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2006年4月27日

「方法叙説」松浦寿輝

▼book06-031:うつくしすぎる、方法論。

4062129736方法叙説
講談社 2006-02

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松浦寿輝さんの本をはじめて読んだのは、学生の頃、古本屋で「口唇論」を購入したときでした。その後、思潮社の現代詩文庫を購入したような気がします。詩人でもあり、小説も書いているマルチな松浦さんが「私のやりかた」という、思索や詩作(どちらも、しさく、だ)の方法論を展開してるのがこの本です。ある意味、思考の遍歴と、映画でいうところのメイキングという印象もある。

それにしても思想家であり詩人でもある松浦寿輝さんの言葉はうつくしすぎると思いました。冒頭の奇術師の指先をめぐる考察からはじまり、仲の悪かった両親に対する記憶、水のイメージと、自分の人生というテクストまで読み解こうとする。そして、小説の練習と入試問題のパロディのようなものまであり、さまざまな変奏を繰り返しながら最後の上空からパリの灯を俯瞰した描写まで、思考のエクササイズが流れていきます。うつくしさに傾倒する自分に対して自嘲の念もあったり、「きれいな美意識のひとですからねえ」という自分の批判に対する根深い憤りが執拗なこだわりで引用されたり、きれいではない感情も吐露されているのですが、それもまた美のなかのスパイスとして機能している。

迷うことのめまいや閉塞感についても書かれています。子供は迷うことが特権である。そして迷いとは、全体が見えないことによって生まれるという指摘に、なんとなく惹かれるものがありました。ぼくは全体を見ることができるようになりたいと望んでやまないのですが、神の視点を獲得するのではなく、全体が見えない迷いのなかに生きることこそが、日常や生活かもしれません。そうして迷いに迷った思索は、ぐるりと迂回してまたもとの場所に戻ってきてしまうものです。松浦さんもこの本のなかで、自分の人生が何だったのか、どういうやりかただったのか、何度も行きつ戻りつして反芻されている。

薄い本なのであっという間に読んでしまったのですが、書くことに対する重要な一文を発見した気がしたのに、あらためて読み直してみるとその部分がみつからない。言葉の手品にやられた、という感じです。4月27日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(31/100冊+29/100本)

投稿者 birdwing : 2006年4月27日 00:00

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