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2007年10月 7日

[DTM×掌編小説] ポートレート。

デジタルカメラとカメラ付き携帯電話の普及によって、ぼくらの生活には写真が身近になりました。デジタル環境の写真は印画紙にプリントアウトしなくても、画面で楽しむことができる手軽さがあります。現像に出さなくてもその場で確認できるので、とても便利です。

フォトジェニックなひとというのはいるもので、一般のひとなのに撮影するとモデルのようにかっこいい。ぼくはというと、写真がものすごく苦手です。で、その遺伝子を引き継いだせいか、うちの次男くんも写真が苦手。

ぼくの場合は匿名でブログを書いていますが写真は掲載していたりして、それってどうだろう?などと時々考えるのですが、ブロガーの方々のページをみていて思うのは、写真が掲載されていると想像に拍車がかかるということです。想像というよりも妄想なのかもしれませんが(苦笑)。

というわけで、肖像画を意味する「portrait」という曲を、土曜日の深夜から今日にかけて趣味のDTMで作ってみました。ブログで公開します。


■portrait(2分35秒 3.56MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


そして、この曲を何度もチェックしながら、物語がアタマに浮かんできました。そこで掌編小説を書いてみました。portraitをBGMに読んでいただけると嬉しいです。ではどうぞ。


自作DTM×ブログ掌編小説シリーズ03
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ポートレート
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作:BirdWing

あいつの訃報を聞いたのは、キンモクセイが香りはじめた秋のことだった。

学生の頃から写真を撮るために旅を繰り返していた彼だったが、いまニュージーランドにいるよ、おまえも部屋に閉じこもってないで世界へ出てこいよ、などという音沙汰がなくなったかと思ったら、病に倒れていたのだという。癌だった。わたしは遠い記憶を掘り起こしながら彼の自宅を訪ね、やつれて別人のように変わってしまった彼の妻に挨拶をした。かなしみに疲れていたが、美しいひとだった。

とても残念です・・・。そのあとに言葉が続かない。わたしは沈黙を噛みしめた。それがあいつの死の重みなのかもしれない。

それほど親しくしていたわけでない。けれども離れていたわけでもなかった。適当な距離を置いて、会ったり会わなかったりした仲だ。遺影のなかで、あいつはまぶしそうな目をして笑っていた。おまえもいずれここに来るんだぜ、そう言っているような、そうでもないような顔だ。

生前には、あのひとがよくしていただいて。
ひとまわりちいさくなったような彼の妻は、それだけ言って俯いた。

しばらくあいつとの思い出やとりとめのない話をしていたのだが、わずかに沈黙していた彼女は、あなたなら・・・いいかしら。そう言って、すっと真っ直ぐにわたしの方を見つめた。なんでしょう、わたしにできることであれば? 彼女の視線に戸惑いながらもそう言った。ちょっと来てくださらない。彼女は立ち上がって、わたしを導いた。

訪問したときには気付かなかったのだが、その住まいには地下室があった。
彼女に導かれるままに階段を降りる。冷たい空気は、まるで死者のぬくもりのようにわたしの周囲を包み込んだ。そうして暗い扉を開けて、彼女が電灯のスイッチを入れた。

途端に大勢の視線がわたしに向けられた。はっとした。それはすべて、彼が撮影したひとびとの笑顔だった。彼がこれを?わたしは彼女に訊いた。風景ばかりを撮っているんだと思ってた。そうなの、わたしにもあまり話さなかったのだけれど、あのひとは密かにたくさんのポートレートを撮っていたの。

目尻をゆるめた白髪の老人がいる。
生まれたばかりのちいさな微笑がある。
唇を歪ませたような笑いなのか苦痛なのかわからない表情がある。
空に向けて大きな口を開けた楽しそうな顔がある。

たくさんの笑顔が壁一面に貼り付けられていた。冷たい地下室の空気を忘れた。それは・・・そう、しあわせな風景だった。人間のぬくもりを感じさせるような。コラージュのように壁一面に貼られた写真は、わたしをとてもやさしい気持ちにさせてくれた。部屋全体を見渡した。なぜあいつはこの写真を世のなかに出さなかったんだろう。

この写真は?わたしは一枚の写真を指差した。

その写真だけは、笑顔のコラージュから少し離れるようにして貼られていた。若い凛とした顔つきをした美しい女性だった。

被写体として笑っていないのは、その女性だけだ。厳しい顔をして、ファインダーのこちら側を睨みつけるように強い視線を向けている。撮影する人間を責めるように、挑むように、きつい視線を投げかけていた。薄い唇を結んで、緊迫した面持ちをしていた。どこか寂しそうにもみえる。

