツ選手にも言えることかもしれないのですが、個人の成功のために、芽が出ない日本とは別の環境を探して、その環境で成果を出すことは重要です。芽の出ない場所を一生懸命に耕していても無駄なことも多い。種も腐ってしまうかもしれない。けれども、では痩せた大地しかない日本に残って何か変えようと思っているひとが無駄かと言うと、決してそうではない。それもまたシリコンバレーで成功するのと同等に価値がある。そう信じていたいと思います。
率直な感想を言わせてもらうと、「ヒューマン2.0」を読んで何かに印象が似ているなと考えつつ思いついたのは、芸能ゴシップ週刊誌でした。週刊誌には芸能人の生活のあれこれが詳細に掲載されています。けれどもぼくら一般人が感じるのは、凄いなあ、でもこれってぼくらとは別世界のことだよね、ということではないでしょうか。週刊誌を読んで、よーしこんなにおいしいのであれば芸能人になろう、と奮起するひともいるかもしれませんが、一般人としては、それはそれとして今日のご飯をどうしよう?と直面している課題がある。
梅田望夫さんの本にしても、渡辺千賀さんの本にしても、もうちょっと教えてほしいと思ったのは、では日本にいるぼくらがどうすればいいのか?という視点です。シリコンバレーに行かなければ成功しないのであれば、行けるひと/行けないひとの格差を煽るだけでしかない。日本という環境にどっぷりと浸かっているぼくらが、ではどうすればいいのか。自分で考えなさい、ということかもしれませんが。
ドラッカーと比べるのは酷かもしれないけれど、ドラッカーは外国人とはいえ、日本について言及する言葉には、日本に対する愛情とメタレベルにおける提言があったように思います。ところが、グローバルを信奉するひとの言葉のなかにはときとして、日本人でありながら傍観者として冷ややかに日本を眺め、シリコンバレーこそすべて、という思考です。
と、まあそれは日本のちいさな場所でイノベーションを模索しながら悶々としていて、どう考えてもシリコンバレーは遠すぎる、ぼくという人間のちっぽけな僻みかもしれません。批判だけでは何も変わらないものです。そんな狭い思考を捨てて、世界レベルで考えられるようにもなりたいと思っています。この日本の、ぼくがいるこの場所で何ができるのか、そこから考えはじめたい。ということを気付かせてくれたということで「ヒューマン2.0」を読んでよかったと思いました。1月10日読了。
*年間本100冊プロジェクト(2/100冊)
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ロスト・イン・トランスレーション
▼Cinema07‐003:懐かしくて切ないトーキョーの恋。
ロスト・イン・トランスレーション ビル・マーレイ スカーレット・ヨハンソン ジョバンニ・リビシー 東北新社 2004-12-03 by G-Tools |
いい映画だと思いました。笑いと切なさと懐かしさが入り混じって、ちょっと泣ける。舞台はトーキョーです(東京と書くよりも、カタカナのトーキョーが似合う)。映画俳優のボブ・ハリス(ビル・マーレイ)はサントリーのCM撮影のために、東京に来日している。一方で同じホテルには、カメラマンの夫に付き添って滞在しているシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)がいる。あまりに特異な日本という文化に戸惑い、結婚しているのだけれど相方との関係がうまくいっていなかったりして、ふたりとも孤独である。ホテルで眠れない時間を過ごしているうちに、ボブとシャーロットはバーで出会い、いろいろな話をするようになります。
とにかく、まず外国人が撮影する日本ってどうしてこうして美しくなるんだろう、という驚きが第一。それから外部から眺めると日本人ってこんな風に滑稽にみえるんだな、という実感が第二。このふたつが印象に残りました。ボブを起用したCM撮影では、時間がなくて、かりかり苛立ったCMのプロデューサーが、古い友人に出会うような表情で!などコンセプトを告げるのですが、通訳の担当者といえば、右から振り向いてください、のように彼の発言を一切無視して行動だけ伝えている(笑)。思わず笑ってしまったのだけど、笑えないものもありました。グローバルな仕事をするのであれば、英語によるコミュニケーションは必須ですね。
結婚に行き詰っている、と打ち明けるシャーロットを、ボブは励まします。きみは全然おかしくなんかない、というように。けれども、子供が生まれると結婚は複雑になる、というようなことをボブは話していて、この部分はなんとなく深く頷いてしまいました。お互いに既婚者で家族があるのですが、ボブとシャーロットは次第に惹かれていく。惹かれるのだけれど、年齢差はあるとはいえ、どちらかというと友達のように話をしてばかりいる。この淡さがよいです。ところが、ボブの方はバーのシンガーのおばさんと行きずりで寝ちゃったりして、それをまたシャーロットに発見されたりもする。いたたたたな場面で、若干ふたりの会話は気まずくもなるのですが、関係全体が壊れたりしない。大人のレンアイだなあ、という余裕を感じました。別れ際にボブはシャーロットに何か耳打ちします。あれは何を話したんだろう。気になります。
シャーロットを演じるスカーレット・ヨハンソンが美しくて、ホテルの部屋で下着でうろうろしていたり、仰向けにベッドに寝そべっていたりすると、なんだかどきどきしました。最近、高所恐怖症になって滑り台に登れなくなってしまった息子(次男)と同様、ぼくもあまり高いところは苦手なのですが、高い場所から風景を眺めることは好きだったりします。そんなわけで、ハイアットのホテルの窓辺に膝を抱えて、シャーロットがトーキョーの風景を眺めるシーンは気に入っています。
監督のソフィア・コッポラといえば「ヴァージン・スーサイズ」でデビューですね。こちらはまだ観ていないので、いずれ観たいと思っています。さらに音楽では小山田圭吾さんの推薦により、はっぴいえんどの「風をあつめて」が使われていたり、ジーザス&メリー・チェインが使われていたりなど注目しました。1月14日観賞。
公式サイト
http://www.lit-movie.com/index.html
*年間映画50本プロジェクト(3/50本)
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2007年1月13日
素材から創る。
趣味のDTMのお話です。先週「Bittersweet(仮)」という曲をつくったのですが、ちょっと味付けがさびしいと思ったのでサンプリングCDを購入しました。
