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2009年12月12日

[DTM作品] We wish...

「We wish...」につづくことばは、「you a Merry Christmas.」です。

いつの間にか世間はそんな季節になってしまいました。今年は身体的にも精神的にもまいってしまって、自分的には夏から時間が止まっています。悪戦苦闘した夏を引き摺ったまま秋と冬を迎えました。とはいえ、ぼくの事情はさておき、うちにもクリスマスのデコレーションが飾られるようになりました。安物のクリスタルのツリーとか、サンタの人形とか、あるいは太陽光の充電式による玄関のイルミネーションとか(夜になると点滅する)。賑やかです。

玄関にはリース。

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雑貨屋で買ったチープな置物だけれど、色鉛筆の箱に乗せると、ちょっとした雰囲気があります。

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家の近くのショッピングモールには、大きなツリーが飾られていました。

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ブログの更新は滞り、DTMをする余裕すらなかったのだけれど、ようやくある日、夢のなかで音楽が降ってきました。そこで久し振りにDAWソフトを立ち上げました。が、使い方を忘れてしまって困惑。不調な状態ですこしずつ組み立てていき、SONAR付属のソフトウェアシンセサイザー(TTS-1)の打ち込みだけで作っています。ほとんど同一コード進行の繰り返しを変奏した単純な曲です。

一般的に受け入れられる曲調を意識してしまったため、ありふれた感じになってしまったのが残念ですが、ブログで久し振りの新曲を公開してみます。


■We wish...(4分00秒 5.49MB 192kbps)

作曲・プログラミング:BirdWing


作品を聴いていただけば語ることは何もない、のかもしれません。とはいえ、何度もブログで書いている通り、曲を作りながら、ぼくは表現とは何かについてさまざまなことを考えます。考えたことを書いてみたいとおもいます。メイキング、あるいはネタばらし的なので、せっかく読んでいただいても幻滅するかもしれないのですが、参考までに。

まず最初の動機として、エレピ+16ビートの無機的なドラムスで雰囲気のある曲を作りたいとおもいました。このときイメージする定番といえば、フィル・コリンズの「One More Night」でしょう。80年代の名曲です。

■Phil Collins - One More Night

あるいは、邦楽でいうと、かなり古いのですがKANさんの「東京ライフ」。

■KAN/東京ライフ

「東京ライフ」を聴いたのは、めちゃめちゃぼくが若い頃ですが、「ツルモク独身寮」というマンガがありました。そのなかで歌詞が引用されていて、なんかよさそうな曲だなあと感じてCDを借りてきました。この曲、結構泣けたっけ。

4091816517ツルモク独身寮 (1) (ビッグコミックス)
小学館 1988-09

by G-Tools

さて。個人的な創作、表現に関する考えを述べてみますね。

文章にしても音楽にしても、まったくオリジナルなもの、独創的なものはあり得ないと考えます。もし、そんなものがあるとすれば、宇宙人にすら理解されない。この世界にはまったくない表現になり、他者の共感どころか理解を生むことさえできません。

どこかで古い文章や音楽の文脈(コンテクスト)を引き摺っているからこそ、ぼくらはその音楽や文章に、ああ、これわかるよ、いいね、という共感を抱くことができる。フィル・コリンズやKANさんの音楽を挙げたのもそのためです。真似といってしまうと陳腐になりますが、真似ではない。憧れといったらいいでしょうか。だから創作の動機になっていても、まったく同じものにはなりません。というか、能力的に未熟な部分も多分にあるため、ぜったいに同じにはなれないわけです。もちろん、伝統的な作品の引力から離れて、どれだけ自作の曲を差異化するか、ということも重要なポイントになります。

継承する表現の何を選ぶか。つまり、どういうコンテクスト(文脈)のなかで文章を書き、音楽を作るかによって、その作者の個性が生まれる。

しかし、個人的な趣向をいえば、ぼくはポップスを作りたいと考えています。ポップスのよいところはJAZZ的なエッセンスも、クラシカルなフレーズも何でも取り込むことができる。雑多に、貪欲に、さまざまなものを取り込めるのがポップスのよさです。