知らないわ。彼女は、写真のほうを遠くを見つめるような目で見ながら言った。誰なのかしら。でも、あのひとにとっては大切なひとだったと思うの。

あのひとにも、わたしに話すことのできないひそかな恋でもあったのでしょう。
いまはもう、知ることもできないけれども。

彼女は少し言葉を含むようにして話した。真実を知っているのかもしれない、そんな気がした。わたしは、そういえば生前にあいつが何かを話したがっていたことを思い出した。聞いてほしいことがあるのだが・・・と言ったまま、あいつは言葉を止めて、いや、やめておこう、話してどうなることでもないし、と笑ったのだ。

あなたの写真がありませんね。わたしは話題を変えようと思って話した。そうなの、わたしの写真はすべて棺のなかに入れて焼いてもらいました。だから何も残っていません。それが遺言だったので。でもね、このひとを置いていってしまって。彼女は、ファインダーを睨みつけるような女性のポートレートの前に佇み、そのひとの顔の輪郭を細い指でなぞった。

あのひとが、寂しくなければいいんだけど。大切な写真を置き忘れたわ。

答えに迷ったのだが、勇気付けることにした。あなたの写真がたくさんあるから、大丈夫でしょう。あいつもしあわせものだ。たくさんのあなたの写真に囲まれて。彼女は、静かに微笑んで答えた。写真は写真でしょう? でも、わたしはここにいます。ひどいひとよね。いまとなっては浮気したでしょうと問いただすことも、怒ることもできないんだもの。困った置き土産だわ。

行きましょう。彼女は部屋から出た。わたしはもう少しだけ冷たい空気に浸っていたい気がした。

<了>

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前回の自作DTM×ブログ掌編小説「ハーフムーン」は15歳のかけおちをテーマとして書いたのですが、今回は少しだけ大人の雰囲気で。曲自体もエンディングの部分は無理やりジャジーな雰囲気にしてみました。

まったく制作した音楽とは関係ないのですが、ポートレートと言って思い出すアルバムは、ビル・エヴァンスの「Portrait in Jazz」でしょうか。ぼくは「Waltz for Debby」のほうが好きなのですが。

B000000Y59Portrait in Jazz
Bill Evans
Original Jazz Classics 1991-07-01

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村上春樹さんも取り上げられている名盤です。ビル・エヴァンス(P)、スコット・ラファロ(B)、ポール・モチアン(Dr)というビル・エヴァンス・トリオの最高傑作ですが、社会人バンドでベースを担当していたぼくとしては、スコット・ラファロのメロディアスかつ奔放なベースに惹かれます。

と、村上春樹さんが出てきたところで掌編小説に戻るのですが、たぶん村上春樹さんのファンであれば想像もつくかと思いますが、地下室の電気がつく場面は、「1973年のピンボール」で探していたピンボールマシンに出会う場面のパク・・・じゃなくて、そのシーンへのオマージュ(リスペクト、敬意を払うこと)です。


1973年のピンボール (講談社文庫)1973年のピンボール (講談社文庫)
村上 春樹


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一方で楽曲を作成するにあたって、アタマに描いていたアーティストはThe Zombiesでした。The Zombiesのピアノのイメージでしょうか。1968年に発表した「オデッセイ・アンド・オラクル」、こちらはソフトロックの名盤といえます。

B0001YFPKKオデッセイ・アンド・オラクル(紙ジャケット仕様)
ザ・ゾンビーズ
インペリアルレコード 2004-05-26

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でも、だとすればストリングスのアレンジは、もっとメロトロン風にすべきだと思うんですけどね。これはSONAR付属のTTS-1というソフトウェアシンセサイザーのOrchestraというプリセットをそのまま使っているのですが、たぶんフィルターをかけて加工すると近い音になるような気がします。

と、そんな風に週に1曲できてしまう昨今。心臓がずきずき痛いのですが、恋をしているのでしょうか(笑)。な、わけはないので、これは更年期障害ではないかと思ったりするのですが、空腹にビールを流し込んでしまったため、夕飯どきの現在、酔っ払いつつあります。ほのかにキンモクセイが香ったりして、とてもしあわせな気分なのですが、酩酊ブロガーになりそうだ(苦笑)。

投稿者 birdwing : 2007年10月 7日 18:27

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