07.workstyleカテゴリーに投稿されたすべての記事です。

1 2 3 4 5 6 7 8

2013年7月27日

a001482

10歳に学ぶ仕事論。

子供たちは夏休みに入りました。ラグビー部のマネージャーをやっている長男は2週間の長い部活の合宿に出かけていきました。次男はおととい熱を出してしまったのだけれど復活。大好きな絵ばかり描いています。

「夏休み」は素敵な言葉ですね。ノスタルジックな響きがあり、ぱあっと青空が広がるようにさわやか。ぼくには夏休みというものがないのだけれど、気分だけでも夏休みを取っています。

さて、こちらのブログは3ヵ月ぶりの更新となります。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

3ヵ月の間、生きることにせいいっぱいで、ブログを書いているどころではありませんでした。そんなわけで更新が滞っていたのだけれど、いまやっと仕事が一段落して、ふたたびブログに向かっています。

昨日やり終えた仕事は、10万5,000文字の原稿執筆です。

正確に言うと110,899文字書き上げました。7月3日にお仕事をいただいてから、わずか20日間でそれだけの量を書き上げたことになります。内容はビジネス書籍です。守秘義務があるので詳細は語れないのですが、自分の経験、人生論、マーケティング知識、ビジネス知識、読んだ本、新たにウェブで探した情報など、あらゆるものを動員して原稿を書きました。ふー。いま、スポーツをやり終えたときのような充実感があります。

フロー状態(Wikipedia: フロー)というのでしょうか、これは心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱された言葉のようだけれど、集中して時間を忘れるような状態にありました。「自分は永遠に書ける」という確信があったし「永遠に書き続けていたい」ともおもった。

モーツァルトは大量の曲を作曲しましたが、こういう状態にあったのではないでしょうか。あるいは「情報のエコシステム(生態系)」という言葉を思い付いたのですが、情報のインプットと文章を書くアウトプットを「呼吸」をするようにリズミカルに繰り返していくと、いくらでも文章は書けるのだな、と感じました。

そんな状態にありながら、書かずに放置していたエントリのテーマを思い出しました。それが「10歳に学ぶ仕事論」です。

10歳というのは、うちの小学校5年生の息子のことなのですが、彼が4年生のときに書いた作文を読んで感心したことがありました。おとーさんの親ばかという気もしないではないのですが、そのことを書いてみますね。

作文は『夢に向かって』というテーマでクラスの全員が書いたもので、文集として配布されました。サブタイトルに「なりきり作文」とあり、「○○になったぼく/わたし」という大人になった自分を想像した作文なのです。

DSCF7349.JPG


目次には「パティシエ」「医者」「ゲーム開発者」「地図せい作者」など、各自が想像した未来の自分の職業が並んでいます。「ジャニーズ」というのはママの希望もあるんですかね。「幸せな家庭」というのもある。女の子かとおもったら、男の子が書いている(素敵だ)。

うちの次男の夢は「イラストレーター」でした。全文を引用してみます。

イラストレーターになったぼく

 今、ぼくは、二十二歳です。夢だったイラストレーターになれました。
 すごく大人気で、多くのマンガや、アニメを作っています。自分が作ったイラストを使ってくれたので、すごくうれしいです。
 ぼくは、イラストレーターなので、イラストを作るのにすごく一生けん命です。十三年前、イラストレーターになりたかった理由は、絵を作って、さまざまな自分の絵を使ってほしかったからです。
 広告のイラストや、本のカバーを作ったりすごくいそがしいです。
 いつも、午前十時に、家を出ています。仕事をすると、つかれて家に帰ってくると毎日すぐねむくなってしまいます。
 そして、ある日、また仕事がやってきました。
 ぼくは、最近イラストの仕事が多くなってきたので前の倍つかれます。ゲーム開発者の喜信君といっしょに、仕事をすることもあります。今日の仕事は終わりましたが、喜信君にイラストをたのまれたので、また一つ、仕事が増えました。その仕事も終わりました。
 二月になったある日、いつものようにイラストをかいていると、ゲームしゅっぱん社が来たので、
「なにか用ですか?」
と聞くと、
「あなたの作品を使わせてください。」
と言われました。その時、すごく嬉しかったです。
 そしてさっそく、仕事をしました。その仕事は新しいキャラクターの開発なので、すごく大変です。ぼくは、ぶたのキャラクターを考えました。その仕事も終わったので、あとはもうやることはありません。でも、さっそくまた次の仕事が来ました。その仕事も引き受けたので、また一つ、仕事がふえてしまいました。
 ぼくは、この仕事でよかったなと思いました。なぜかというと、こんなに仕事があるけれど、大好きな絵がたくさんかけるからです。これからも、みんなにおもしろいと言ってもらえるイラストをかいていきたいです。


テキストに起こしながら、おもわず微笑んでしまいました。いいなあ、きみ。作文用紙の最後の余白にはイラストが描かれています。以前にブログでも紹介した、ぶたのキャラクターです。せっかくなので、作文全体を写真に撮って掲載しておきます。

DSCF7352.JPG

DSCF7353.JPG

DSCF7354.JPG

つっこみどころ満載な彼の作文ですが、仕事の先輩であるおとーさんとしては、あらためて学ぶところも多くありました。なので、つっこみつつ、彼の作文から学ぶべき3つのポイントを解説してみます。


■POINT-01:プロとしての覚悟と自己実現

まずは次の部分です。

ぼくは、イラストレーターなので、イラストを作るのにすごく一生けん命です。

京セラおよびKDDI(旧・第二電電)の創業者である稲盛和夫氏は、そのいくつかの著書で、まず目の前にある仕事に集中しなさいと語られています。しかも中途半端な集中ではなく、寝ても覚めても仕事のことを考え抜くような集中です。「愚直に、地道に、真面目に、誠実に」働け、という言葉が著書『働き方』にありました。

4837923100働き方―「なぜ働くのか」「いかに働くのか」
稲盛和夫
三笠書房 2009-04-02

by G-Tools

プロフェッショナルであるためには、まず自分の仕事を「好き」でなければいけません。なぜなら嫌々やっている仕事はどうしても手を抜きたがるものであり、集中できません。また、その仕事のプロである「覚悟」が必要です。覚悟がなければ逃げができるからです。「ぼくは、イラストレーターなので」と次男は覚悟していますが、だからこそ辛い仕事もやり遂げられる。その覚悟を評価したい。

