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2006年3月15日

みること、対象をずらす手法。

写真を掲載しているブログをいくつか拝見することがあるのですが、うまいなあと思うのは、写真としての風景の切り取り方です。先日、範列(パラディググム)という記号論の言葉を思い出してメモを書いてみたのですが、複数の写真が掲載されているのであれば、読んでいるぼくらとしては、どうしても切り取られた写真と写真をつないで物語を構成したくなる。ぼくらの頭脳は、情報をつなげたがる傾向にあるようです。

また、人生のかなしみなどかなり突っ込んだテーマのハードな文章を書きつつ青空や海の写真を掲載しているひともいるのですが、テキストが表わそうとしている意味とビジュアルで表現されている意味が組み合わさると、ものすごく象徴的な世界が広がる。この異質なものの組み合わせ方も面白いと思いました。現実の風景を切り取ってその風景についてテキストを書く場合にはジャーナリスティックな広がりがあります。一方で、カット的に写真を利用する場合には、ブンガク的な広がりが生まれるものかもしれません。

夏目漱石に「文学論」という理論書があります。このなかに、ものをみるとはどういうことなのか、ひとが何か対象に視線をフォーカスするとはどういうことか、という考察があったような気がします。そして、この理論を実践したものとして「草枕」という小説があったのではないか。「草枕」の主人公は、画工です。つまり現実の対象をみるひとである。しかしながら、この画工は一枚として絵を完成させられません。絵としては完成できないけれども、いろんなものをみている。

ぼくの父親は国語の教師だったので、家の書斎は壁一面が文学全集で埋めつくされていました。そのなかには漱石全集もありました。やはり父の影響で、ぼくも社会人になったら全集を買おう、と思っていて、御茶ノ水の丸善に注文して漱石全集を購入。いま書斎(といえるかどうか)にあります。この漱石全集購入にあたっては勝手に注文して奥さんからひどく叱られたことを覚えているのですが、思い切って買っておいてよかったなと思います。そんなわけで「文学論」も手元にあり、もう一度読み直してみようとも考えたのですが、実は自分のなかでは漱石を分析するのは仕事をリタイアしてからの楽しみに取っておこう的な思惑もあります。そこで、なんとなく手が伸ばせずにいます。ちなみに、ぼくの父が亡くなる寸前には漱石の「硝子戸の中」を読んでいたようでした。この作品については何か論じるつもりです。

と、道草をしましたが、表現において対象と表現をずらすのはどういうことか、ということを考えたとき、暗喩(メタファー:metaphor)、換喩(メトニミー:metomyny)、提喩(シネクドク:synecdoche)なんてものがあったことを思い出しました。いわゆるレトリック、といわれるものです。きちんと調べていないのですが、ローマン・ヤコブソンあたりの言語学者が提唱していた考え方かもしれません。文学的な表現の模索に入り込んでしまいそうですが、ちょっと客観的にひいてみると、思考の訓練として発想法にも使えそうです。

たとえば酒をめぐる表現で、レトリックを考えてみると次のようになります。

暗喩(メタファー)というのは、「酒は人生の薬だ」というような表現です。これが、「酒は人生の薬のようである」と言ったときには直喩になります。これって人生みたいな?という語尾を上げる表現がかつてありましたが、直喩的な結びつきによって断言するのをやわらげていたような気もします。

換喩(メトニミー)は、時間や空間による隣接性で対象を置き換えることです。「ボトルを入れてくれ」といったとき、ボトルは酒の容器ですが、容器を酒と置き換えています。このとき空き瓶を入れるようなことはないでしょう。

提喩(シネクドク)は、全体を部分、もしくは部分を全体で表すことでしょうか。バーに入って「何か飲みものを」というとき、飲み物は酒なのですが、飲み物というカテゴリー全体によって酒を表しています。まさかそこでミルクが出てくるとは思わない。

と、考えていて気付いた当たり前のことではあるのですが、お笑いというのは高度なレトリックによる芸能です。つまり表現している対象を意図的にずらしてしまう。これらのレトリックは、現前にない抽象的な概念も含めて、どこに視線をもっていくか、という視線の位置づけが重要になるのではないでしょうか。直接言い切ってしまうのではなくて、ちょっとずらしてみる。このとき表現が豊かになるような気がしました。また、どんな表現があるか、時間的もしくは空間的に思考の幅を広げることでもあります。

レトリックを含めて表現方法については、中長期的に調べたり考えたりしていこうと思います。

投稿者 birdwing : 2006年3月15日 00:00

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