サンプリングCDというのは、ドラムの音とか、ふ〜っとかいう声などが入っているCDのことです。最近はシンセサイザーとはいえ、ほとんどサンプラーのようなものもあるので、ギガバイトレベルの音源をハードディスクに入れておいてリアルな音を出せるものもあります。が、ぼくはそんなソフトウェアを買えないし、買えたとしてもハードウェア(VAIOノートで作っています)のスペック不足なので、使えません。
そこでサンプリングCDを活用しているのですが、かなしいことにこのサンプリングCD自体も高い。結局、ぼくが購入しているのは比較的安価なクリプトン・フューチャー・メディアのプロサンプルズシリーズです。
これも1枚5000円するので、ささやかな小遣いのぼくには購入するときに勇気がいる。貧乏っぽいのですが(苦笑)。そんな貧乏クリエイターなので、ほんとうにクリプトン・フューチャー・メディアさまには感謝してます。
今回はVOL.28の「ボーカル・ハウス」を購入。ドラムの各楽器の音(バス、スネア、ハイハットなど)だけでなく、ループ(数小節の演奏になっているもの)、ギター、女性ボーカル、効果音などが600種類入っています。これをまずは手当たり次第聴いてみたのですが、これだけでも時間がかかる。でも楽しい。そして気に入った音をDAW(音楽作りのソフトウェア)に読み込んで、素材の音を切り貼りしていくわけです。ぼくはMacを持っていないので、SONAR5というソフトウェアを使っているのですが、たぶんガレージバンドというソフトウェアと同じような感じでしょうか。
ホームページやブログのデザインを変えようと思えば、検索すれば無料の素材を提供してくれるサイトがいくつもあります。そうして、誰かの書いた日記などを引用をすれば、ブログを簡単に書けてしまう。CGIのようなプログラムだって、サンプルが簡単に手に入る。このネットの状況と、どこか似ているような気がするのですが、音の素材を引用して配置すると曲になっていきます。便利な時代になったものだな、と思いました。
けれども、どの音を選ぶのか、選んだ音のどこを切り抜くのか、切り抜いた音を楽曲のなかでどのように組み合わせるのか、というところにセンスが求められる。ぼくはといえば、打ち込み中心だったので、なかなかうまくできません。
試行錯誤をしながら、なんとか「Bittersweet(仮)」を3分20秒の曲に仕上げてみました。まだ微調整が必要ですが、できれば来週あたりにMuzieで公開したいと思っています。
ところで、ふと考えたのですが、音楽を趣味にしているひとでも、どんな方向性で音楽をやるかによって細分化されているものです。そしてやり方の違うひとたちの間で、若干コンプレックスがあったりするのではないでしょうか。
私見ですが、たとえば生の楽器を弾いているひとは、ふん、打ち込みなんて、というところがあるような気がします。逆に打ち込みオンリーのひとは、楽器を弾けるひとにコンプレックスがある。楽器の弾けないボーカルのひとは楽器を弾けるギタリストなどにコンプレックスがあるし、逆に楽器が弾けるけど歌えないひともいて、そういうひとはボーカルにコンプレックスがあったりする。だから、弾き語りというマルチなミュージシャンはすごいなあとも思います。マルチに楽器ができるミュージシャンはもっとすごい。
もちろん、たいていみなさんバンドをやりながらプリプロダクションのような形で自宅録音をしていると思うのですが、楽器は生演奏がいちばんでしょう!という価値観はかなり濃厚に、みえない空気のように漂っていますね。ついでに、ぼくが勝手に考えていた偏見もあり、DTMのジャンル内にも偏見があり、音の素材を切り貼りをして作るのはオリジナルじゃないんじゃないか?、やっぱり白紙の状態から打ち込むのが打ち込みの醍醐味でしょ?と長いあいだ考えていました。でも、そんなこだわりを捨ててみると、あっこんなこともできるのか、と目からウロコな発見があります。楽しみ方はたくさんあっていいと思います。
素材を買ってきて、素材から音を創っていく作業は、なんとなく料理に似ているかもしれません。といっても、ぼくは料理がぜんぜんできないので、似ているかもしれないぐらいにしか言えないですね。
もうすぐ料理(新しい曲)が出来上がる予定、なのですが。さて。
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リバティーン
▼Cinema07-002:ぼろぼろな放蕩者の壮絶な人生。
リバティーン ジョニー・デップ サマンサ・モートン ジョン・マルコヴィッチ アミューズソフトエンタテインメント 2006-11-24 by G-Tools |
「物語が進むにつれてどんどん私を嫌いになる。・・・どうか私を好きにならないでおくれ。」というような独白からはじまる詩人であり貴族の壮絶な生涯の物語です。1660年代、王政復古のイギリスで、ロチェスター伯爵(ジョニー・デップ)は酒と女性の放蕩な生活を送っていました。知識人であって才能があるのだけれど、王政のような体制が大嫌いで、世のなかを斜に構えてみている。そんな彼は、芝居のなかにだけ喜びを見出して、ひとりの女性を愛人として愛するようにもなる。けれども、王からチャンスを与えられたのにもかかわらず、フランス大使を招いた大事な歓迎式の芝居で、とんでもないお下品な脚本を演じようとして王に追われる身になり、次第に荒廃していって・・・。
体制に反発するのはわかるけれど、外交的に重要な場面で下品は芝居を演じるのは、ほんとうに思考が幼いとしかいいようがないなあ、と思いました。それは芸術を取り違えていると思うし、落ちぶれた彼に対して友人から、きみには才能がなかった、と厳しい言葉を突きつけられるのですが、それも当然であると思いました。突拍子もないことをするのが芸術ではないですよね。ただ、そんな世間を知らない(ある意味)純粋さが詩人には必要なのかもしれません。
最後には片目は失明し、鼻は欠けて、肌はぼろぼろで歩くことさえままならないロチェスター伯爵なのですが、妻だけはしっかりと寄り添っている。このシーンで思い出したのは、ダン・ローズの「コンスエラ―七つの愛の狂気 」でした。あの物語では夫婦が逆なのですが、ほんとうに愛されているのだろうか、という疑問から、妻はどんどん醜くなっていく。ロチェスター伯爵が放蕩し、酒に溺れ、娼婦を買うのは、結局のところそれでも自分を愛してくれるひとがいるのか、という感情があったのでしょう。それを甘えととるか、芸術家の奔放さととるか、とらえかたは自由ですが、そういう人生もあります。
それにしてもジョニー・デップかっこいい。放蕩の果てに33歳で歩くこともできないほど落ちぶれた姿も演じているのですが、その壮絶さはすごい。大半はお下品きわまりない物語ではあるのですが、彼の涼しげな表情と、そのかっこよさと対比された後半の凄まじさが印象に残りました。1月13日観賞。
