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2006年2月18日

永遠の学生ホール。

人生にはさまざまな岐路があります。そのときは岐路であると感じなくても、あとで振り返ってみると岐路だった、とわかることもある。逆に、これは大きな岐路だと思い込んでいても、実はまったく以前と変わらない堂々巡りの一部分だったこともある。神様ではないので未来を予測することはできません。

ぼくは大学時代のゼミで、小森陽一先生から近代国文学を教えていただきました。小森先生は、現在は東京大学の教授です。ポスト構造主義や記号論、具体的にはミハイル・バフチンやロラン・バルトなどを知ったのは、先生のおかげでした。先生から教えていただいた文学理論は、とにかくぼくには新しい何かを感じさせるものがあった。ああ、これが大学で求めていたものだ、と思いました。そして、そのときに教えていただいたことが、いまでもぼくの基盤になっています。お酒を飲んで「おまえはそれでいいのか?」とセンセイに詰問されて泣き出す人間が続出、というへんてこなゼミだったのですが、時々ゼミのことを思い出します。文学と人生をごちゃまぜにしたような感じでしたが、いいゼミでした。

ほんとうに一度だけですが、小森先生から「大学院、残らない?」と声をかけていただいたことがありました。いまにして思えば恥ずかしいのですが、学内の懸賞論文に応募したこともあり、そんな流れから先生としては、なんとなく言ったひとことだと思います。たぶん5回ぐらい声をかけていただけば、じゃあ行きます、という決心もついたかと思うのですが、その1回きりだったので結局のところ就職活動に向かってしまった。けれどもそのひとことで、若い日のぼくはずいぶん悩んだ気がします。

というのは学生の頃からぼくは、書くこと、考えることが好きでした。このままキャンパスに残ってあれこれ考えたり論文を書いて過ごすのは魅力的だった。一方で、頑固な教師だった父のことも考慮すると、世のなかというものをきちんと知っておいた方がいい、ぼくみたいなやつは机にかじりついているよりも社会で痛い目をみた方が勉強になる、サラリーマンがどういうものかわかっておいた方がいい、という考えもあった。もし、ほんとうに学問に対する思いが強ければ、どんなに遠回りしてもいつか学問に戻るだろう。漱石だって教師や新聞記者を経験した後に小説を書いている。運試しに遠回りしてみようじゃないか。戻れなかったら信念の強さや運や才能がなかっただけだ、と思ったわけです。

思えば、ずいぶん遠回りをしています。そして、この遠回りのまま人生が終わりそうな気もします。けれども、いまは大学にはいないのですが、こうしてブログを書きながら小森先生のゼミがまだつづいているような感じがしています。学生ホールで缶コーヒーを買って、自動販売機のぶーんとうなる音を聴きながら、論文のコピーをひっくり返している自分がいるような気がする。もちろん先生はいないし、深夜隣の部屋では奥さんと子供たちが寝ているのだけど。

これは夢の夢なので、ほんとうのところは書かずにないしょにしておきたいのですが、できれば50歳のぼくは、インターネットを使った自己表現方法、クリエイティブ理論についてキャンパスで講義ができるような人間になっていたい。もちろん仕事はつづけていたとしても、休日はそういうことに費やしたい。成長した息子を含めて若い世代の人間たちに、自分が何に苦しんできたのか、どんな素晴らしいことがあったのか、どうすれば情報に翻弄されずに自分を表現できるのか、技術と人間はどこへ向うのか、そんなことを熱く語れるようになっていたい。それこそかつての小森先生のように、次の世代のぼくのような人間のために。

場所はどこだっていいんです。規模だってちいさくてかまわない。7人ぐらいの聴講者の社会人教育で十分です。いちばん可能性の高いオプションとしては、ふたりの息子たちが聴講生であればいいと思います。聞いてくれないかもしれませんが。

そのためには、ぼくは経験が足りません。知識も少なすぎる。まだまだいろんな本で研究を重ねる必要があるし、技術についても学ぶ必要がある。さまざまなサービスを試してみることも大事です。人間的にも成長したい。

はるか遠い学生時代、学生ホール、あるいは図書館で論文を書いているとき、仮想であったとしてもぼくの頭のなかには未来が広がっていたはずです。いまその未来はもうみえないけれど、また新しい未来を創ればいいと思っています。

学生ホールは、いまでもぼくの頭のなかにあります。

投稿者 birdwing : 2006年2月18日 00:00

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