2007年6月19日
「イノベーションと企業家精神」P.F.ドラッカー
▼book016:イノベーションの本質を探る名著。
イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集 5) 上田 淳生 ダイヤモンド社 2007-03-09 by G-Tools |
学生時代に読んでおけばよかったと思う本、あるいは手薄だったジャンルがいくつかあります。経営書もそのひとつですが、特にドラッカーの著作は学生時代にきちんと読んでおけばよかった。けれども、学生時代の浮ついた自分には、その言葉はしっくりと馴染まなかったかもしれません。いまだからこそ意義がある。
社会に出て面白いことも面白くないことも経験し、実現可能なことも可能性の限界も分かりはじめ、それでも静かに前を向こうとする現在。自分にとってドラッカーを読む時間はしあわせです。どれだけ時間がかかったとしても、ドラッカーの名著集を読破したいと思っています。ほんとうに時間かかりすぎなのが、どうかと思うのですが(苦笑)。
易しい言葉で語られるドラッカーの文章は、場合によっては刺激が少なく、平明すぎて引っかかりに欠けるような印象もあります。けれども、その平明さのなかに鋭い洞察が隠されている。たとえば、「予期せぬ成功と失敗を利用する」という、イノベーションのための7つの機会の第一。不確実な要因をイノベーションの機会の第一に持ってくるところに、ドラッカーの卓越したセンスを感じました。
情勢をじっくりと見極め、資料だけでなく現場を訪問して、そこで何が起こっているのかを自分の目で確認すること。その自分の目で確かめたことを自ら考え、分析によって体系化・構造化せよ、というのがドラッカーの基本的な姿勢ではないでしょうか。ドラッカーの本質はこの姿勢にあるのではないかとこの本を読んで感じました。
けれども、分析しやすいこと、パターン認識しやすいことを第一に考えるのではなく、イレギュラーな予測もつかなかった変化をあえてイノベーションのチャンスと捉えている。しかも成功だけでなく、失敗も機会となる。この思考にぼくは注目したい。
変化というものは、最初はほんのわずかな動きであることが多いものです。一般のひとにも変化が感じられるようになったときには、もはやそれは変化ではなく時代の主流になっている。この変化の芽をわずかな段階でキャッチするためには、鋭いセンサーを働かせる必要があります。経験はもちろんのこと、直感も必要になる。
この本のなかでは、大量の事例が紹介されていますが、過去に起こった事例からパターン認識と分析・構造化が繰り返されていきます。そうして最終的には作り上げたフレームワークにこだわるのではなく、前触れもなく訪れた現在もしくは未来の新しい(パターン認識できない)何かを掴み取ることを重視されています。
75歳のときの著作でありながら、その若々しい思考には、ほんとうに頭が下がります。むしろぼくらの方がアタマが固いんじゃないかと思ってしまうぐらいで、ドラッカーのように柔軟な思考でありたい。
いま、イノベーションは注目されるキーワードのひとつであり、書店には背表紙にその言葉を掲げた本がたくさん並んでいます。もちろん新しいイノベーション論も参考にしたいと思うのですが、ではドラッカーの本が古いかというとまったくそんなことはありません。現在でも十分に通用する。
翻訳の上では変更点もあり、かつて「起業家精神」と書かれていた言葉は、今回の訳にあたって「企業家精神」と書き換えられたそうです。確かにベンチャー企業隆盛の頃には、「起業家」という言葉が目につきました。けれどもそんな一時的なバブルが過ぎ去ったあとで、永続的に使える言葉として「企業家精神」という風に落ち着いたのでしょう。読み始めたときには若干違和感があったものの、あとがきの解説を読んで、なんとなく納得しました。むしろ起業家よりも企業家のほうが、ベンチャー企業も含めてエンタープライズ(大企業)までを含んだ理論として読むことができます。
この書物のなかでは、第一に、第二に・・・という風に体系的にポイントが語られていきます。全体を構造化したいところですが、ぼくの興味のある部分に限って、覚書的にまとめてみることにしましょう。
まずは、第1章「イノベーションと企業家精神」において、7つの機会が提示されているのですが、その7番目の「新しい知識を活用する」から、知識によるイノベーションの特徴・条件・リスクを抜粋してみます。
■知識によるイノベーションの特徴(P.115)
1)リードタイムが長いこと(25〜35年を要する)
2)知識の結合
■知識によるイノベーションの条件(P.129)
1)分析の必要性
2)戦略の必要性
2-1.システム全体を自ら開発し手に入れる
2-2.市場だけを確保する
2-3.重要な能力に力を集中し重点を占拠する
3)マネジメントの必要性
■知識によるイノベーションのリスク(P.136)
1)時間との闘い
2)生存確率の減少
知識によるイノベーションについて解説された後で、アイディアによるイノベーションについても言及されているのですが割かれているページは非常に少ない(苦笑)。アイディアも重要なのだけれど、知識レベルに昇格させなければ事業としては危なっかしい、アイディアは事業ではない、というドラッカーの厳しい視点が感じられます。
広告業界などではアイディア一発のようなところもあり、それがまた楽しいのだけれど、事業化するにあたっては「ラスベガスのスロットマシーンで儲ける」ようなギャンブル的な夢想を避ける、ということでしょう。ドラッカーはアイディアによるイノベーションについても認めながら、その可能性については非常に疑問視しています。
つづいて、第13章「既存企業における企業家精神」からまとめてみます。イノベーションは新規事業だけでなく、既存企業においても重要になる。どちらかというとぼくにとっては、特殊ではない通常業務のなかにおけるイノベーションのほうに関心があります。
■企業家精神の4つの条件(P.174) 1)変化を脅威ではなく機会とみなす組織を作り上げること 2)イノベーションの成果を体系的に測定すること 3)組織、人事、報酬について特別の措置を講じること 4)いくつかのタブーを理解すること■イノベーションの段階(P.177)
1)組織の衛生学 最高の人材の確保、資源の投入、過去事例の廃棄
2)ライフサイクルによる現状把握(製品、サービス、流通チャネル、工程、技術)
3)イノベーションの領域、期限の明確化