*年間映画50本プロジェクト(2/50本)
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2007年1月12日
思考を動かす。
会議がうまく機能すると、アイディアが走り出す感じがあります。停滞していた空気が一気に突破口をみつけて弾ける感じ。そんな勢いでアイディアが走り出すと、その風に巻き込まれて別のアイディアも疾走する。思考が動いた、と実感するひとときです。今日はなんとなくそんな感覚を得ることができて、ちょっと爽快な気分でした。深夜までブログを更新していて、めちゃめちゃ寝不足だったのですが。
・・・とかなんとか、非常に比喩的な美しい表現を使ってしまったのですが(苦笑)、実際には今日のような日ばかりではありません。走り出したアイディアに対して「その提案は以前にもやったけどダメだったよね」といきなり潰されることもあるし、走り出したのはいいけれど目的地が曖昧なまま暴走した挙句に現場に戻れなくなってしまったり、相手を論破するゴールのない徒競走的な世界に突入したり、そんなこともあります。
限度の設定
今週は分析作業に仕事の大半を費やしました。一般に分析という作業は、ある現象やデータを"静的に"把握するものであると考えます。もちろん運動に対する分析もあるかもしれませんが、運動であっても瞬間の連続として時間と空間をスライスしていく。科学的には「観察」ということなのかもしれません。被観察物と距離を置いて、観察者としてそれを眺める。眺めてパターンなどを見出す。しかし、ぼくらが住む現実世界についていえば、プレパラートに閉じ込めた永遠の理論がいつまでもつづくわけではありません。プレパラートに閉じ込めた永遠はきれいにみえるけれど、静的なものとしてきれいな結晶を残しておきたいというのは観察者のエゴかもしれない。人間の行動はすべてパターン化できるとは限りません。むしろパターン化されてたまるか、とも思うし、パターンから外れるからこそ面白い、創造的である、とも思う。多様かつファジーなのが人間であって、だからいい。
数値との戯れ、分析機器という精巧な"玩具"との戯れは楽しいものです。ぼくも分析作業をやっていて、データの砂場をスコップで掘り返しながら、思わず「これをずーっとやっていたら楽しいだろうなあ・・・」と、思うことがある。データを掘り起こす作業は、光の当て方を変えるだけで違う結果が導き出されるもので、解釈の可能性は無限に広がっています。やろうと思えば永遠につづけられる。けれどもですね、必要のないデータいじりを無限につづけるのは分析者のつまらないエゴではないか。無限に遊びつづけるのではなく、
ひょっとすると、これって途方もない無駄じゃないか?
と気づくことも重要な気がします。適正な分析は意義があるけれど、不適正な分析は過剰なノイズを増産するだけです。そこまでやらなくてもわかるんじゃないの、ということもある。膨大な時間をかけて子供でも知っている当たり前しか導き出せないこともある。また、膨大な情報は判断を鈍らせるだけのものであり、それで正しい判断ができるか、というとそうでもない。むしろシンプルな情報で迅速に意思決定したほうが、時流をつかむこともある。
その限度を見極めるのは、分析者のセンス、直感かもしれません。制止することも必要だけれど、もっとここを掘ったほうが宝がみつかるのではないかという場合にも、どこを掘るのかを決めるのはセンスという気がします。
見栄えではなく
同様に考えられる無駄な戯れが、チャート化という戯れです。もうひたすらチャート(図形)化しまくる(苦笑)。でも、これは何を意味しているのだろう?という不可解なチャートも多い。チャート化して意味があるものもあれば、逆に箇条書きや文章で説明したほうがわかりやすいこともある。何でも図形化すればよいというものでもない。
コミュニケーションとして考えると、そこには必ず伝えたい対象者がいるわけで、対象者によっても伝え方のポイントは異なります。たとえば経営者に向けたものであれば、文章は少なめで数値を強調した方がいいかもしれない。図形的な説明が苦手なひともいて、であれば図形ではない手法で説明するのがユーザビリティとして適切であると考えます。なんでもビジュアル化すればいいってものではない。図形化すべきときは図形化する、しなくてもよいときはしない。その使い分けが大事です。フォーマット化(標準化)よりもカスタマイズが大切です。
かっこいいから図形化してみました、というのがいちばんかっこ悪いとぼくは思います。必要にないところにビジュアル化は要らない。思考という裏づけのないかっこよさは、むしろかっこ悪い。と、おこがましいのですが、そんなことが言えるようになったのは少しだけぼくが年を取ったかもしれません。若い頃にはとにかくかっこいいデザインのチャートを作りまくって、横文字のかっこいい言葉を使いまくったこともありました。それはめちゃめちゃかっこ悪い。若気の至りというか、いま過去の仕事を振り返ると卒倒したくなることも多くあります。
思考を動かすことができる人材
ビジネスにおいて求められるのは、傍観者や評論家、観察者やかっこよくチャートを仕上げられるひとではなく、その静的な知恵やスキルを動的に活用できるひとではないでしょうか。きれいに企画書を仕上げられる人材よりも、手書きでもかまわないし口頭でもいいから、思い浮かんだアイディア(思考)をすぐに現実として動かせる人材です。
技術とビジネスの分野においても考えられます。よく例に挙げられるのはゼロックス・パロアルト研究所の例ですが、マウスや現在のグラフィカルユーザーインタフェースなど最先端の開発をしていたパロアルト研究所は、技術やアイディアはあったのだけれど、それをビジネスとして現実化することはできませんでした。実際に現実化して普及させたのは、スティーブ・ジョブスやビル・ゲイツだったりするわけです。
とにかく仕事では集中的に考える一週間だったのですが、考えてばかりでいいのか、という疑問がぼくのなかにあります。ちなみに、このエントリーは他者に対する批判のように読めるかもしれませんが、ぼくはその意図で書いていません。疲労した頭をクールダウンさせながら、自戒と自分がなりたい方向性をまとめてみました。自分に向けたメモのようなものです。メモなので結論はありません。結論は明日からの行動で。
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「ライフサイクル・イノベーション」ジェフリー・ムーア, 栗原潔
▼book07-001:イノベーションの固定観念を変える一冊。
ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション 栗原 潔 翔泳社 2006-05-16 by G-Tools |
ジェフリー・ムーアは最終章である11章の最後を次のように結んでいます(P.343)。
社会は永続的な雇用先を必要としている。顧客は安定した製品の供給源を必要としている。政府は安定した税収を必要としている。投資家はリスクに見合うだけの投資機会を求めている。つまり、誰もが何らかの形で運命共同体なのである。企業として新しいレベルの競争力強化を常に行っていく必要があるということだ。これが進化というものだ。つまり、目標値を常に上げていくということだ。国家が生活水準のレベルを上げていくのも同様だ。新しい企業が毎年生まれているのもこれが理由だ。我々が自己のキャリアにおいて常に新しいスキルを学んでいかなければならないのもこれが理由だ。疲れることはあっても退屈することはないだろう。我々は結果を出し続けていかなければならない。ようこそ、生存競争の世界へ。
眩暈がしました(苦笑)。退屈してもいいから疲れない方がいいかも、と思ってしまったぼくは怠惰な人間なのでしょうか。 けれども、ビジネスの世界に生きるのであれば、その厳しい言葉を受け止めて当然という気がします。一発当てればいいのではなくて、結果を出しつづけなければならない。餌を摂取するために常に泳ぎつづけて、泳がなければ死んでしまうサメのようなものでしょうか。あるいは回転していないと倒れてしまう自転車のようなものかもしれません。この言葉は、ぼくのなかでは昨年末に読んだ「ドラッカーの遺言」の次の言葉につながりました(P.163)。
知識社会で中心をなす「知識」は、高度に専門化・細分化し、しかも流動性の高いものとなってきています。知識労働者として要求されるスキルは「情報の変化」に応じて絶えず形を変え、一度身につけたらそれでおしまいというものではなくなりました。つねにスキル・アップを心がけることで、自らの未来を切り拓いていく――私たち一人一人に、そのことが求められるようになったのです。
世界を変えるのは、ひと握りのリーダーでしょ?という考え方もあります。リーダーに任せればいいじゃない、という責任転嫁もできる。けれども、社会を変えていくのは個々にも責任があると思います。最先端の新しい何かを開発しているひとたちだけにイノベーション(革新)が求められているのではない。未来を切り拓くのは、他でもないぼくらであるわけです。
ではどうするのか、という可能性を示す上で「ライフサイクル・イノベーション」に書かれた"製品のライフサイクルすべてにイノベーションの可能性がある"というような主張は興味深いものでした。イノベーションは最先端ではないところにも生まれるということです。この視点は他にも応用できそうです。
「ライフサイクル・イノベーション」のポイントは3つあるのではないか、ということを以前エントリーに書いたのですが、簡単に解説してみると次のようになります。
1)イノベーションは、製品のライフサイクルのすべての段階で可能である。
製品にもライフサイクルがあります。赤ちゃんの時期、若者になって元気旺盛な時期、落ち着いて家族をもつ時期、老後というように、隆盛から衰退という流れがある。いままでぼくは革新的なものは若い時期にあるべきだ、という固定観念があったのですが、衰退していく時期にもイノベーションがある、という視点が新鮮でした。ジェフリー・ムーアは、ビジネスのライフサイクルに合わせて14のイノベーションタイプを紹介しています(14にとらわれることはない、とも言っていますが)。
2)ボリューム・オペレーション型企業とコンプレックス・システム型の企業では、イノベーションは異なる。
ちょっとわかりにくいのですが、乱暴に解釈してしまうと、ボリューム・オペレーション型というのはコンシューマ(消費者向け)製品であり、コンプレックス・システム型というのはエンタープライズ(法人向け)製品またはソリューションという印象を受けました。マーケティングにおいても、このふたつを混同しがちです。特に法人向けのマーケティングは、一般大衆向けのものとは違った特性があるので難しい。まだこれだけでは浅くてさらに解釈してまとめる必要あり、なのですが、その特性の違いを述べている部分は興味深いと思いました。
3)イノベーションを考える上では、コア/コンテキストという概念が重要である。
コンテキストというと、記号論などにかぶれていたぼくは文脈という意味でとらえてしまうのですが、ここではもう少し別の意味のようです。組織論におけるライン/スタッフで喩えたとき、後者のスタッフに近い気がします。ハーズバーグの衛生理論になぞらえると、不満足を取り除く方向性でしょうか(ちょっと違う気もする)。
コスト削減や時間短縮などの効率化がコンテキストにあたるようです。現場で重要な考え方や施策です。一方で、コアとは企業全体が競合と差別化を図っていくための先鋭的な何かで、事業性といえるかもしれません。いわゆるコアコンピタンスのコアですね。ジェフリー・ムーアは、イノベーションのタイプによってコアとコンテキストに注力するバランスも異なることなどを説いています
コアにおけるイノベーションは新製品開発のような派手な新しさです。しかしながら、コンテキストに関するイノベーションは、例えば時間短縮とかカイゼンにあたる地道な施策です。コア向けのイノベーションをコンテキストに応用しても効果が出ないし、逆も同様。たとえば画期的な新製品が求められているときに改良版を投入しても市場に合いません。戦略立案においては、企業のコアとは何か、コンテキストとは何かのように腑分けをする作業が重要ではないかと思いました。
当たり前のことのようにも思えるのですが、よく考えてみると、たとえば「作業効率化がわれわれのコアコンピタンス」だという発言があったとき、その発言は間違っているように思いました。コンテキストのイノベーションであって、事業のコアではない。事業のコアとなるものは、競合と差別化するサービスであったりソリューションです。「われわれの企業は革新的にコスト削減を推進している」というイノベーションもあると思いますが、事業全体を眺めたとき、その戦略が有効になる場合とあまり効果を成さない場合も考えられます。
と、こんな風にイノベーションに対する意識を革新するような本なのですが、理論はシンプルであるものの若干読みにくさを感じました。たぶん事例が多すぎるせいかもしれません。1月4日読了
*年間本100冊プロジェクト(1/100冊)
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2007年1月10日
ロボッツ
▼Cinema07-001:アメリカらしい成功物語。でも、子供には難しいかも?
