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2005年11月 8日

生の対極にあるのではなく。

本田美奈子(実はいま知ったのですが、本田美奈子.と、名前の最後にピリオドをつけるのが正式なんですね。asahi.comの記事では「歌手本田美奈子.(ほんだみなこどっと)さん」と書かれている。姓名判断から付けられたそうです)さんが亡くなった。11月6日、急性骨髄性白血病。まだ38歳だったとのこと。若すぎる死だと思います。残念です。

ぼくがそれを知ったのは、コンビニの店頭で売られているスポーツ新聞の見出しだったのだけれど、一瞬、え?と立ち止まった。名前は知っていて、きれいなひとだな、とは思っていたのだけれど、それほど好きなアイドルというわけではなかったし、歌だってあまり覚えがない(すみません)。そんなぼくがこんなことを書くのは失礼な気がするけれど、やはり驚きがあったし、そのことでショックを感じていたひとも周囲には多かったようです。

ひとの死、という意味では、どのひとのいのちの重みもみんな同じものです。幼くして事故でなくなってしまった子供も、かっとなった息子に刺し殺されてしまった母親も、100年という長寿をまっとうしたお年よりも。厚生労働省の人口動態調査によると、2004年には1,110,721人のひとが日本で生まれて、1,028,602人の人が亡くなっている。平均して31秒にひとりが日本のどこかで亡くなっているようです。そのひとりひとりの命が大切なものですよね。

しかしながら、そのすべての死を同等に受け取って悲しむことはできません。そんなことをしていたらぼくは壊れてしまう。それでも、日本のどこかでいまも亡くなっていくひとがいる、ということを、あらためて認識しました。本田美奈子さんが、そのことを気づかせてくれたわけです。

「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ。」と書いたのは村上春樹さんの「ノルウェイの森 上」だったかと思うのだけれど、平凡な毎日の生活のなかで、死のことについてはっと気づかされるときがあります。永遠に続くものはない。あるとすれば記憶のなかで生きつづけること、ぐらいでしょうか。

4062035154ノルウェイの森〈上〉
村上 春樹
講談社 1987-09

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4062035162ノルウェイの森〈下〉
村上 春樹
講談社 1987-09

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断片的にいろんなテーマにフラッシュバックするのですが、パトリス・ルコントに「橋の上の娘」という映画がありました。ある方の日記でこの映画のことを思い出して「ナイフ投げの男と的になる女性の話ですよね」と書いたら「自殺する女性とそれを救う男性の話」という風に訂正していただいた。ぼくとしてはすっかり意識が抜け落ちていたのだけれど、この作品もやはり死が重要なテーマだった気がします。ナイフ投げの男の指先がちょっとでも狂えば、彼女は死ぬことになる。でも、そもそも自殺しようと思って、生きることを投げていた女性です。だからこそ、的として冷静でもいられる。死を覚悟しているから。

B0002L4COW橋の上の娘
ヴァネッサ・パラディ, ダニエル・オートゥイユ, パトリス・ルコント
ショウゲート 2004-09-10

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秋から冬へ季節が変わりつつあり、休日は雨模様だったけれど昨日は青空が広がりました。今日もいい天気です。少しづつ寒さも感じられるのですが、そんな冬へと張り詰めていく空気のなかで、少しだけ死について考えてみました。

そういえば、今月は父の命日の月だということを思い出しました。父が亡くなったとき、ぼくはあらためて父の大きさを知った。そして、ぼくがこれからどうするべきか、を深く考えたものです。

本田美奈子さんのご冥福をお祈りいたします。

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本田美奈子さんはAVE MARIAというアルバムでクラシックにも挑戦していたんですね。聴いてみたい。元気な写真を見ていると、ほんとうに亡くなられたことが信じられません。

投稿者 birdwing : 2005年11月 8日 00:00

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