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2009年1月 3日
歳月とコメントの力。
年末に引っ越したのですが、ほとんどの部屋の片付けは終わったというのに、自分の部屋をまだ片付けつづけています。本に関しては3分の2を廃棄したり売り払ってきたつもりなのだけれど、依然として本多すぎです。それから無用な書類も多い。むきー、こんなものこうしてやるー、とぐちゃぐちゃにしたくなる気分を抑えて、快晴がつづく正月、いまだに年末気分で大掃除の延長戦です。
モノを捨てられない性格のせいでしょうか。大学時代の講義ノートや、浪人時代に住んでいたアパートの家賃の明細(小岩で1万3000円だった。もちろん風呂なし4畳半)、昔の彼女からの古い手紙のほにゃららとか(そんなものまだ隠し持っていていいのか?)、さまざまな過去を発掘して赤面したり懐かしんだりするので余計に時間がかかっています。
この重い箱はなんだっけかな、と開封したところレコードが70枚あまり出てきました。捨てたと思っていたのでびっくりしたのですが、さらに菊地桃子とかどうでもいいようなアルバムばかりで脱力しています。しいてよかったと思えるのは、輸入版を含めてビル・エヴァンスが何枚かあったことでしょうか。
最近、レコードプレイヤーも人気が再発してレコードからCDにデータを焼けるような機種やUSB端子を備えた機種も発売されているようですが、いまぼくはこれをどうやって聴けばいいんだろう(困惑)。ついでにCDと比較してあらためて盤のでかさに驚きました。無用の長物だ。時代を感じます。
そんな風に、20年あまりに遡って過去の残留物を整理しているわけだから、そりゃ時間がかかります。人生の節目かもしれない、自分を省みて整理する時期にあるのだろうと思って、観念して腰を据えて過去を点検することに決めました。しかし、そうして丁寧にみていくうちに、過去の遺物から元気づけられたこと、感動したことがふたつほどありました。
ひとつは、中学1年の頃に教育実習の先生からもらったと思われる色紙です。
ショートカットでスレンダーで、きれいな女性の先生でした。13歳の多感な少年であったぼくは、目上なのに失礼なことですが、あがってとちってばかりのセンセイをかわいいと思いつつ、オトナの雰囲気にやられて淡い恋心を抱いていたのでした(照)。
たぶんぼくはクラスをまとめるような役をやっていたと記憶しています。愛情を伝える術もなく、実習の最後の日に突然お別れ会をやることで婉曲に、先生想ってます・・・というような表現をして、先生を泣かせてしまったことがあったような。記憶力の悪いぼくは残念ながら詳細を覚えていないのですが、先生の面影だけはおぼろげながらイメージできます。なにしろ好きだったので。
クラスメイトがお別れの色紙にちゃかしたような楽しいメッセージをいただいていたので、ぼくもちょっと期待していたところ、思いのほか「孤独に耐えられる強いリーダーになって下さい」という真面目な言葉をいただいてショックを受けました(ちょっと残念だった)。でも「○○ちゃんへ(○○はぼくの名前の部分)」という呼びかけをいただいただけで、純真な少年は、完璧にノックアウトされました。名前を呼びかけられる妄想をして、何度も色紙を眺めながら溜息をついたものです。
しかし当時、この言葉はずしーんと響きました。10代のぼくは、ずっと行き場のない孤独というか寂寥感に悩まされていたような気がします。教育実習生とはいえ先生おそるべし。ぼくの内面を見抜いていたのかもしれません。というか、ぼくはわかりやすいひとなので、少年BirdWingは強がりながらも、さびしさを全身から発散していたのかもしれないですね。
先生のコメントを何度も読み返しているうちに、やがて恋心は尊敬に変わり、先生の叱咤激励をはっしと受け止め、よしっ!強いリーダーになってやる!あなたのために頑張ります、センセイ!・・・といたずらに夕陽に向かって鼻息を荒くしたような気がします。ま、それほど教育実習の先生は何か深いことを考えていたわけではないかもしれませんけれども(苦笑)。
恋は盲目です。大好きな誰かにアドバイスされたら、まっすぐに自分を変えようと思ってしまう。若さゆえの実直さですが、そんな愚直ともいえる素直さは失いたくないものです。あれからセンセイはどうしているのでしょう。もう、いいおばあちゃんになってしまわれたのだろうなあ(遠い目)。
さて、ふたつめの感動したことは、社会人になった20代の頃の残留物でした。
入社3年目の社員研修だったかと思うのですが、グループになって、それぞれ別のひとのよいところを発見して渡すというワークショップがありました。そこで、5人の同僚がぼくのよい部分を2つずつ書いてくれたメモです。そういえばとても嬉しかったので取っておいたのだっけ。
自画自賛ではあるのですが、自分のために、ちょっと列記してみます(読んでいる方には白けることだと思います。すみません)。いずれもぼくに対する評価、印象です。
Aさん
・やさしい。
・つねに表情がなごやかなので
周囲を幸せにする。
Bさん
・人をまとめるのがじょうずだと思います。
・自分の意見を素直に言える人だと思います。
Cさん
・文章がうまい(入社案内第一弾を読んで感心!)