そして「すごく大人気」な喜ばれるコンテンツを提供することによって「すごくうれしい」と感じているところがいい。つまりお客様の喜びを軸として、自分の喜びにつなげている。心理学者のマズローは「自己実現理論」として欲求5段階説を提示していますが(もう一段階上もあるようですが)、その段階でいうならば4段階目の「承認(尊重)の欲求」を満たしているといえるでしょうか。彼の手掛けている仕事はイラストというクリエイティブなものなので「自己実現の欲求」にも到達しているともいえます。

とはいえ。

ぼくは、最近イラストの仕事が多くなってきたので前の倍つかれます。

疲れすぎだよ(苦笑)。ちょっとは休んでください。


■POINT-02:仕事のバリエーションとパートナーシップ

イラストの仕事を単なるマンガ家のようなイメージで捉えるのではなく、商業的な「広告のイラスト」、出版社向けの「本のカバー」つまり装丁デザイン、ゲーム業界に向けた「キャラクターの開発」のように、イラストをドメイン(主要な領域)として定めるとともに、仕事のバリエーションを拡げていることには感心しました。というかキャラクターの「開発」って、業界用語ではないでしょうか。ふつうは使わないよね。よく知ってるなあ。

さらに大切なことは、ゲーム開発者になった「喜信君」との協働ですね。仕事はひとりでするものではありません。他の人の力を借りることによって、相乗効果(シナジー)を生み、もっと大きな仕事ができます。イラストレーターの次男はプログラマーである喜信君と組むことで、ゲームという商品化ができる。自分の強みと他者の強みを踏まえた上でコラボすることは大事なことです。パートナーシップといえるでしょうか。お客様はもちろん、取引先や提携先、外部協力会社さんとの協調関係は大切にしたいものです。


■POINT-03:営業しない営業が究極の営業

都合よすぎるだろーとおもいながらも、ちょっと羨ましかったのは、イラストレーターの次男には次から次へと仕事がやってくること。けれども実績があるからこそ仕事が舞い込んでくるわけで、「仕事が仕事を呼ぶ」状態なのだとおもいます。

究極の営業は「営業しなくてもお客様の方から声をかけてくれる」ことです。もちろん、そんな都合のいいことなんてないよ、地味な電話かけの新規開拓なくして仕事はないね、という考え方もあります。しかしながら、著名なコンサルタントは待っていても次々に仕事が来るといいます。というのは、著作や講演などで興味を持ったお客様が自発的に声をかけてくるからです。要するに優れた「コンテンツ」が仕事を呼ぶわけです。

デジタルマーケティングの世界では、コンテンツ・マーケティングとかインバンド・マーケティングが注目されていますが、小難しい理論や輸入しただけのクラウドによるシステムがどうかという些末なことは置いておくと、その要諦は「営業しない営業」だと考えます。つまりアウトバウンドによる営業活動をしなくても、お客様の方から関心を持って検索してコンテンツに集客できる。

次男の夢は、いま企業の宣伝部門や広告業界のマーケターが必死でやろうとしているプロモーションのポイントを突いていると感じました。

しかしながら、新商品の究極のプロモーションは「商品力(Product)」ではないかと考えます。「戦略PR」などということもいわれますが、商品自体が魅力的で斬新であれば、放っておいてもメディアは取り上げてくれるだろうし、口コミも広がります。

エドモンド・ジェローム・マッカーシーが提唱した古典的な4Pでいうと、流通のチャネルの開拓(Place)、気の効いた宣伝販促活動(Promotion)、安売りなどの価格(Price)の戦略に注力しなくても、商品が優れていたらあっという間に売れますよね。当たり前といえば当たり前なのですが、くだらないソーシャルメディアのプロモーションやマーケティングデータを分析する機能ばかり肥大したシステムにお金を捨てるぐらいであれば、メーカーは商品開発にリソースを投下したほうがいいんじゃないのかな、とおもいます。

・・・

次男の作文からいろいろ考えたことを書いてみました。親ばかなおとーさんとしては、彼が描いた未来にちょっと期待しています。でも、実現できなくてもいいんですよね。実現しなくてもきみの人生はまったく損なわれるものではないし、自分の未来を生きればいい。

未来を描くこと、構想すること自体が大事なことなのです。描いた未来は、どんな形であったとしても実現するものであり、そうやって人類は新しいテクノロジーを生み出したり、世の中をよりよい方向へ変えてきたりしました。

まず想像すること。
「想像」することが「創造」を生みます。
どんな自分になりたいか、どんな仕事をしたいか。そしてその仕事によってどんな社会を創っていきたいのか。まずは想像してみることです。脳裏に鮮やかにイメージできるぐらいに。

ジョン・レノンも言っています。
「想像してみなよ(Imagine)」と。

投稿者: birdwing 日時: 08:46 | | トラックバック (0)

2013年3月24日

a001427

会社を「作る」 7つの基本。

創造的なことが好きです。クリエイティブでありたいとおもっています。クリエイティブであることは、アーティストや小説家、デザイナーなどの職業に就いたひとだけにもたらされる恩恵や特権だとぼくはおもいません。どのような職業に携わっていても、どのような人間であっても、ぼくらは毎日の生活を創造的に変えることができると信じています。

ブログのタイトルに「Lifestyle Innovation」と掲げていますが、日々の生活を革新的なスタイルに変えることがこのブログの目的でした。そして創造的な生活を標榜して、ぼくはいろいろなものを 「作って」 きました。

ブログを書き続けること自体が創作ですが、掌編小説を書いたこともあった。「日記のように音楽を作る」をコンセプトとして趣味のDTMでオリジナルの曲を制作してブログで公開したこともありました。そして今年の2月に考えました。今度は会社を作ってみようかな、と

小説を書くように人生を生きることができるとすれば、その人生はとてもしあわせではないでしょうか。映画や小説は所詮作られたもので現実は別、現実は映画や小説のようにうまい展開なんてあり得ないよ、と考えることもできますが、人生という物語のなかでは自分が作家であり、自分の脚本で動くことのできる唯一の主役なのです。

したがって誰かから与えられた人生を生きるのではなく、みずからの裁量で創造的かつ自由に自分の「人生というシナリオ」を紡いで生きることは夢ではないはず。けれども残念なことに、自分の人生が創造的なものであることをみずから放棄しているひとたちも多いものです。

先日、母校である成城大学の映画研究部のイベント「第一回成城シアター」に参加しました。

学生たちの映画作品を5本上映するイベントだったのだけれど、就活が学生たちに暗い影を落としていることを1作目に上映された「ごみ置き場漂流記」という作品を鑑賞して感じました。