ロボッツ (特別編) (ベストヒット・セレクション) ユアン・マクレガー, クリス・ウェッジ 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2007-10-24 by G-Tools |
息子と観る映画といえば、ポケモンか戦隊ものかウルトラマンなのですが、そうじゃない映画をいっしょに観たいものだと思っていました。では何がいいだろうと考えたときに、ロボッツなんていいんじゃないの?という話題が出ていたのですが、結局のところ映画館には行かなかった。久し振りにレンタル屋に行ってみたところ、DVDになったので借りてきました。 でも、これは子供にはわからないんじゃないだろうか。実際に息子(9歳)はDSはじめちゃうし。「え、これどういうこと?」と説明を求められるシーンが多く、しかも説明しにくい。もう少し単純で笑えるほうがいい。ひねりを効かせすぎです。それともアメリカの子供たちは、これを容易に理解するのだろうか。
物語は貧しい地区に住むコッパーボトム夫妻の子供として生まれたロドニーが、発明家をめざしてロボット・シティに上京する。けれども彼が憧れていたカリスマ的な発明家ビッグウェルド博士は失脚していて、古いパーツは生産中止、アップグレードで稼ぐのだ、という悪いやつが君臨している。彼の母親が悪の親玉でジャンクロボットを溶鉱炉で溶かして、新しいアップグレード製品を作っている。そんな彼等と力を合わせて戦うというストーリーです。
ロドニーの父親は、昔はミュージシャンになりたかったけれども夢を断念して皿洗いをしている。ロボットが成長するときにはパーツを組み替えていくのだけれど、貧しいので、ロドニーはお下がりのパーツしかもらえない。だから、ロドニーの父親は息子に、発明家になりたいという夢をかなえなさい、と彼を大都会へ送り出す。このシーンは親としては泣けるのだけど、子供はといえばDSに夢中でした。おいおーい、いまいいシーンなんだけど?という感じ。
結局のところ最後まできちんと観たのは、家族のなかでぼくだけという感じです。そういえば文系の道に進んでしまいましたが、少年の頃の自分は、発明家になりたかった。あの夢はどこへ行ってしまったのでしょう(遠い目)。ロドニーの父親が音楽を披露するのですが、ひどい音楽で、けれども「いやいや、これはジャズとファンクでジャンクだ」みたいな台詞が面白かったですね。1月7日鑑賞。
■公式サイト
http://www.foxjapan.com/movies/robots/
*年間映画50本プロジェクト(1/50本)
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2007年1月 9日
Her Space Holiday + Pcp/the telescope
▼Music07-003:マーク・ビアンキ作の絵本付き、彼らしい物語と音楽。
ザ・テレスコープ
ハー・スペース・ホリデイ+PCP
曲名リスト
Amazonで詳しく見る by G-Tools
01. the telescope (theme song)
02. epic (days upon days)
03. sunday morning (where are you going?)
04. you have my heart (a new emotion)
05. golden (leaving you here with nothing)
06. atmosphere ( we drew a map together)
07. sad wireless (back to where he started)
08. candle (battered and broken)
09. save a place for me (just a feeling)
10. the telescope reading (of course)
Her Space Holidayの音楽は、なんだか遠い場所にいる友達のような感じがします。
マーク・ビアンキのひとりユニットなのですが、彼の人間性が感じられるというか、とってもあたたかい。気がつくとヘヴィ・ローテーションで聴いていたりしました。たぶんストリングスを多用したアレンジと、生楽器と打ち込みのハイブリッドなバランスがぼくの好みなのかもしれません。
ほんとうは別のアルバムを買おうとしていたのですが、ついついこちらを選んでしまいました。絵本付き、しかもマークの書いた物語ということに惹かれました。これは聴いてみたい、読んでみたいぞ、と。そして帰りの電車で絵本を読んでみようと封を切ってしまったのですが、うわ、英語だぞ(苦笑)、と。そりゃそうですね。マークが書いたわけなので。翻訳があったのでよかったのですが、これぐらいの英語にのけぞっていては情けない。英語の歌詞を読んで理解できるようにしたいものです。そうすると音楽がもっと楽しくなるような気がするので。
ちなみに絵本はこんな感じです。つや消し系の落ち着いた色彩で、大人のための絵本という感じ。表紙が結構厚めの紙になっていて、そういえば絵本の表紙ってごっつい紙が多くて、でもそれがいいんだよなあと思ったりもしました。
物語はひとりの男の子が主人公で、彼はずーっと部屋のなかでレコードを聴いたり本を読んだりしている。ある日、望遠鏡を覗くと、そこに誰かの夢や戦争や、世界のすべてがみえる。望遠鏡(テレスコープ)の向こう側にみえたことを書きとめたり曲に作ったりして彼は過ごすのだけれど、何かが足りない。そんなとき望遠鏡の向こう側に、ひとりの女の子の姿をみつけて・・・。
そんなファンタジーの世界をイメージする楽曲がインストを中心に10曲。おなじみのストリングスの音も使われていて、ブレイクビーツもあったりして楽しめます。Her Space Holidayの世界にどっぷりと浸かることができます。物語自体はそれほど趣向が凝らされたものではないのだけれど、ひとりでものを書いたり曲を作ったりしている存在が自分にオーヴァーラップするようで、じーんとするものがありました。
マーク・ビアンキの描いた物語のなかで、望遠鏡を通して世界を眺めていた男の子は、女の子と出会い、外の世界に気付く。ドアを開けてふたりで歩き出すのですが、やがて彼は彼女の手をほどいて、ひとりで行こうとする。でも、ひとりになってはじめて彼女の大切さがわかる。そしていちばん大切なものは外の世界にではなく、身近なところにあることに気付きます。不完全な自分だからこそ誰かの存在が必要なのかもしれません。そして、そんな存在と出会えることは、とてもしあわせなことです。さらに加えるならば、大切な存在だったと気付くことも。
インターネット、特にブログを通してさまざまなひとの考え方を知ることも、テレスコープで世界を眺めるようなものかもしれません。けれども、ここにもマークが描いたように、外の世界のことを教えてくれるひとがいる。望遠鏡を覗くのをやめてドアを開けて外に出てみよう、と思わせてくれる