・スピーチも面白いです。
Dさん
・何事にも動じない落ち着き
・いつでも絶やさない笑顔が場を
やさしい雰囲気にすること
なんだかこういうのを晒すのは悪趣味な気もしますが、でも、いいやつじゃないですか、20代の自分(泣)。というか、これはほんとうに自分なのだろうか。自信ないんですけど。
当然、相手のよいところを書きなさいというワークショップなので、悪いことは書いてありません。それにしても他者による自分のプラス評価が(たとえ数十年前のものだったとしても)、これほどまでにも自分を勇気付けるものとは思いませんでした。
ちなみにCさんの「入社案内第一弾を読んで感心!」というのは、当時勤めた会社で新人が入社案内を制作するプロジェクトがあったのですが、ぼくがコピーライティングを担当しました。社員の方からヒアリングしたことをベースに入社してほしい社員像を描いたのですが、なかなか熱いメッセージでもあり、体裁としては原田宗典さん風の面白い表現をしたことを覚えています。部分的に活字がゴシック+大きくなっているような文章です。
はあ・・・しかし、若くリーダーシップに溢れ、ほがらかでやさしい雰囲気のBirdWing青年が、数十年後のいまは、すっかりしょぼくれて自信のないおじさんになってしまったものだなあ。
いやいや。そんな風に悲観的になってはいけません。僅かではあるかもしれないけれど、いまでもあの頃の自分のよい部分は残っているのだ(と信じよう・・・)。そのうちのひとつとして、場をやさしい雰囲気に変えられることに注目しました。昔から、ぼくの大きな特長のひとつかもしれません。短気のあまりに、かーっと怒って場をぐちゃぐちゃにしてしまうことも多々あるのですが、できればやさしい雰囲気を忘れずにいましょう。背筋を伸ばしましょう。
というわけで前向きになろうと決意したぼくは、となり駅の書店を訪れて、次の二冊の本を買いました。
一瞬で新しい自分になる30の方法―24時間ストレスフリーでいられるNLPテクニック 北岡 泰典 ダイヤモンド社 2008-11-29 by G-Tools |
デューデリジェンスのプロが教える 企業分析力養成講座 山口 揚平 日本実業出版社 2008-10-09 by G-Tools |
ほんとうは新年からドラッカーあたりのがつんと読み応えのある本を購入したかったのですが、まずはとっつきやすい本から入ることにします。
1冊目はNLP(Nuro‐Linguistic Programing:神経言語プログラミング)の本です。NLPについては、以前エントリーで否定的なコメントをしたこともありますが、きちんと学ぼうと思いました。
なぜこの分野に抵抗を感じたかというと、ネットで軽く調べたところ、表層的に利用して好奇心を煽るようなサイトも多いと思ったからでした。また、宗教にしても心理学にしても、ほんとうにそうなのか?という客観性なしにのめり込むことは、ぼくには危険であると感じています。つまり洗脳のように盲目的に信じてしまう。思考する対象と自分を切り分けて考えられる客観性と自分を守る強さがないと、影響を受けすぎる危険性があります。そんなわけで敬遠していました。
しかし、NLPで扱っているテーマとして、五感を研ぎ澄ますことで意識の配線を変えたり、イメージを変えることによってストレスを軽減させること、言語学・心理学・人間工学などを横断した知の方法論については、ぼくの関心のあるスポットにはまる内容でした。したがって、ゆっくり内容を吟味しつつ学んでいきたいと考えています。
ちなみにNLPには、自分のなかに観察者や当事者に対する部外者のような「他者」を存在させることにより、いま拘っている思考の枠を外し、客観的な判断やネガティブな思考から解放する方法もあるようです。数十年前に研修でぼくが受けたワークショップ(他人から自分のよい部分を指摘してもらう)を自己内で行うことと近いのではないか、という印象を受けました。
自己のなかに他者の視点を導入することで、思い込みの支配から解放される。多様な視点、立体的な思考を獲得したいとずっとぼくは考えていました。それは他者との関係性のなかで獲得できるものでもありますが、セルフコントロールの手法としても興味深いものがあります。
あらためて見直すと、埋もれた過去のなかにも現在を変えるヒントはたくさんあります。歳月を経て発掘した「自分」に元気付けられたぼくは、ゴミ箱に捨てる前にちょっと点検してみたい。そして、過去の上に年齢を重ねた分別のある現在の自分を築いていきたい。そんな気持ちをあらたにしました。
+++++
追記