P1000489.jpgのサムネール画像「ごみ置き場漂流記」は、就活の面接で叩きのめされた学生が、ゴミ置き場に閉じ込められてしまうという内容でした。面接試験でゴミのような存在として扱われる主人公が悶々とした生活を送っていると、ある日、大学のゴミ置き場に閉じ込められてしまう。ゴミのなかから拾ったトランシーバーを使って、病気のために外出できない少女と交流するという象徴的な映像で、観ているぼく自身にも閉塞感が伝わってきました。

確かに就活できない学生たちは「外に出られずに閉じ込められている」と感じることが多いでしょう。しかしながら、外に出られないという閉塞感は、実は自分の思い込みが生み出した錯覚に過ぎないこともあります。扉を押せば、実は重く閉ざされていた扉は簡単に開くかもしれない。

そうはいっても、やはり扉を押して外にでることは怖いし、ぼくらはうまい扉の押し方を知らない。だから外に出る前に躊躇ってしまう。あるいは諦めてしまうのではないでしょうか。

   * * *

ぼくのことをお話ししましょう。

2011年の10月。ぼくは15年間勤めてきた会社を解雇されました。うつ病のせいで、ふつうの会社員のように毎朝定時に出勤して仕事をすることができなくなってしまったからです。

辛かった。うつ病は、罹患してみないとその辛さがわからない病気だとおもいます。そして、中途半端に患っている間はまだましなほうで、どすんと落ちて、そのあとにもう一度どすんと落ちるような段階がある。

そのときにどうなるかというと、日々起き上がることができずに、ぽろぽろ泣いているだけの自分になってしまう。死ねばどれだけ楽になるかとおもうのに、死ぬことすらできない。ただ毎日を生きながらえている。永遠の長い暗闇のような生活に落ちる。

いま振り返ると1日16錠もさまざまな薬を飲んでいたせいだったかもしれないのですが、ぼくは酷い過眠に悩まされていました。とにかく起きられない。1日の3分の2を眠っているなどという日はざらで、ほとんど自室に寝たきりで動けない。置物のようになっている。

とはいえ、動けないということは許されませんでした。ぼくには家族があり、失業手当と退職金をもらっていましたが、日々の生活のなかで食いつぶしてしまうばかりで、収入を得る必要がありました。そこで月に1~2回は布団から身体をひっぺがしてハローワークに行き、求職活動をしていました。

ところが学生たちの就活の厳しさとは別の意味で、ぼくの転職もまた厳しいものだったのです。かなり年をくっているせいもあるかもしれませんが、応募した会社は書類選考の段階でことごとく落ちた。数えてみたところ24社落ちていたのですが、ぼくにとっては50社ぐらいに落とされた感覚です。そうして8月にやっと契約社員の口をいただくことができたのですが、その会社にもうつ病で行けなくなってしまって、2012年の12月に退職しました。

自分は社会に求められていない人間かもしれない。やっと得た契約社員の仕事すらうつ病で失い、メールや郵送で不採用の書類をいただくたびに、ぼくはそうおもいました。もう社会に復帰できないのではないだろうか。不安がこころをよぎります。部屋に閉じ込められたまま朽ちていくのかな、もうどこへも行けなくなってしまったのかな。途方もない絶望感がぼくにはありました。

しかし、その絶望のなかでぼくは考えました。雇ってくれる会社がなければ、自分で会社を作ってしまえばいいじゃん、と。

何もないということは裏返して考えれば無限に可能性があるということで、しかし外の世界に救いを求めてばかりでは何もはじまらない。いまここに存在するぼくのなかに未来を拓く扉がある。

そうしてぼくは急遽自分の人生を「作り」はじめました。覚悟を決めて会社を作ることを真剣に考え、猛烈に起業についての勉強をした。それが2月19日のことであり、ぼくがまず何をしたかというと社名を決めました。英文表記まで考えました。そして長年趣味で培ったブログ構築のノウハウを駆使して、一晩で会社(となるはず)のWebサイトを立ち上げました。

とにかく時間はあった。無職なので。そして身体がおもうように動かない反面、ものすごい深いところまで思考することができた。まずぼくがやったことは知人に対しての宣言です。起業を考えている、ということをメールしました。そのときには自作のWebサイトのほかには何もありませんでしたが、行動を起こして、ついに今月3月21日に法人登記を完了し、自分の会社を設立しました。

「株式会社ソーセキ・トゥエンティワン」。
それがぼくの会社です。

オフィスは自宅、社員はいまのところぼくだけです。

http://soseki21.com/

130324_soseki21.jpg

P1000488.jpg P1000473.JPG

あ、ひとり社員の候補がいます。イラストレーター・ジェイといって、キャラクター開発専門のスペシャリストです。といっても彼が働くことができるのは、10年後ぐらい先でしょうか。要するにぼくの次男、小学校4年生で10歳の息子なのですが(笑)

「パパは会社を作ることになりました」と家族に話したとき、いちばん興味深そうにしていたのが次男でした。「きみはぼくの会社で仕事したい?」とたずねると「うん」というので、何がやりたいか訊くと「イラストレーター」とのこと。そこで彼を社員に任命し、画用紙で名刺を作ってあげました。

ちなみにイラストレーター・ジェイが描いたイラストはこれです。

P1000490.jpg


ぶたちょ、という名前だそうです。

   * * *

就活できないなら起業しちゃえば、とか、会社にとらわれずにノマドで仕事しよう、とか、ネット界隈では前向きなのか無責任なのかわからない発言が注目されています。

起業したぼくがいうのもどうかとおもいますが、可能であれば、若いひとたちは一度きちんとした会社に就職したほうがいい。大手企業ならではの教育を受けて、いろいろなことを学んでほしい。それから起業しても遅くはないとおもいます。人生、焦ってもいいことがないとおもう。

行き場を失って、追い詰められてぼくは起業しました。だからこそ短期間で法人登記を済ませて、とにかく必死だった。その必死さをぼくは他人に求めたりしないし、やっぱ起業でしょ、ベンチャー万歳と煽るつもりもありません。ぼくはこういう生き方しかできなかっただけであり、ちっとも起業が凄いとはおもっていないのです。だいたいこれから食っていけるのかどうか、家族を養っていけるのかどうかさえ見通しが立っていません。

とはいえ、起業を考えている方のために、ちょっとした処方箋というかレシピを残しておきたいとおもいます。1ヶ月のあいだ起業に没頭したぼくが学んだことのエッセンスを7項目にまとめました。起業したいひとは参考にしてください。


