« 総表現社会の行方。 | メイン | みえないものを見る力。 »

2006年3月 8日

「上陸」田中小実昌

▼book06-021:戦争による壊れ方。

4309407579上陸 (河出文庫)
河出書房新社 2005-09-03

by G-Tools

ずっと前に購入して半分まで読んだところで放っておいた本でした。ある小説作法の本で、田中小実昌さんの「ポロポロ」が絶賛されていて読んでみたいと思っていたのですが、なかなか手に入らず、この短編集から読みました。作者である田中小実昌さんのことはよくわからないのですが(勉強不足です)、この短編集は同人誌などに書いていた初期の作品らしい。確かに生き生きとしたものがあります。

生き生きとしたものがあるのですが、内容としては終戦後、戦争によって壊れた心の主人公が登場するものが多く、なかでもぼくは「生き腐れ」という短編がよいと思いました。通訳として働いている主人公が、雨の日、「ヘイ!ユウ」とアメリカ人の曹長に呼ばれる。名前を聞かれて「ゲンタロー・トクナガ」と応えると「おまえはジョージだ」と勝手にアメリカ人の名前をつけられる。けれども抵抗しない。この無力さが、戦争によって降伏した日本人の敗北感、どうにでもなれという感じをよく表しています。彼は曹長に指示されたことを人夫小屋に行って伝えようとするのだけど、わらわらいる日本人の人夫たちは勝手なことを言って動こうとしない。そこへしびれを切らしたアメリカ人の曹長が銃をかまえてやってくる。無気力と雨で湿度の高い空気、緊迫しているんだけど、やけくそな気持ちが、とてもリアルに伝わってきます。希望を持ってみたり、いや、やっぱり自分はだめだ、と自己を卑下したりする。この壊れ方は、その時代の空気を再現している気がしました。3月8日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(21/100冊+21/100本)

投稿者 birdwing : 2006年3月 8日 00:00

« 総表現社会の行方。 | メイン | みえないものを見る力。 »


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://birdwing.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/1134