雰囲気のあるイラストは、日本人(といってもカリフォルニアに16年間住んでいた帰国子女とのこと)イラストレーターPcp(北沢平祐)さんの作品だそうです。Her Space Holidayの音楽に視覚的な色彩を与えて、いいコラボレーションだと思います。 音楽のダウンロード販売が進展していますが、イラストレーターとのコラボレーションによる絵本付きCDなどは、新しい需要をひらくのではないでしょうか。ふつうのCDと違って若干お値段も高めなのですが、イラストがきれいだし、この絵本は持っていたい。動画にすればいいのになあと思っていたら、既にPVでCGによるアニメーションになっていました。このPVをみるだけでも、なんとなく優しい気持ちになれます。ちなみにYouTubeでみつけたのですが「Forever & A Day」のPVも絵本らしい感じ。
最近、ハードボイルドあるいは硬派でいこうと思っていたのですが、すっかり軟弱になってしまった。まあ無理せずに自然な自分でいきますか。1月6日観賞。
+++++
テーマ曲および絵本の世界を3DCGで再現したPVです。
■the telescope (promo video)
歌詞のなかで、曲の最後の以下の部分が気に入りました。
Because we're just a dream Pumping through broken hearts We're ripped at the seams and were covered in scars But we will follow that map just like we planned And we will put down that"x" wherever you and I land
そして、曲全体で繰り返される次の言葉で終わります。
We won't look back
「ぼくたちは振り向かない」。地図にはまだ印の付けていない場所がたくさんあります。けれどもその場所に辿り着くには、遠くまで行かなくてもいいのかもしれません。生活という身近な場所で描かれる冒険もあります。
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■PCPさんのブログ発見!
http://blog.goo.ne.jp/paranoidcorp/
ここにトラックバックさせていただこうとしたのですが、現在トラックバックは受け付けていません、とのこと。残念です。でも制作の裏話が読めてうれしい。ついでに、聴いている音楽が参考になります。重なるアーティストも多かったりして。Her Spase Holidayのウェブショップも、もうすぐ立ち上がるとか。
サイトも発見。
http://www.hypehopewonderland.com/top.html
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■telescopeの公式サイト。メイキング写真集やマーク・ビアンキとのチャットインタビューもあって、ファンには楽しいコンテンツです。
http://www.hypehopewonderland.com/telescopeweb.html
*年間音楽50枚プロジェクト(3/50枚)
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2007年1月 8日
Eskju Divine / Hights
▼Music07-002:壮大なスケールの叙情的な音楽を3ピースで。
HEIGHTS
エスキュウ・ディヴァイン
曲名リスト
1. Release me
2. I can see the light
3. Hold on
4. Grace
5. Let me lean on you
6. I haven't lost myself
7. Disguises
8. I am waiting
9. Strike back
10. Skargarden
11. Put your arms around me
Amazonで詳しく見る by G-Tools
2007年1発目のアルバムとしてPeter Bjorn And Johnのアルバムをレビューしましたが、こちらもスウェーデンの3ピースバンドです。けれども編成はピアノ+ベース+ドラム。この編成で想像したのはBen Folds Fiveかなと思ったのですが、なんだかものすごくスケールの大きい叙情的な音楽なのでした。2枚目のアルバムらしいのですが、試聴コーナーで聴いて購入。店内のボードには、コールドプレイ、レディオヘッドを彷彿とさせる音楽のような文句が書かれていました。1曲目の「Release Me」のボーカルは確かにトム・ヨークっぽい。レディオヘッドの名盤「The Bends」を感じさせる声でした。
音の広がりといい、やはりこれも北欧っぽいですね。と、括ってしまうのもどうかと思うのですが、遠さ、切なさ、透明さ、朴訥さなどを感じさせる音楽という気がします。ただ、3連符っぽい同じような曲が多いので、アルバム全部を通して聴くと若干飽きるかも。あと歌詞が大袈裟すぎるような気がして、なんとなく気恥ずかしさを感じてしまうのはぼくだけでしょうか。ただ、だからこそ壮大なオーケストラっぽい音が生きるのだと思うのですが。
YouTubeでこのアルバムに収録されている曲のPVをみつけました。1月5日観賞。
■Eskju Divine 'Hold on'
*年間音楽50枚プロジェクト(2/50枚)
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2007年1月 7日
Peter Bjorn And John / Writer's Block
▼Music07-001:北欧のゆるいロック、でもなんとなく硬派でもある。
ライターズ・ブロック ピーター・ビヨーン・アンド・ジョン Columbia Music Entertainment,inc.( C)(M) 2006-12-13 by G-Tools |
01. Writer's Block
02. Objects of My Affection
03. Young Folks
04. Amsterdam
05. Start To Melt
06. Up Against the Wall
07. Paris 2004
08. Let's Call it Off (Single Mix)
09. The Chills
10. Roll the Credits
11. Poor Cow
12. Ancient Curse
13. All Those Expectations (Weak Mix)
14. Let's Call it Off (Girl Talk Remix)
ゆるいロックが好きです。ふわふわな感じの脱力系の声とか、雰囲気でよしとしていないか?という力の抜けたアレンジとか。具体的にはベルセバ(ベル・アンド・セバスチャン)あたりなのですが、Tahiti80もそんな雰囲気がありますかね。古くはヴェルヴェット・アンダーグラウンドあたりでしょうか。そんな感じ。
