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2008年3月 1日

「地頭力を鍛える」細谷功

▼Book08-007:答えを出すチカラ。

4492555986地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」
細谷 功
東洋経済新報社 2007-12-07

by G-Tools

アタマのいいひとはどんな人間でしょうか。異論はあるかと思うのですが、一言で表現すると「答えを出せるひと」ではないか、とぼくは考えます。

どんな難問であっても瞬時に回答できること。思考の回転の速さも求められますが、相手や状況が求めていることを読み取る能力も必要かもしれません。また、瑣末なことに拘ると答えは出ないものです。したがって大雑把に割り切って、瑣末なあれこれを切り捨てる大胆な勇気も求められます。

この本でも引用されていましたが、エレベーターテストは思考力を問う試験として聞いたことがありました。ちなみにエレベーターテストとは、以下のようなものです。引用します(P.207)。

例えば読者がどこかのクライアントにプロジェクトマネージャーとして駐在し、社長が最終報告先であるプロジェクトを実施しているものとする。ある時偶然エレベーターホールの前で社長とばったり会って「プロジェクトの状況はどう?」と聞かれたとしよう。多忙な社長に説明できるのは、エレベーターに乗って降りるまでの三〇秒だけである。こうした場合にいかに簡潔かつ要領を得た説明ができるか?これがエレベーターテストである。

就活の面接でも求められるチカラかもしれないですね。全体を見渡した上で、いちばん説得力のある答えを瞬時にまとめる。音楽に喩えると即興演奏のチカラに近い。才能もあるかもしれないけれど、アドリブのセンスというのは場数を踏むことで培われることもあります。瞬時にその場の空気を読んで、しかも自分を主張できることが重要になります。

ぼくは優柔不断なので、「えーと、いま考え中です・・・」と結論を保留にしてしまうこともあるのですが(苦笑)、そんなときに「それならば・・・ですね(きっぱり)」と歯切れよく言い切ってしまうひとは素敵です。回答が適切であればあるほど、アタマがいいなあ、と尊敬します。

面白かったのは、このエレベーターテストになぞらえて、「流れ星はなぜ願いを叶えてくれるか」ということを解説されていた部分でした。

人生の「仮説」としての願いごとを「非常に短時間」「いつ現われるのかわからない」星の流れる時間に三回も唱えるためには、常に答えを整理し、準備しておかなければならない。だから、その星が流れる間に唱えることができた時点で、その願いはもう叶うはずのものになっている。星に願うことを「神様のエレベーターテスト」と表現しているのが気に入りました。以下を引用しておきます(P.209)。

もうおわかりであろう。この「神様のエレベーターテスト」に合格するためには、片時も忘れずに願いごとを単純に凝縮した状態で強く心に思い続けることが必要なのだ。一つのことをそこまで強く継続して思い続ければ、叶わぬ願いなどないはずがないというのがこの話のメッセージである。スポーツの世界でも、夢を叶えた人たちというのは「神様のエレベーターテスト」に合格した人ばかりなのだ。これには普段から「結論から」「全体から」「単純に」考えることを追求しておく必要がある。

まったく「地頭力」の内容の中核から外れたところばかりから引用しましたが(苦笑)、上記で触れられている「結論から」「全体から」「単純に」ということが地頭力を鍛えるための中核となる思考法です。そしてこのことについて、フェルミ推定というツールを紹介しながら解説されています。

フェルミ推定とは次のように定義されています(P.40)。

「東京都内に信号機は何基あるか?」「世界中にサッカーボールはいくつあるか?」といった把握することが難しく、ある意味荒唐無稽とも思える数量について何らかの推定ロジックによって短時間で概数を求める方法をフェルミ推定という。
「原子力の父」として知られるノーベル賞物理学者エンリコ・フェルミ(1901-1954)が、自身こうした物理量の推定に長けていたとともに教鞭を取ったシカゴ大学の講義で学生にこのような課題を与えたことから、彼の名前を取ってフェルミ推定と呼ばれる。

都内の信号機の数の出し方などの思考のフレームワークを取り上げて詳細に解説されているのですが、ぼくが重要だと感じたのは、いま手元にある情報からとりあえず答えを出すこと、だと思いました。

たいていそんな場面に置かれたとき、手元にある情報が正しいかどうか検証をはじめてしまうものです。そして、いつまでも確証が得られないと、永遠に答えがでないことになる。けれども求められているのは、アバウトでいいから答えを出すことだったりします。デジタル思考で1か0かを考えると、どんなに緻密に仕事をしたとしても答えの出ない仕事は0、つまり何もやっていなかったことに等しい。

と、同時にインターネットなどを使って手元の情報の精度を上げる技術を学べば、さらに正確かつ短い時間で答えを出すことが可能になります。コンピューターや他人に任せられる部分はどんどん任せてしまって、答えを出すことに集中すれば、情報化社会のなかで有能な人材として重宝されそうです。

「地頭力を鍛える」の「地頭力」は、ぼくは聞きなれない言葉だったのですが、人材採用やコンサルティングの業界では頻繁に使われる言葉だとか。

まず地頭力とは何か、ということから細谷功さんは定義されているのですが、知力について構造化して分析していく思考力にまず唸りました。悔しいので、そのあとの部分を読み進めながら「いや、これはこういう反論ができるのではないか」などとあえて揚げ足を取るような読み方をしていったのですが、最後まで読み進むとぼくが感じていた反論がすべて列記されている。まいりました。たぶん想定される反論を推測した上で考察されながら書き進めていかれたのでしょう。

読んでいる途中には、ひらめきが明滅しまくっていたのですが、読み終わったらすべて考えていたことがどこかへさーっと流れてしまった(苦笑)。引用してブログで語りたい部分が多すぎたせいもあるのですが、そんなわけで手付かずのまま1ヶ月半もの間この本の感想は置き去りにしてしまいました。気付いたときにめくって思考の栄養にしたいと思っています。1月26日読了。

投稿者 birdwing : 2008年3月 1日 23:32

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