■会社を「作る」7つの基本。


基本の1:
屋号で個人事業主にするか、商号で株式会社にするか。未来に向けた構想が会社の形態を決める。

起業といっても、いちばん簡単にできるのは個人事業主として屋号を名乗る起業です。勝手に職種なり肩書きを名乗ってしまえばそれが起業になる。多くのライターやデザイナー、士業の方は「○○事務所」などと屋号だけを付けて仕事をしています。能力や資格を起点として生活費を稼ぐために起業するのであれば、それで十分です。

しかし、ぼくが考えたのは、屋号で商売する個人事業主として起業した場合、特定の枠組みに仕事が制限されてしまい、事業を大きく展開していくことができないのではないか、ということでした。株式会社という形態をとれば対外的に社会的信頼が得られるため、自分の能力を超えたプロジェクトを仕掛けることができるメリットがあります。要するに志の大きさではないでしょうか。将来的に拡張したいビジネスをめざすなら、株式会社として起業するほうが、やりがいがでかいとおもいます。責任も多いし、やらなきゃならないことも個人事業主と比べるとたくさん増えますが。

基本の2;
会社の顔だから社名には拘りたい。ネット系で起業するならドメイン取得は必須。

名は体を表すといいます。企業名はビジネスをする上で常に使うものであり、企業として対面的には顔となりますから、きちんと考えた方がいい。企業名をおもいついたとき、ぼくは何度も口頭で繰り返してみました。「はじめまして。ソーセキ・トゥエンティワンの外岡と申します」というように。

一般に企業名は短く覚えやすいほうがいいといわれますが、ぼくはすこしばかり長くても(ちょっと変でも)創業者が気に入っているものでよいとおもいます。企業名の発案と同時にロゴのデザインも手がけましたが、最終的には専門のデザイナーさんにブラッシュアップをお願いしました。といっても出世払いということで無償でやっていただきました。ありがたいことです。

企業名の考案と平行して動いたのはドメイン取得でした。ドメインとは、なんとか.comのように記載されるネットのアドレスで、ネットで商売するなら企業名とシンクロしているほうがいい。ぼくの考えている事業は、電子書籍をはじめとするデジタルコンテンツ全般に関する企画・制作・販売だったので、ドメイン取得は必須と考えられました。実際にドメイン取得のために使わせていただいたサービスは、家入一真さんがはじめたムームードメインです。ドメインにもよりますが、1000円以下の年間契約で希望するドメインを取得できます。支払いにはカード決済はもちろんコンビニ決済もOK。オススメです。

基本の3:
オフィスや従業員は後からでいい。起業は、ひとりでマイクロ規模ではじめる。

起業はちいさくはじめて大きく育てることができればいいんじゃないかな、と考えます。採算性が確実ではない事業に対して、最初から固定費となるオフィスや従業員のことを考えていると、フットワークが鈍くなります。最悪の場合は、オフィスも決まってないし従業員もいないし起業は無理だ、と諦めてしまう。

会社登記時に本店の所在地は重要になり、また取締役を何人置くかによって定款という書類の記述も変わる。取締役による代表者の選出や委任状なども必要になるので、設立場所と社員の問題は大事ではあるのですが、ぼくは自宅を創業時の本店所在地として定め、従業員はゼロ、取締役ひとりの会社としてはじめました。

優先順位を考えれば、どんな事業を展開するか、という構想が大事だとおもうのです。事業領域や事業計画をすっとばして、オフィスや従業員の整備に注力するのは経営の方向性から考えると何か間違えている気がします。もちろん起業にはいろいろなパターンや規模があり、場所や従業員にこだわらなければならない起業もあるでしょう。しかし、最初はスモールスタートでよいのでは。

ちなみにぼくは3~5年後には本社所在地を移転し、従業員を雇用できるような会社を考えています。軌道に乗れば、の話ですけれども。

基本の4:
1円起業でも株式会社登記のために30万円はかかる。お金は必要。

かつて株式会社を設立するためには、最低でも1000万円の資本金が必要でした。しかし会社法の改正により、現在では資本金が1円でも起業できます。それなら簡単だとおもうかもしれませんが、実際に株式会社を登記するだけでも、印鑑の作成(会社の実印(丸印)ひとつ、銀行印(丸印)ひとつ、角印ひとつの計3本)でおよそ2万円、公証役場における定款の認証に約5万円、認証の印紙に4万円、法務局に届けるときの登録免許税の収入印紙代として15万円、司法書士のような方にお願いするのであればその費用がかかり、合計で30万円ほどかかると考えていたほうがいいとおもいます。

ぼくはお金がなかったので、公証役場における定款の認証は電子認証を選びました。しかも電子認証を代行してくれる会社を探して、9,800円でやってもらった。電子認証の場合、印紙代の4万円が不要になります。さらに法務局へ行って登記も自分でやったので、司法書士さんにお願いする費用を節約できました。とはいえ、それなりに失敗もあり苦労もしたのですが。

ちなみに資本金は会社の信用度をはかる目安でもあり、300万円ほど用意したほうがいいと書かれている本もありました。また設立登記のための費用が30万円ほどかかるということを書きましたが、もっと大切なことは、設備資金や運転資金を考えることです。会社を設立してから数ヶ月は収入ゼロのこともあるわけで、そのための貯蓄や支援を考えておくことは大切です。

ぼくの場合、日本政策金融公庫というところに創業時の融資を相談しましたが、借入金の3分の1は自己資本として持っておく必要があるなどを条件として出されて、設立前の融資は断念しました。日本政策金融公庫では面談などがあり、借り入れができるまで1ヶ月ほどかかります。無借金経営が健全だといいますが、ぼくは必要な資金は融資を受けてでも確保すべきだと考えています。ただ、融資に関する知識や計画は必要ですね。

基本の5:
定款や申請書類は怖くない。定款はテンプレートを使って書き、その意義を考えることが大事。

会社を登記するためには「定款」という書類が必要です。定款は会社の憲法と言われることもありますが、基本的には商号や代表者(取締役)、本店所在地、株式発行数、事業概要などを定めるものです。

うーん苦手だ、面倒だから行政書士さんにお願いしたいと考えてしまいますが、そんなに恐れることはない。ぼくはお金のない状態で起業を考えたので自分でやらざるを得なかったけれども、ネットを探せば定款のひな形(テンプレート)をいくつもみつけることができます。大事なことは、その書類で何を定めようとしているか、ということを見極めることではないかと考えます。