正統派のJAZZのひとや、クラシックのひとからみれば「そんなものはホンモノじゃない」といわれるかもしれないのですが、あらゆる音楽から拝借できるところがポップスの柔軟性、よいところだとおもいます。だから、ブリティッシュロックならブリティッシュロック、ミニマルテクノならミニマルテクノというように、ピンポイントで制作する音楽を限定したくない。垂直的な志向性にあるのではなく、水平的な志向にあるといえるかもしれません。

先日、エントリで紹介した宮本笑里さんも、ヴァイオリニストとしてクラシックからポップスまでさまざまな活動をされています。しかし、あらゆる曲に宮本笑里的な表現が際立っている。ジャンルを横断しつつ、ご自身の世界を確立するのは簡単なことではありませんが、そんな凛とした姿勢に惹かれます。

ブログに関しても同様のことを考えていて、ハイブロウな文章も書けるようになりたいし、家族の日々を取り上げたアットホームな文章も書きたい。全方向型というと節操がなくなりますが、ぼくが関心のある分野を受け止める、しなやかな思考をもっていたい。

ところで、広く浅く志向性を定めると、擬似的な世界、悪くいえば似非になる可能性もあります。

たとえば音楽制作でいえば、ぼくはステップ入力という方法で曲を作るため、鍵盤を弾いていません。PCの画面上で、一音一音、棒のような音を方眼紙のような升目に置いていく。空き瓶のなかにマッチ棒で帆船を組み立てるような作業で(ポール・オースターの「最後の物たちの国で」という小説に、そんな登場人物がいました)「We wish...」も作っています。

ソフトウェアの画面は、こんな感じです。以下は、SONARというソフトの入力画面を2つ並べてみました。最初のエレピの部分です。

dec01_re.jpg

左側のウィンドウのような楽譜表示も可能ですが、ぼくは右側のウィンドウのような、マウスで棒(=音)を置いていくピアノロールという画面で曲を組み立てていきます。オルゴールのピンを刺すような感覚です。慣れるとだいたいの位置感覚を空間的につかめるようになる。とはいえ、楽器を弾けるひとにとっては、何その音楽の作り方?ばーんと弾いて録音すれば一発で終わるじゃん、という、みょうにちまちました作り方かもしれません。

したがって、ほんとうにピアノが弾けるひとにとっては、「この音はあり得ない」という音になっているかもしれません。指が十三本なければ弾けないとか、親指と小指の距離がものすごく離れたでっかい手のキーボーディスとではなければ弾けないとか。

その非現実的なシミュレーションを、どこまでほんとうの演奏に近づけていくか、ということが課題でもあり、逆に、ほんとうの演奏とは切り離して音を作っていくこともひとつの方法論になります。どちらかを選択するわけではなく、どちらも楽しい。たとえば楽器の音域や、かっこよく聴こえるフレーズを研究して、データに反映する。どうしたら、サックスのかすれたような音が再現できるか考える。そんな時間は、自分を忘れて夢中になれる至福のときです。

ぼくはあえて目標を定めませんが、作りつづけていくなかで変わっていけばよい。行動しつつ考える、というスタイルです。考えるけれど行動しないのはダメ。評論家にはなりたくありません。どんなに稚拙な作品であっても、プロトタイプであっても、作品を提示する、ブログをデザイン・構築してみる、文章を書いてみる・・・という実践のなかで、どこかへ到達したい。

と、そんなことを考えながら、日々、ブログを書いたり趣味で音楽を制作したりしています。いちばん大事なことは、時間を忘れて没頭しつつ楽しむ、ということでしょうか。仕事も、ひととの関係もそうでありたいものです。

では、みなさんも素敵なクリスマス、楽しい年末をお過ごしください!

風邪も流行っています(息子のクラスも学級閉鎖になりました)。体調にも十分気をつけてくださいね。

投稿者 birdwing : 2009年12月12日 16:58

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