このピーター・ビョーン・アンド・ジョンは、YouTubeの動画をみて知りました。東京の店でみつけて見送っていたのですが、年末年始の帰省の途中でなぜか唐突に欲しくなり、途中下車した知らない(知らなくもないか)街のTowerRecordsで購入。最初のうちはみつからずに店員さんに訊いたところ、「あーこれですね。試聴もできますから」と、実は目の前にあったのでした。
というのも、以前に東京の店でみたときにはイラストのジャケットが印象に残っていたのですが、実はこれは特製ジャケットでオリジナルは非常に地味なビルの絵柄です。これじゃわかりません。しかしながら口笛ソングとして人気上昇中らしく、お店でも全面的にプッシュされていた一押しアルバムのようです。 聴いた印象は、まずリバーブのかけかたなどが北欧的だなと思いました。彼等はスウェーデンの3人組なので北欧的なのも当然ですが、遠いです。遠いところで音が鳴ってる。どこか60年代のモッズ系の曲を思わせるような懐かしさもあり、だからUKでもウケているのでしょう。
そういえばスウェディッシュ・ポップってありましたね。いま思いつくのはカーディガンズなんですが、原田知世さんのアルバムをプロデュースしたトーレ・ヨハンソンなんかもそうじゃなかったでしたっけ。スウェディッシュ・ポップにはおしゃれな雰囲気が多いのですが、ピーター・ビョーン・アンド・ジョンはどこか硬派な感じがしました。 というのは、3ピース(3人編成)のバンドだからじゃないでしょうか。3ピースって音が自律するんですよね(笑)。ぼくもかつて3人編成の社会人バンドに参加していたことがあるのですが、最小限の構成なので、ミスするとものすごく目立つ。だから緊張します。さらに最小限の構成で音を厚くしようと思うと、たとえばじゃらーんというギター一発にも、一音入魂のような気合が入るわけです。ゆるいとはいえリズムはしっかりしているし、ベルセバより音が際立っている感じがするのは、3ピースだからじゃないかな、と思いました(と、彼等を知らずに書いていたのですが、YouTubeでライブ映像を発見してびっくり。詳細は下で)。
Young Forksという曲は結構面白くて、歌詞は男性と女性が交替で歌うスタイルです。演歌によくあるアレです(笑)。しかも歌っていることといえば、なんとなく哲学的なラブソングだったりする。歌詞を要約すると"若者とか老人とか世界で語られているあれこれにはぜんぜん興味がなくて、ぼくらはふたりだけでお話できればそれで充分。今晩、会うことができてほんと幸せ(ハートマーク)"という感じ(苦笑)。そのナロウな世界がたまりません。口笛もそうですが、サビは秀逸ですね。耳に残ります。で、ボーナストラックは、そのYoung Forksのリミックス、リメイクが4曲。バンドちっくな本編と比べてこちらはデジタルでテクノな感じなのですが、これがまたよいです。1月2日鑑賞。
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公式サイト(?)
http://www.v2records.co.jp/pbj/061213/
HMVのサイトでは全曲試聴できます。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2001413666
YouTubeから2本ほど。まずはPV。エンハンスドCDなので、CDにこのビデオも入っています。
■Young Folks
ライブ映像を発見。げっ。ボーカルってマラカス振ってるだけじゃん!ってことは、歌以外はベースとドラムの演奏なのか(どひゃー)。なんかドラムのひとがパッド叩いてシンセの音出しているようだし、スキンヘッドで裏声でハモって安田大サーカスですか(笑)。ベースはサビの1音目を間違えてる(泣)。なんだこりゃー。でも面白い。インディーズっぽくていい。脱力加減にまいりました。
■Young folks Peter, bjon & john
なぜ口笛かというと、弾くことのできる楽器がなかったから苦肉の策じゃないのでしょうか。なんか、若い頃バンドでそんなことやった記憶があるなあ。そのアマチュア感もすごいですね。バンド名の付け方といい、狙ってやっているのか純朴なのか、わからん。不思議なバンドです。
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■2008年2月2日追記
ベースのひとがピアノを弾いているバージョンもみつけました。ベースレスの3人編成です。うーむ。
*年間音楽50枚プロジェクト(1/50枚)
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2007年1月 4日
助走としてのゼロ。
多様化された社会、というと一般的にはグローバリゼーションなどを指すと思うのですが、ネットとリアルという意味でもぼくらの生活は多様化しています。そして何をコンテンツとするか、ということも多様です。
ブログのコンテンツとしてはこれが優れている、こう書かねばならない、というルールはなくて、書きたいことを書けばいい。けれどもブログが世のなかにこれだけ普及して定着化することにより、さまざまな試行錯誤を経て、少しずつ方向性もみえてきたような気がします。そして、ブログのほんとうの面白さはこれからかもしれない、と考えています。
解凍された過去
実はぼくは2004年の11月から、はてなでブログを書き始めていました。
もう少し補足すると、その年の6月に某SNSで日記を書き始めていて、それがぼくのブログ(日記)のはじまりでした。SNSでなんとか書くことに慣れたので、ブログに移行しました。たぶんITの感度が高いひとたちは2003年には日記を書いていたと思うので、それほど早いスタートとはいえません。はてなで書き始めた翌月ぐらいに、学生時代の知人たちと4人で書く同窓会的なブログもスタートしています。そこでTypePadの管理機能なども学びました。
はてなで書き始めた日記は仕事の備忘録的なメモで、翌年の4月まで書いて中断していました。その後、古い日記は削除して、2005年の11月にリスタートしています。削除された過去の日記はパソコンのハードディスクに氷漬けにされていたのですが、昨日、解凍し、2004年に書かれたものを再度このブログにインポートして掲載してみました*1。
いまとなっては恥ずかしい文章です。知識に間違いもありそうなのですが、きちんと書いているなあ、という気もします(笑)。ただ、当時はいまよりずっと苦労して書いていたような気がするのですが、これだけの文章量だったっけ?という印象もあります。
回答のない未来
ぼくはブログで日々さまざまな局面で考えたことを綴っていこうと思います。
考えて綴ることで、立体的な思考をめざしたい。立体的な思考とは、好き/嫌いのような二元論を超えて、もっと多様な視点から3次元的にモノゴトを考えていくことです。