事前準備としてインターネットで複数の場所から定款のテンプレートをダウンロードし、定款を研究することは大事かもしれません。また、定型的ではなくて、独自色を出してもかまわない。参考図書で、経営理念を定款に入れると創業者の理念が残る、というアイディアを読んで、実際に実行しました。定款の第三条でぼくは経営理念を次のように記載しました。

当会社の経営理念は、"創造業"という新たな事業領域を標榜し、デジタルコンテンツにより21世紀の新たな日本の文化を切り拓くことを使命とする。インターネット社会における物心、ならびに現実とバーチャルな世界の両方の幸福を追求するとともに、人々の革新的なライフスタイルを実現し、人間、社会の進歩発展に貢献する。
書類を揃えて法務局に書類を提出したのですが、不備があるとして提出を求められ、ぼくは家に帰って書類を追加の書類を作りました。何が足りなかったかというと、代表取締役の選任に関する書類でした。ぼくひとりしかいないのでいいじゃんとおもったけれど、取締役会を開いてぼくが代表に選任され承諾しましたという実印を押した書類が必要とのこと。ちょっと笑った。何人かの自分の分身が、ぼくの部屋で会議を開いているところを想像したからです。お役所の文書はどこか滑稽なところがあります。けれどもそれがお役所の仕事であり、滑稽を笑うよりも出すべきものはきちんと提出すべきです。

基本の6:
ネットには、あらゆる知識が掲載されている。あらゆるサービスが存在する。

法人登記という未踏の分野に対するチャレンジは不安も多かったのですが、あらためてネット環境のすばらしさを実感しました。ネットを調べると何でもわかる。ちょっと面倒なところはネットを介して助けてくれる会社がたくさんある。あっという間になんとかなるものなのです。参考までにぼくが活用したサイトを掲載します。

トラスティルグループ 会社設立・サポートセンター
http://e-kaisya.org/

会社設立全般のアウトソーシングもお願いできるようですが、ぼくは定款のテンプレートを使わせていただき、電子認証の部分だけをお願いしました。非常に丁寧かつ誠実な対応をいただき、わざわざ確認の電話までいただきました。

ハンコヤドットコム
http://www.hankoya.com/

印鑑をセットで注文しました。完成前にデザインの校正をメールで行うことができるので安心です。しかも早い。

電脳名刺サービス
http://card.denno-saurus.com/index.php

ブラウザ上で名刺のデザインができ、ロゴなどの画像を貼り込めます。また、紙の見本を依頼すると無料で郵送してくれるところも便利です。

基本の7:
参考図書も大事。本で読んでネットで補足する。本は図書館で借りるだけでなく購入すること。

インターネットで調べることも大事ですが、図書館に行ってみたところ、会社設立に関する本もたくさんありました。そのなかでもとても参考になり、貸し出し期間以降も参考にしたいと考えて購入したのは『5人の女神があなたを救う!ゼロから会社を作る方法』でした。

5人の女神があなたを救う! ゼロから会社をつくる方法
5人の女神があなたを救う! ゼロから会社をつくる方法平林 亮子 前澤 三恵 藤田 真弓 石井 清香 六波羅 久代

税務経理協会 2008-11-21
売り上げランキング : 396449


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

いやー女神さんたちには救われました。基本的な法人登記の流れについては、この本で勉強して、ネットの情報で補足しました。

その後、購入した『会社の設立・資金繰り・申告・節税、ぜんぶこれ1冊でわかります』もとても参考になる本です。

4860635132会社の設立・資金繰り・申告・節税、ぜんぶこれ1冊でわかります
広瀬 元義
あさ出版 2012-02-17

by G-Tools

こちらの本は設立時というよりも、これから資金繰りなど会社を運営するにあたってお世話になりそうです。

   * * *

ものすごい長文エントリを書いてしまいましたが、語りたいことはまだまだあります。ぼくの会社、ソーセキ・トゥエンティワンの出版レーベル「創世記21」から電子書籍を出したいぐらいです。

ここに書いたすべては、ぼくが法人登記をした1ヶ月間に体験したことであり、ぼくの体験に基づいた1次情報です。かなりレアなケースもあるかもしれませんが、株式会社を設立したい、起業したいというひとは参考にしていただければとおもい、ネットの片隅にそっと置いておくことにします。

投稿者: birdwing 日時: 15:25 | | トラックバック (0)

2009年3月25日

a001085

デザイナーの葛藤と憂鬱。

CNET Japanの「グーグルのビジュアルデザイン責任者が退職--データ中心主義に嫌気」という記事を、わかるなあと思いつつ、やや苦い気持ちを抱きながら読みました。

先日IE8の正式版もリリース。ブラウザ開発では一時期、各社が戦々恐々と表示速度を競った末、現在ではほぼ互角のスピードになりつつあり、今後はセキュリティ上で堅牢かどうかが求められているようです(WIRED VISIONの記事を参考)。機能性を重視すると、デザインの豊かさより情報取得のスピードや安全性が重視されるのでしょう。

ところが、感性よりも技術志向かつデータ至上主義の取り組みが徹底されていくと、美しいプロダクトを求めるデザイナーのモチベーションは奪われる。文系のぼくには共感できることです。なんとなくですが、わかる。

記事では、Douglas Bowman氏のブログに書かれた彼の嘆きが引用されています。彼のブログ「stopdesign」の3月20日のエントリ「Goodbye Google」から、実際の英文も引用してみます。まずは以下の部分。

When a company is filled with engineers, it turns to engineering to solve problems. Reduce each decision to a simple logic problem. Remove all subjectivity and just look at the data. Data in your favor? Ok, launch it. Data shows negative effects? Back to the drawing board. And that data eventually becomes a crutch for every decision, paralyzing the company and preventing it from making any daring design decisions.

