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2008年10月 8日

「サラリーマン合気道」箭内道彦

▼book:体系化不可能な、弱者が強くなる処世術。

4344015517サラリーマン合気道―「流される」から遠くに行ける
箭内 道彦
幻冬舎 2008-09

by G-Tools

やりたい仕事をみつけなさい・・・就職においてはそんな指南がよく言われます。きちんと明確な意志を持って仕事に臨みなさい、と主体性を求める。けれどもホンネで語ってしまうと、多くの企業にとって自分のやりたいことが強すぎる人材は使いにくくてかなわないものです。

究極のシビアなことを言ってしまうと、まだ社会というものの複雑さを知らずに、即戦力にならない新人がカイシャを勘違いして強固な主体性を持ってしまうと、組織にとっては機能を滞らせる障害にさえなりかねない。むしろ、どんなにつまらない仕事であっても、はいっ、はいっ、と素直に笑顔で引き受けてくれる柔軟性のある人材のほうが重宝される。

また、やりたい理想とつまらない現実が乖離している場合には、それが不満になるから、やりたい仕事ができない人材は愚痴が多くなる。こんな職場では自分が活かせない、もう辞めてしまいたい・・・というように、本人にとってもモチベーションを下げてしまう原因になります。

と、いうぼくも、そんな気持ちを抱きながら仕事をしていた時期がかなり長くありました(苦笑)。これはなかなか辛い。仕事が楽しめません。

サラリーマンという言葉を使ってしまうところが既に巷にあふれる仕事の指南書に対して(ささやかな)反逆精神に溢れていると思うのだけれど、箭内道彦さんの「サラリーマン合気道」は、「流される」から遠くへ行ける、ということをサブタイトルに掲げた一風変わった仕事術の本です。

合気道は相手の力を利用して、相手を遠くに投げる。したがって、自分というものを捨てて仕事に臨むことで、仕事を大きく飛躍させることができると述べられています。そして、さまざまな側面における肩の力を抜いた仕事の進め方がまとめられています。

というより、そもそも自分がないことを、長い間、箭内さんは悩んでいた。その鬱々と悩み苦しむ時間のなかで、仕方なく編み出したのがこの「脱力」の処世術でした。大学には3回落ちて、7年間以上も会社で自分のやりかたがわからずに悶々としていた・・・という暗い状況下から、そうせざるを得ないカタチで追い込まれて到達したのが、この合気道の境地だったというわけです。

たとえば自分を捨ててクライアントのことを考える、という考え方は、きれいな言葉でまとめてしまうと顧客重視の考え方といえます。ところが、多くのビジネス書が太字で使いたがるそんなきれいな前向きのポリシーに、箭内さんの思考はおさまらない。読んでいて感じられるのは、社会やカイシャに不適応な弱者の視点であり、けれどもその弱さを強さに転じた反逆性です。それがぼくにはとても魅力でした。

そもそも箭内さんは、金髪だったりする(笑)。もと博報堂にお勤めのアートディレクターだから当然だとはいえますが、金髪だけれど礼儀正しいひと、らしい。見た目の派手さは演出だ、と言い切るあたり、計算してサラリーマンとしての自分を武装しています。自分がない、といっておきながら、他人に与えるインパクトは整然と測っているところは、実はなかなかのやり手です。

その作られたスタイルが誠実ではない、という視点もあるかもしれません。しかし、ぼくはこういうスタイルが好きですね。

というのは、ビートルズをはじめとするモッズ系の音楽では、きちんとスーツを着てネクタイを締めながら、エレキギターを抱えてロックをやる。若いぼくはそのミスマッチなスタイルに打ちのめされました。制度や制約に縛られながら、何かをぶち壊すような表現をするひとたちに、ぼくはずっと憧れていました。それが本物のプロだと思います。制限のないところでやりたい放題をやるのは幼稚だと思うし、制限があるからこそ破壊してやる、という気概も生まれるものです。

箭内さんの文章は非常に読みやすく共感するところも多いせいか、ずんずん読み進めることができました。しかし、ぼくが感じたのは、これはわかりやすいけれど一筋縄ではいかない過激さがあるなあ、ということでした。

というのは体系化できないんですよね。型に嵌まるな、と言っているそばから、相手に合わせなさい、などという矛盾を語っています。通常、このようなビジネスの指南書は、3つのポイント、とか、5つの心構え、のように箇条書きにして論理を整理できるものです。しかし、箭内さんの主張は、そのような体系化を拒む何かがある。

そして、箭内さんご自身も語っていますが、この本に感化されて、じゃあちょっと箭内の生き方を真似してみるか、と表層だけ箭内スタイルでいっても、うまくいかない気がします。というのは、7年以上も鬱々と考えつづけた過去があるからこの突き抜け方ができるわけで、その重みなしに形式だけ真似しても、きっとうまくいかない。

ほんとうはひとつひとつ引用して、その考え方を検証してみたい気もするのですが、やめておきます。もしこの文章を読んで、なんとなく気になった方がいれば、ぜひ書店で内容をちらりと読んでみてください。

実は、先日「風に吹かれて。 」というエントリーを書いたあとで何気なく書店に行ってこの本をみつけて、ああ、同じようなことを考えているな、という偶然にびっくりしました。その後、ブログで何を書きたいかということについてもまとめたのですが、箭内さんが前書きで書かれている次の言葉が参考になりました。少し長文ですが引用します。

僕は決して人の心を癒すカウンセラーではないし、自信を持って答えを出す先生でもありません。この本を手にしてくれた人に「悩める若者たちよ、元気を出せ」みたいなことを言う気もありません。ある意味で、鬱々としていた昔の僕のままです。
ひとつ気をつけていただきたいのは、袋小路でぐるぐる悩むのも実は重要だということ。行き止まりにいる時間や経験が後々の自分の力になっていくこともまた確かなんです。まだ壁に突き当たったばかりのときに、この本を読んで「なんだ、力を抜いていい加減にやればいいのか」と思ってしまうのはもったいない。だから、ある程度は自分で悩んでいただいた上で、状況打開のヒントとしてこの本を利用してほしい。
自分ひとりで思いつくことなんてあまりにも小さい。
目の前の相手と向き合ってそこから生み出せばいい。
そのことに気が付いて僕は少し楽になりました。
流されるからこそ遠くへ行けるのだと。

同感ですね。「苦しんでいたかつての僕と同じように社会のシステムや会社の仕組みにうまく適応できない人たちに有効なのではないか」という箭内さんの言葉を真摯に受け止めました。

ぼくもただ単純にきれいなこと、明るい言葉を語るのではなく、鬱々として悶々とした状況を突き抜けて、しなやかな強さの境地に辿り着きたいと思っています。だから箭内さんの言うことがわかる。

この本を下敷きにして、ぼくはどう考えるか、自分なりのテツガクやスタイルを構築できるか、そんなことを考えていきたい。とてもよいきっかけを箭内さんから与えていただきました。10月3日読了。

投稿者 birdwing : 2008年10月 8日 02:06

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