4)企業家としての計画化■企業家精神のための具体的方策(P.180)
1)機会に集中すること 問題に集中する会議+機会に集中する会議
2)戦略会議の開催
3)トップマネジメントが部門の若手と定期的にミーティング
(開発研究、エンジニアリング、製造、マーケティング、会計)■イノベーションの評価(P.184)
1)成果を期待にフィードバックすること
2)活動全体の定期的な点検
3)成果全体を、目標、市場における地位、企業の業績で評価
通常、イノベーションというと先端企業であるとか、ベンチャーであるとか、そんな特殊な状況を思い浮かべます。けれどもイノベーションはあらゆる企業において必要であり、可能である。以下のようにも書いてあります。(P.175)
イノベーションを異質なものとして推進していたのでは何も起こらない。日常業務とまではいかなくとも日常的な仕事の一つとする必要がある。そのためには、企業家精神のマネジメントといくつかの具体的な方策が必要である。
ジェフリー・ムーアの「ライフサイクル・イノベーション」にも通じることでしょうか。ぼくはさらにそれを企業内ではなく、個人の生活のなかにおける「日常業務」として考えてみたい気がしています。
読了後、感想を書くまでに時間が経ってしまいましたが、読み進めながら集中力が途切れてしまった感じもあるので、再度読み直してみたい気もしています。最後に、最終章から次の言葉を。
企業家社会は継続学習を必然のものとする。
中盤は省略しますが、次のように語られます。いままで継続学習をしなければならないひとは、芸術家や学者、僧侶など特別なひとだったのですが、これからの社会ではそれが特別ではなくなる。企業家である以上、すべてのひとが継続学習が必要になるとのこと。
ところが、企業家社会ではこの例外が当然となる。企業家社会では、成人後も新しいことを一度ならず勉強することが常識となる。二一歳までに学んだことは五年から一〇年で陳腐化し、新たな理論、技能、知識と代えるか、少なくとも磨かなければならなくなる。そのため、一人ひとりの人間が、自らの継続学習、自己啓発、キャリアについて責任をもたなければならなくなる。もはや少年期や青年期に学んだことが一生の基盤になることを前提とすることはできない。それは、その後の人生において全面的に依存すべきものではなく、そこから離陸すべきスタート台にすぎなくなる。ぼくは梅田望夫さんの述べているサバイバルの意味もここにあるような気がしました。サバイバルという言葉が、他者を蹴落とす競争と捉えがちだから誤解も生むのだけれど、自己を革新していく、つまり自己の絶え間ないイノベーションがサバイバルではないか、と。ほんとうに闘うべき相手は自分のなかにいます。それは妥協したり、まあいいっかと自ら限界を設定するような自分であり、それを超える必要がある。
日々学習です。そして、いまここが離陸すべきスタート台であることを認識しようと思います。6月7日読了。
※年間本50冊プロジェクト(16/50冊)
投稿者 birdwing : 2007年6月19日 00:00
6 Comments
- koro1837 2007-06-20T04:24
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お久しぶりです。あなたの言うことが手に取るようにわかります。
少し距離を置いていました。
- birdwing_tn 2007-06-20T10:27
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>koroさま
お久し振りです。たぶん、koroさんには伝わるのではないかと思っていました。夕焼けの写真、素敵でしたよ。あと庭の花とか。
距離を置くことは大事です。ときには書かないことも。
- koro1837 2007-06-20T14:02
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ありがとうございます。時には、かかないことも。確かに。
- birdwing_tn 2007-06-20T15:04
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たとえばコメントに書かなくても、通じるときにはちゃんと通じているような気がします。もちろん、いい意味にも悪い意味にも誤解する(される)ときもあるのですが。あとは書かなきゃわからないこともあります。難しいですね。
最近コメントしていませんが、KOROさんの日記、拝見しています。以前にもそんな感じはあったのですが、以前よりもさらにほんわかした文体になった気がして、そこがとてもいいと思います。頑張ってくださいね。
- koro1837 2007-06-20T16:13
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なんどもいいますが、ありがとうございます。
打たれ強くなりたいというのが、目標です。難しいですね。
あなたは、誠実だ。
- birdwing_tn 2007-06-20T18:18
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どうしてもコメント長くなっちゃってすみません。いろいろ考えたことがあったので書いてみます。
強さにもいろいろな強さがあるのではないでしょうか。反論する強さだけが強さだけではないような気がしていて、どんな力もしなやかに吸収してしまう強さとか、いつも静かに微笑んでいる強さとか、そういう強さもあると思います。強靭というのは、闘うマッチョな力だけじゃないですよね。「いい加減」も徹底すると強くなる気がします。有無を言わさぬいい加減って、誰にも負けないかも。ある意味、最強だったりして(笑)。
koroさん(すみません、大文字とか小文字とか、ばらばらでした。苦笑)には、既に強い部分があるような気がします。無理な強さを目指さなくてもいいんじゃないでしょうか。むしろ自分のなかに眠っている強さを叩き起こしてあげたほうがよいのでは?
まあ、あまり焦らずに、お互いに梅田さんのコンセプトである強靭さをぼちぼち身につけるようにしましょうね。
では、ブログ楽しみにしています。時間のあるときに、また遊びに行きますので、どうぞよろしくお願いします。
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