CNETの記事では、「Data in your favor? Ok, launch it. Data shows negative effects? Back to the drawing board. (データはいい感じ?オーケー実装しよう。データはネガティブな効果を示してる?じゃあ振り出しに戻ろう:注・勝手に訳しました)」が省略されていますが、以下のように訳されています。

技術者が溢れている企業では、問題を解決するため工学技術を頼りにする。問題を単純で論理的なものに還元し、主観をすべて取り去ってデータだけを見る。やがて、データがあらゆる問題解決を支えるようになり、企業を麻痺させ、斬新なデザインの決定を妨げる。

直感的なデザインに対して、科学技術は客観性を重視します。感覚的に、これがクールだよね?は通用しない。じゃあ、データで裏付けろ、ということになる。けれども、なんとなくよさを感じているからクールなのであって、感性を数値で説明した途端につまらなくなることもある。

マーケティングでもよくあることです。インサイト(洞察)をもとにした画期的なプランがあったとき、リサーチデータで補足するような愚かなことをやってしまうと、途端にありがちな平均的、平凡な何かになってしまう。直感的な発想のきらめきが色あせてしまう。

ここには、ビジネスは芸術(アート)なのか、という命題もあります。否と考えることもできるし、然りともいえる。感性とロジックのどちらを取るか、ということも考えられます。ぼくは感性至上主義をとるわけではありません。すぐれた作曲をするためには音楽理論の裏づけが必要になることもあるように、客観的な知識は大切なものです。スタンスの違いによって、方向性も分かれてくる。

極論かもしれませんが、たとえばアップルは感性重視であるのに対して、ソニーはロジック重視の企業として製品開発をしている印象もあります。戦略の選択によって、企業のめざすべき方向性も変わってきます。

現場の話に戻りましょう。直感的なデザイナーと客観的な技術者の相互理解がなければ、水と油のように反発しあうだけのものかもしれません。つづいて、次の部分。

Yes, it's true that a team at Google couldn't decide between two blues, so they're testing 41 shades between each blue to see which one performs better. I had a recent debate over whether a border should be 3, 4 or 5 pixels wide, and was asked to prove my case. I can't operate in an environment like that. I've grown tired of debating such minuscule design decisions. There are more exciting design problems in this world to tackle.
そう、Googleでは2種類の青色のいずれかで決めかねたら41の中間色をテストして最もパフォーマンスのよいものを選ぶというのは事実なのだ。先日、境界線の幅を3ピクセル、4ピクセル、5ピクセルのいずれにするかが問題になったとき、自分の意見を証明するよう求められた。このような環境で仕事をすることはできない。そうした些細なデザインの決定を論じるのにはもううんざりだ。

この部分においても最後の「There are more exciting design problems in this world to tackle.(わたしたちが取り組む世界には、もっと面白いデザイン上の問題がある。)」はCNETの記事では引用されていませんが、現場の雰囲気がよくわかります。ちなみに、もっと面白いデザインの問題とは何を考えていたんでしょうね。

すこし考察して、こんなことを見出しました。彼の憤りもわかるけれど、一方的にデータ重視がまずいのではなく、ピクセルに対する緻密なこだわりがあるからこそ、グーグルのサービスは高い品質を維持しているといえるのではないか。

凡人のビジネスマンであれば、まあいいか・・・と妥協して歩み寄るところでしょう。しかし、感性をデータで裏付けなきゃならない考え方が納得できん、やめたやめたやめた!というこだわりは、一流の仕事をしているからこそ言えるものかもしれない(あるいは、デザイナーが逆上するぐらいデータ至上主義が徹底されているのかもしれませんけれども)。

結局のところ、どちらに軍配を上げるというのではなく、双方ともに正論であると思いました。仕事をする環境は自分で選ぶものだと思うし、去っていくDouglas Bowman氏がどこか別の場所で納得できるビジュアルデザインができることを祈るばかりです。一方で、卓越した技術を基盤として成長をつづけてきたグーグルがピクセルにこだわり、データを信頼するのも当然です。

残念だと思うのは、どちらも正論であり正論を戦わせる場所にこそ、すごい仕事ができそうだ、イノベーションも生まれるのではないか、と感じたことです。もちろん、過酷な感性と技術の戦いに疲弊してグーグルを去っていくことに決めたのだとは思うのだけれど、デザインVS技術の戦いを突き抜けたときに、ものすごいものが生まれるような気がする。

・・・結論が出ないですね。煮え切らない感想はひとまず置いて、閑話休題。

Douglas Bowman氏のブログをみて、うーむ、かっちょいいなあ、と思いました。シンプルなのだけれど、グレイとイエローの使い方とか素敵だ。グーグルのビジュアルデザイン責任者だから当然なのだけれど。

実は久し振りに、ぼくもブログのデザインをすこしばかりいじってみたいと考えています。

かつては既製のブログサービスを使ってブログを書いていたのですが、2007年8月からレンタルサーバーを借りてMovable Typeでオリジナルのブログを構築しています。テンプレートは無料で配布されたものを利用させていただいているものの、かなりカスタマイズしていて、実験と学習のためにCSSやデザインもいじりました。しかし、きちんと学習したわけではないので、詰めが甘い。かなりいい加減な作り方をしています。プロの眼でみると、なんだこれは、というコードになっているような気がします。

正直なところ、これがなかなか難しい。既成のものだけでは満足できずに、自分だけのブログを作りたかったのですが、現在では、既製のブログサービスでもかなりコードをいじれるようになっています。たぶん文章を書くことだけに集中するのであれば、テンプレートのデザインを選んですぐに使えるような既成のサービスのほうがいい。

しかし、Web制作に携わっているひとたちだと思うけれど、センスのいいオリジナルデザインのブログを構築しつつ、文章や写真も洗練されていたりするひとには憧れます。なんでもかんでも自分でやる必要はありませんが、デザインに凝ることができるのもブログの楽しみのひとつ。書くだけではなく仕組みであるとか、デザインについてもちょっとだけ究めたい。

本、映画、音楽の紹介については、G-Toolsというサービスを利用しています。これはAmazonのAPIを使って商品情報などを提供する仕組みです。ところがAmazonの仕様変更があったようで、いつからか本の表紙写真など掲載した情報の一部が表示されないようになっていました。どうしたものかな、とずっと悩みつつ放置していたのですが、G-ToolsのAjax Amazonのページを参考にブログに簡単なコードを貼り付けたところ、修正することができました。なんだ、もっと早くやっておけばよかった。そんなわけで過去の書籍の表紙やCDジャケットもきれいに表示されるようになってうれしい。

グーグルのビジュアルデザイン責任者の話と比べると、とほほなぐらい初心者の話ですが、そんな風に、きれいなブログを構築することは、デザインだけではなく技術的な知識も必要になります。しかも技術的なものは次々と変わっていく。Web関連のデザイナーは大変だな、と痛感します。

メインページの上にある、自作DTMを聴くことができるmp3プレイヤーも、もう少しかっこいいものに変えたい。春だからかもしれませんが、模様替えの気分が高まっています。

投稿者: birdwing 日時: 00:46 | | トラックバック (0)