実はまだネットの引っ越しができていません。なんだかものすごいややこしいことになっている。そんなわけでネットカフェ難民になりながら、自宅で書いた原稿をUSBのメディアに保存して持ち歩いて、時間に追われながらのブログ執筆です。漂泊のブロガーというのも悪くないのですが、落ち着いて書けないのが辛い。しばらくは書きためた原稿を一気にネットカフェで公開する形で書いていきます。やれやれ。
投稿者 birdwing : 2009年1月 3日 23:59
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4 Comments
- がど 2009-01-06T17:18
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先生の色紙、中一へのメッセージとしては、人を見て考えたと思われる真摯なものですね。素敵だと思います。
研修の同僚のコメント、こういうのって励まされますね。ウェブとリアルのBirdwingさんでは印象が違いますが、いろんな面があるのでしょうねぇ。。ウェブ上ではどちらかというと社交的というよりはインテリ(いい意味で)なイメージなので。
今年も宜しくお願いします。
- BirdWing 2009-01-06T21:16
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がどさん、今年はじめてのコメントありがとうございました。
そうですね、確かに「孤独に耐えて…」のようなメッセージがいただけるとは思わなかったので、ぼくも姿勢を正しました。ただびみょうな年齢だったので、オトナ扱いしてもらえるのが嬉しくもあり、ちょっと残念だったりもしました。ほんとうにいまでも色紙をいただいたときの困惑した感覚を覚えています(笑)
研修にもいろいろありますが、ぼくは研修好きかもしれません。きっと学生時代に勉強を怠けていたからでしょう。みんなと机に座って講義を聞いたり、課題に取り組むのが楽しかったですね。宣伝会議の短期の講座に出席させてもらったこともありましたが、毎週、企画書を提出する課題が出て辛かったけれど、とても充実していました。
うーむ。インテリですか(苦笑)。知的という意味に取らせていただきました。知的でありたいと常々思っているので嬉しかったです。でもウェブでもリアルでも、正直なところ社交的ではないですね。コミュニケーションが下手なのだと思います。だから少し冷たいイメージがあるのかもしれません。
ただ、若いころには怒るとどうしようもないぐらいに荒れましたが、穏やかなときは、ほんとうに、始終にこにこしていたような気がしています。
世知辛い時代のせいか、最近、笑顔になることが少なくなりました。笑顔になれないときは無理になる必要はないと思いますが、それでも周囲を明るくするような存在でいたいものです。できれば笑顔でいたい。笑っていると筋肉もほぐれるし、気持ちも上向きになります。ブログも笑顔で書きたいと思っています。ええと、顔文字を多用したり(笑)を頻繁に使うわけではないのですが。
今年もよろしくお願いいたします。
- がど 2009-01-07T15:02
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そうですね。「知的」です。
最近話し相手が子どもばかりからかボキャブラリーがつまってきてます。。(汗)
笑顔な年になりますように!
- BirdWing 2009-01-07T21:09
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インテリもちょっといいかな、と思いました(笑)。なんだか眼鏡が、きらん!と輝いていそうなクールな雰囲気がありますよね。でも、実物は大違いなので困惑です。年末に暗い世相を吹き飛ばせ、ということで節操もなく茶髪にしたのですが、どこのホストさんか?という、ひゃっほーな慎みのないアタマになってしまいました。年齢を考えなくては。とほほ。
がどさんは子供とたくさんお話しているんですね。いいことだと思います。とはいえ子供相手のお話は結構疲れるのではないでしょうか。ぼくもネットがなくなって、家では子供と話す時間が増えたのですが、話を聞いているだけで、どーっと疲労することがあります。ついでに、いろんな工作をやらされるし。
いま、コインでネットが利用できるカフェ(100円で30分利用可能)でコメントのお返し中ですが、時間に追われてのお返事は焦ります。なんとなく殺伐なお返事になってしまうこともあるかもしれませんが、ご容赦ください。ああ、はやく自宅でネットを思う存分やりたいものだ(泣)FTTH、プリーズ。
がどさんも、がどさんのご家族も、みんな笑顔な年になりますように(笑)!
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