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2006年4月25日

「夜の公園」川上弘美

▼book06-029:どうしようもない閉塞感とざわざわ感。

4120037207夜の公園
中央公論新社 2006-04-22

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まいった。川上弘美さんのある種の本を読むと、ぼくは動揺します。心の深い場所に届く言葉があって、それが静かな水面にざわざわと波紋を起こすような感じがする。ぎゅうっと心が締め付けられるというか、誰かに置いてきぼりにされた感じというか、いてもたってもいられない気持ちになる。実は「古道具 中野商店」という小説は途中で挫折しているのですが、この小説は昨日、池袋のリブロで購入して今日一気に読んでしまいました。

登場するのは主として4人で、リリと幸夫は夫婦です。けれどもある夜、公園を散歩していたリリはよく出会う暁(あきら)という年下の青年と話をしているうちに彼の部屋についていってしまい、そのまま抱かれてしまう。そのときに、わたしはほんとうにしあわせなのだろうか、ということを考える。一方で、リリの幼馴染の友人であり英語の教師である春名という多情な女性がいるのですが、彼女は複数の男性と関係をもちつつ、友人の旦那である幸夫を紹介されたときにすぐに惹かれてしまい、リリには黙っているけれども何度も彼と身体を重ねている。この4人の関係が絡まりつつ進展していくわけです。

どこにでもあるような話かもしれません。そうはいっても倫理をこえたとんでもない話でもあるのかもしれないのですが、川上弘美さんらしい抑制のきいたトーンで貫かれていて、とぼけた会話もありつつ、静かに淡々と語られていきます。この静けさがものすごく問題です。たとえばスカートのファスナーの音などが、その場面のなかでは妙に生々しく官能的に聞こえてきたりする。さらに、それぞれの気持ちの揺らぎが心の根っこのようなところをぐいと掴んでくる。ここまで揺さぶられるのは、ぼくだけかもしれないのですが、だからまいった。

そんな恋愛はもう長いことしていないし、いまさらいいよという気がします。夫婦には不満も満足もあるけれども、平和に淡々と暮らしていきたいものです。けれども、そんなきっちりと封印している心の蓋をこじ開けて、物語の言葉がなまなましく入ってくる。静かだけれども暴力的な言葉だから、動揺する。友人と釣りをした帰りに飲んだ幸夫が、気付いたら泣いていた、というシーンは思わずぼくも涙が出そうになりました。あといくつかの部分で、かなり精神的な揺さぶりをかけられました。

緻密に組み立てられた小説だと思います。たぶん川上弘美さんは、数式を解くようにして、この小説を組み立てているのではないでしょうか。けれども数式には分解できない何かをそこに加えていることは間違いありません。それは意識的なものではなく、感覚というか本能によるものかもしれません。

現実の川上弘美さんはともかく、作家としての川上弘美さんは限りなくオンナだと思います。さらに付け加えるとしたら「魔性の」という言葉がつくかもしれない。川上弘美さんのようなオンナに出会うのは、小説のなかだけにしておきたいものです。たぶん現実にそんな女性を好きになったとしたら、ぼろぼろになるんじゃないかと思う。静かな破滅を感じさせるような、得体の知れない閉塞感や暗さ、めまいのするような感情で揺さぶられるような、めちゃめちゃに堕ちていきたくなる官能的な何かを感じさせる、珠玉の恋愛小説です。4月25日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(29/100冊+29/100本)

投稿者 birdwing : 2006年4月25日 00:00

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