2009年2月13日

a001066

答えが出ない、という答え。

結果を出すことがビジネスでは大事である、ということをいくつかのビジネス書で読んだ覚えがありました。過程がどうあれ結果を出すこと。ビジネスでは結果は数字です。数字とは、売上であったり利益だったりします。その数字を上げることが重要になる。

また、提出期限や納期を遵守することが求められます。どんなによいものができても、期限を過ぎたものは受け入れてもらえません。イベント当日に使うはずの資料が現場の開演時間に間に合わなければ大きな損失になるし、せっかくの機会を与えていただいたのに、プレゼンの時間に遅刻したらアウトです。内容よりも先に、基本的な前提条件といえるでしょう。

しかし、仕事を通じて考えたことがありました。確かに結果や期限も大事だけれど、答えが出ません、という答えもあるんじゃないか、と。

特に企画提案などにおいてですが、オリエンテーションが曖昧だったときに、確認を疎かにして推測で進行すると、まったくクライアントが求めていないものを提出してしまうことがあります。コンペなどの場合、一生懸命プレゼンした後で、うーん、説明したことと違うんだよなあ、と言わせてしまったら取り返しがきかない。結局のところクライアントの意図を正確に汲んだ他社に仕事を取られることになります。したがって、理解度の深さがシビアに結果を左右する。

ビジネスもまた、相手つまりクライアントあってのことです。ひとりよがりではいけない。自分勝手に、たぶんこういうことだろう、と最後まで進めてしまわないで、「このままでは答えが出せないので、確認したいのですがよろしいでしょうか」と途中段階で尋ねる勇気も必要になります。

恥ずかしいこともありますが、聞くはいっときの恥。確認してみたところ、ぜんぜん考えていたことと違うじゃん、と方向性が180度変わることもあります。このときに、どんなに時間をかけていたとしても、やっぱり違うと直感的に感じたものは、途中まで作成したプロトタイプ(試作)を捨てる勇気も必要です。このときに変に拘ると失敗する。もちろん粘るべきものもありますが、すぱっと無駄なものは切り捨てる潔さも必要です。

コミュニケーションの要諦かもしれないですね。試験の答案ではないのだから、わからないことがあったら訊く。こんなもんでいいだろうと勝手に思い込みで進めるよりも、不安があれば、こんな風に進めていますがいかがでしょう・・・と、途中段階で確認を取ったほうが好感を与えることもあります。

めまぐるしく状況や環境が変化する現在では、上司も確信をもって正しい方向性を指示しているとは限りません。しっかりしてください、と責めたくなるひともいるかもしれませんが、逆に舵を取るのに苦労している上司にかわって、方向性のアイディアを出してもらえると非常に有りがたい。そんな参謀的な人間は重宝されると思っています。

特にまったく新しい仕事では、過去に培ってきた方法論がまったく通用しないときがあります。そんなときには、初動の段階で気付いて軌道を修正すれば、大きな失敗を回避できることがあるでしょう。違うんだけどなあ・・・と思っているのに言わないのはよくない。問題になったとき、ああ、そういうば以前違うと思ったんだよね、と言うのは最低です。思ったのであればそのときに指摘する。あとから何か言うコメンテーターも企業には多いとは思いますが、事後であれば何とでも言えるものです。

舵取りの技術かもしれませんが、大きく進んでしまったあとで修正しようとするとリスクが大きくなる。スモールスタートで様子をみつつ、適した方向へ進路を修正していくことも大事なことでしょう。

また、答えが出なかったことによって、すべてが無駄になるかというとそういうことはない。答えが出なかったとしても、考えてきた過程は存在するわけです。その過程が別の機会に活きることもあります。

ビジネスだけでなく、人生全般においても答えの出ないことは多い。答えを出すことは多数の選択肢(オプション)を切り捨てることでもあるため、答えを出し続けることは選択肢をなくして生き方を狭めていくことにもなります。そんな先鋭的な生き方もよいのですが、盲目的になります。選択肢を多くすること、いくつもの選択肢を考えられることが、こころのゆとりかもしれません。

これしかできない、こうしか生きられない、というより、こんな生き方もある、こうも考えられるんじゃないか、と、可能な限りの答えを見出すことで、人生に少しだけ広がりができそうな気がしています。

++++++

と、いうことで、ぼく自身もいま答えの出ない問題にはまっているわけですが、そんなときは一度こんがらがった思考を保留にして、深呼吸とともに気分転換をはかってみるのもいい。こじつけだけれど、先月、着手しながら放置したままの「シンコキュウ。」というDTM作品につけていた仮の歌詞を公開してみます。何度も推敲しながら最終的な答えが出せていません。

歌詞としてではなく、文芸的な詩として、少し改行の位置を変えてみました。楽曲も再掲載してみます。こちらは以後、ぜんぜん手をつけていません。いまだにカラオケのままです。メロディラインは、トロンボーンの音で入れてあります。

+++++++++++++++++++++++
シンコキュウ。
+++++++++++++++++++++++
詞:BirdWing


深呼吸
をして見上げた青空。
たなびく雲
は、未来の
軌跡。

とぎれた
指をつないで
誓った。
忘れない
ように、約束をした。

深く。
強く。

ここから明日へ
歩き出すために。

息を。
ためて。

鎮めたこころは
もう迷わない。

(間奏)

遠く。
近く。

ぼくらが地上で
探してる道標(しるべ)。

息を。
吐いて。

鎮めたこころは
もう迷わない。

+++++

答えを出したら迷わない。そんな歌詞でしょうか。先日作ったプロトタイプを聞きながらカラオケとして口ずさんでみてください。歌ってくれるひと募集中(笑)。

投稿者: birdwing 日時: 23:52 | | トラックバック (0)

2008年12月 2日

a001036

聴き上手を進化させる。

仕事力を向上させるためにいろいろな本を読み漁っていますが、営業力やコミュニケーション力は特に強化したい分野です。書物に書かれた智恵だけでなく現場で痛感するのは、聴くことがいかに難しいかということでしょうか。ひとの話を聴くのは難しいですよね。

企画提案や営業、セールスでは、もちろん押しも重要ですが、相手の話を"傾聴する力"が重要です。あえて自分の売りたい製品やサービスをいったん忘れて、お客様の話をきちんと聴く。お客様が置かれている状況や期待している解決策をわからずに、自社のサービスや製品を押し売りしても成果はあがりません。まずはヒアリングに徹すること。すると、その後の商談もスムーズになります。