もちろん日記的なこともあるし、仕事に関連することの考察だったりもする。もともとぼくはSNS=プライベート(子供のこと、趣味のこと。改行を多用した文章)、ブログ=パブリック(仕事のこと。ブロックで書く大量のテキスト中心)というスタイルを使い分けていました。しかし、そのスタイルを混在させたかたちでブログで展開できないかと考え、去年までその方法論を追求してきたつもりです。
うまくいった部分もあると思います。けれども、うまくいかない部分もたくさんありました。プライベートとパブリックが錯綜することで、ついつい感情を吐露してしまったり、書きすぎてしまうことが欠点でした。そして、うわべだけの責任のない言葉を使っていないか、言葉の暴力をふるっていないか、ということを常に考えることにしています。それはブログを通じて得た貴重な経験でもあります。今後、いちばん大切にしたいことです。
正解はありません。ブログを書くこともそうですが、生きることにも正解はないような気がします。もしあるとすれば、自分で正解をみつけることが大切であると思います。みつからないかもしれませんが、みつけようとするベクトル(信じてつづける強さでしょうか)が大事という気もします。
そして、2007年1月というゼロ地点
と、自分の過去などを簡単にまとめてみたのですが、今年も仕事×家庭×趣味をクロスオーバーさせたブログを書きたいと思っています。
また、去年は個人プロジェクトとして、年間本を100冊読み、映画を100本観るという課題をすすめてみました。結果として本は92冊(92%達成)、映画は81本(81%達成)でした。
数量じゃないと思います。また、ランキングでもない。ぼくは作品に優劣をつけたくありません。もちろんひどい作品はきちんとひどいと言いたいけれど(笑)、優劣を比較するものじゃないでしょう。というわけでぼくはレイティング(5点で評価するとか)をしていないのですが、どんなに短くてもひとつひとつの作品には感想をつけました。その定性的な評価がぼくにとっては、重要であると考えています。モチベーション管理にも通じるかもしれないのですが偏差値のような基準で人間の価値を測るのはくだらないと思うし、ロングテールの時代には、大多数がよいと言っていなくても自分がよいと思った作品が断然よいものだ、そのよさを自信をもって言うべきだと、ぼくは(あくまでも私見ですが)考えています。
そこで、今年はどうしようか、と思ったのですが、ぼくはそもそもDTMを趣味としていて、音楽が好きじゃないか、ということを思い出しました(今頃、思い出してどうする)。そこで今年は、音楽も加えてみようか、と。つまり、
*年間本100冊+映画50本+音楽50枚
でいこうと思います。いま、購入(中古含む)とレンタルなどをどのように配分しようか悩み中。楽しむのはいいんだけど、お金もかかるのが困りものです。音楽に関していえば、新譜も聴いていきたいのですが、ロックの名盤といわれているものをぼくはまだずいぶん聴いていないような気がする(ものすごく偏って聴いてきたので)。そんな基本をフォローしてみたいとも思っています。
去年達成できていない部分を、今年になって100冊達成!までつづけるということも考えたのですが、去年はもう終わっちゃったし、まあいっか、と。そんなわけで今年は今年であらためて始めることにします。さらに、やっぱりカテゴリー化されていないと後々に面倒なので、はてな記法も学んでもう少しブログの書き方も勉強します(苦笑)。
趣味のDTMでは、今年は生楽器×打ち込みというスタイルを研究するつもりです。昨年は1ヶ月に1作品、などと考えたりもしたのですが、焦って公開しないでのんびり癒し系の曲、ちょっと実験的な曲などなどを創りたいです。
本来であればこういう方向性は頭のなかにしまっておいて、実際に書け、行動しろ、ということが重要だと思うのですが、年初でもあり(といっても、あまり年初に気合の入っている感じって好きじゃないんですけど。もともと脱力系なので)、ちょっとまとめてみました。
*1:インポート中に修正を加えたら2重にインポートされてまいりました。それからコメントもいただいていたのですが、インポートできなかった(泣)。せっかくコメントいただいた方々には申し訳ないです。でもローカルにはきちんと残っていて、あらためて読み直して考えるところが多くありました。
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2007年1月 1日
夢をみましょう。
いま1月2日(というか3日?)の深夜、1:05なんですが
元旦の日記を書いています。
さすがに少年の頃のように夏休み30日分の日記を
1日で書くようなことはしなくなりましたが
(あれは辛かった 泣)
過去の日記を書くのもいいものです。
でも、記憶力の悪いぼくには、7日が限度です。
ところで、年末の30日に未来の日記を書いたかと思うと、
新年早々に過去の日記を書いているぼくって一体(苦笑)。
なんてアマノジャクなやつなんだ。>自分B(分身)
アマノジャクにもほどがある。
(分身の自分B)・・・すみません。>自分
けれども今年は共時的に、いろいろなことを考えてみたいと思います
時間軸に沿った線的な思考ではなく、
複数の自分を同時進行的に動かす感じでしょうか。
その自分(たち)が予測もつかない化学反応を起こしてくれるとうれしい。
とはいっても、いままでもそうだったのですが。。。
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ところで、初夢っていつみる夢のことでしたっけ?
今日の夜のような気もしてWikiぺディアで初夢を確認してみると
1月1日から1月2日、または1月2日から1月3日にかけての夜に見る夢を初夢とする。
だそうです。
実は、ぼくは早速、3本立てのオムニバス初夢をみてしまい、
Part1・2ともにカラーでした。
しかもPart3は、音声付きだったりしたので
こりゃー豪華だと思ったのですが、内容は・・・
うーむ(言えない)
という感じです。
監督および脚本家は誰だ?>自分C(無意識)
(無意識の自分C)・・・すみません。>自分
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はたして、夢は今年を占うのかどうか。
みなさん今日は枕の下に縁起のいいモノを入れるなど
コンディションを整えて就寝に臨んでいることでしょうか。
よい夢がみられますように。
でも、目覚めている現実で
よい夢をみることができるのがいちばんです。
(もちろん悪夢ではなくて素晴らしい夢を)
そんな一年間であると、いいですね。
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今年もよろしくお願いいたします。
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