忘れっぽいので、ぼくは聴きながらよくメモを取ります。A5判の無印のノートを使っていて、そこにブルーブラックのuniball Signo(極細0.38mm)というボールペンでメモを取る。きれいに書く必要はないと思っているので、ノートに書かれた文字はひどい。ぐちゃぐちゃですね。途中まで書いたキーワードや書きなぐった図形ばかりです。落ち着いて話を聴くことのできるセミナーであれば、まだ少しまともなノートになります。こんな風に。

081202_note.jpg

あとで断片から全体像を引き出せるようなメモを取るように心がけています。とはいえ、メモから完全に話の内容を再生する必要はありません(というか無理です)。メモは記憶を呼び出すためのインデックスで構わない。曲解や誤解は困りますが、自分なりの解釈で要点を押さえることができれば、それで十分ではないでしょうか。

最初から聴き上手のひともいるかもしれませんが、ヒアリングの上達は訓練で可能だと思います。要点ではないところばかり聞いて、たいせつなポイントがアタマを素通りしてしまうのは問題ですが、聴くことに意識を集中しているうちに自然と聴くツボもわかるようになります。要は場数です。きちんと聞く姿勢を繰り返せば、習慣として聴けるようになる。

ちなみに「聞く」は一般的に聞こえてくる音を拾う意味ですが、「聴く」は耳を澄まして身を入れて音に集中する意味として使うようです(鳥の声は聞くで、音楽は聴く)。だから聴けるようになりたい。傾聴することは、仕事だけではなく、家族や仲間とのコミュニケーションについても重要なことかもしれません。

ここ数日、自分を突き詰めていろいろと考えました。ほんとうに誰かの話をきちんと聴けているのか。聴いたつもりになっていないか、と。

そんなことを自問した結果、ぼくは聴き上手になろうと思いました。さらに、聴き上手を究めた上で、明晰な思考のもとにアドバイスができるようになりたい。コンサルティング、もしくはカウンセリングの技術を身につけたいと思っています。そのためには、聴くことができるだけでは足りないものがあり、聴き出す力、聴いたことをフィードバックして相手の内部にある何かを引き出す、あるいは相手を内側から動かすスキルが重要になります。

ということで注目したのが、NLP(Neuro Linguistic Programming:神経言語プログラミング)でした。

以前から気になっていたのだけれど、少しばかりアヤシイというか胡散臭いものも感じていたので、きちんと学んだことはありませんでした。けれどもネットで情報を集めてみると、考え方自体はとても面白い。盲目的に信じるつもりはありませんが、カウンセラーもしくはセラピストの技術のひとつとして参考にしたいと思います。

NLPは、1970年代に言語学博士のリチャード・バンドラーと心理学・数学のジョン・グリンダーというふたりによって、過去の偉大なセラピスト3人の考え方を体系化した学問のようです。当時、アメリカにはベトナム戦争によって、身体だけでなくこころに傷を負った兵士たちがたくさんいました。彼等をこころの病から救う技術として効果があったとか。

潜在意識もしくは五感に訴えかける言葉を重視しているようです。ちょうどぼくは、五感と言葉のつながりや、あるいは身体感覚と言葉のつながり(=文体と身体)についてブログで追究しようとしていただけに、ものすごく興味深い。

ただ、ちょっと怖いと感じたのは、NLPは人間のこころに存在している"プログラム"を書き換えることで、感情や行動を制御するということでした。これは行き過ぎると洗脳になると思います。しかし、善意で用いればそれこそ他者を救済するための力となる。

先日視線についてのエントリを書いたのですが、NLPにはVAKという考え方があるようです。人間は五感を使って世界を認識していて、どの感覚を優位的に使うかということから、以下の3つのタイプに分けています。

V:視覚(Visual)
A:聴覚(Audiotory)
K:嗅覚・味覚・触覚などの体感覚(Kinesthetic)

この応用だと思うのですが「アイ・アクセシング・キュー」という技術のことを知りました。これは非言語的なコミュニケーションである眼球の動きを意味づけます。眼球の動きを言語化して、以下のように読み解いています。眼球の動きによって、潜在的にこころが視覚や聴覚や体感覚の何を感じているのかがわかるようになり、また催眠のように示唆できるようになるらしい。

  • 眼球右上→未来の映像:Visual
  • 眼球右横→未来の聴覚:Audiotory
  • 眼球右下→未来の体感覚:Kinesthetic
  • 眼球左上→過去の映像:Visual

  • 眼球左横→過去の聴覚:Audiotory

  • 眼球左下→過去の体感覚:Kinesthetic

思えば、うちの次男くんは絵が好きなのですが、話しながら眼球をやや右上に動かすことが多い。これはまだ見ぬ未来のイメージを自分のなかで言語化しているといえそうです。今度、昔書いた絵のことを話してみよう。左上を見るかどうか楽しみです。

つまり、ボディランゲージのようなものから話者の意図を「聴き取る」こともできるわけです。あるいは、話し手が左横に視線を向けながら「あなたは昔こういうことを言いましたね」と語ることにより、聞き手の過去の潜在意識を掘り起こすような誘導もできるのかもしれません。うーむ、やっぱりなんだか怖いのですが。

ほんの入り口を浅く考察しただけですが、言語学や心理学を学ぶことによって、言葉と五感や潜在意識の新しい関係も見出せそうです。

でも、ぼくの正直な印象としては、こういう裏の手口がわかってしまうと白けますね。NLPの技術を鵜呑みにしてひとを操ろうというリーダーやコピーライターあるいは個人事業主もいそうですが、そんなひとをみつけたら、その手口を暴いてしまいたくなる。彼の手口に騙されるな!洗脳されるな!と言いたくなります。手品の仕掛けがわかってしまったような白々しさがあるのは、ぼくだけでしょうか。

ここまでの考察を無にするようですが、人間を説得するのは「術」ではないと思いました。ぼくはやっぱり人を動かすのは、知識や技術を超えた人間性ではないかと信じていたい。ただ、どうしようもない状況に陥っているひとを救うためには、こうした手段を学んでおくことも重要かもしれません。

説得力のある言葉は才能によって作られる・・・と言ってしまうとそれでおしまいですが、説得力のある言葉には、それなりのパターンや技術がある。そのノウハウを科学的に分析することは、決して無駄ではないと考えています。そこにブンガクと心理学、言語学、認知科学などが融合する余地があるのではないか思うですが、さていかがなものか。

投稿者: birdwing 日時: 23:24 | | トラックバック (0)