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2010年4月24日
「一勝九敗」柳井正
▼book10-08:スマートな経営論から学ぶ思考と実行の軌跡。
一勝九敗 (新潮文庫) 新潮社 2006-03 by G-Tools |
ユニクロのウェブプロモーションが好きです。洗練されていて、おシャレで、クオリティが高い。映像はもちろん音楽もいい。
2007年6月から展開されているUNIQLOKは、時報に合わせてユニクロの服を着たモデルさんが踊る時計のコンテンツです。ブログパーツとしての利用も可能で、かつて「カンヌ国際広告祭」をはじめとして、世界の3大広告祭すべてのインターネット部門でグランプリに輝いたそうです。その後リニューアルを繰り返して、現在もUNIQLOK6として継続されています。
その他、ユニクロの一連のウェブプロモーションは、ユニクロのサイトの「プロジェクト詳細」のページに掲載されています。それぞれが色とりどりで楽しい。低価格でありながら高品質という製品の特長をきちんと表現しています。
最近、面白かったコンテンツはUTweet!でしょうか。
UTはユニクロのTシャツ専門店で、企業コラボも含めてさまざまなキャラクターによる商品が揃っています。そのTシャツの「T」とTwitterのTweetを絡めて、トップページでツイッターのアカウントもしくはキーワードを入力すると、Tシャツのプリント絵柄のような画像で、投稿されたつぶやきが音楽に合わせてリズミカルに画面に表示されます。
ツイッターのアカウントを持っていなくても、キーワードの入力で楽しめるところがいいですね。自由にキーワードを入力すると、そのワードを含むつぶやきを抽出してムービーでみせてくれます。
ウェブプロモーションひとつをみても、ユニクロらしさ、つまりユニクロのブランド価値観が示されています。そこには一貫性があり、高い品質が維持されている。小売・流通の業界、あるいはアパレル業界には詳しくないのですが、ユニクロのブランドは確固としたポジションにあると感じられます。ファーストリテイリング元社長の柳井正さんも、さまざまなメディアで取り上げられていて、カリスマ経営者という印象を受けました。
「一生九敗」は、柳井正さんの視点からユニクロの歴史が書かれた本です。
父の経営する「メンズショップ小郡商事」を出発点として、製造小売というビジネスモデルで店舗数を拡大し、一部上場から世界展開へと事業を発展させていく歴史を柳井さんが自叙伝的に書き記されています。単行本が発行されたのは2003年だそうですが、時代の古さを感じさせません。
柳井さんの経営に対する考え方、事業展開はとても"スマート"であると感じました。しかし、見かけだけのスマートではありません。思考と実行が直結したスマートさです。
広告クリエイティブに対する姿勢も実直です。ひとことで言ってしまうと"徹底した顧客志向"なのですが、ワイデン社のジョン・ジェイ氏が主張する「日本のテレビCFは「大きい音を出したり、おもしろおかしくやったりして奇をてらいすぎである」という批判に耳を傾け、「視聴者に対する敬意」を重視します。その結果、ユニクロは広告を次のように考えます(P.93)。
ユニクロの広告は視聴者に敬意を表して、見ている皆さんのインテレクチュアルな部分に頼るものにしたい。一方的に伝えるのではなく結果的にきちんと「伝わる」ようにしよう。そういう広告を作ろうということになった。広告の本質を知っている彼はすごいと思った。
日本中にあふれている雑誌の類も、読む人にまったく敬意を表していないのではないか。編集者側に表面的な商業精神が蔓延していて、読み手に対する敬意を持った雑誌が少ないと感じる。刹那的に人目をひくのではなく、書き手や誌面のクオリティを高めるのが発信者側の責任だと思う。
視聴者に対して敬意を表す姿勢が、ウェブのプロモーションにも中核に据えられていると感じました。
広告の受け手、視聴者は馬鹿ではないのです。クリエイターが高い場所から視聴者を見下していれば、そのような姿勢や思考は見透かされます。クリエイター自身が楽しんで作ることは構わないとおもうのですが、視聴者なんてこの程度でしょう、という驕りが感じられる広告。それは視聴者に敬意を表していません。
ホンモノの広告はきちんと丁寧に作り込まれているし、表層ではなく、広告主の考え方がきちんと伝わります。では、どうすればそういう広告ができるのか。次のように語られています(P.121)。
日本の広告代理店の力はよくわかっているつもりだ。しかし丸ごと任せてもわれわれが思っているようなCFはできない。広告は広告主がやるもので、クリエイターや広告代理店がやるものではない。広告主が自分たちで企画して作り、一つの機能としてクリエイターや広告宣伝会社を使うという方式でないとうまくいかない。
小売だけでなく、製造(工場)も自分たちで管理しようと考えた柳井さんらしい姿勢です。
この考え方の延長線上に"自分でやる"という実行力と責任を重視する企業哲学があります。どんなによいアイディアでも、思考段階で終わってしまったら絵に描いた餅でしかありません。本書のなかでは、実行する、変革することの重要性が何度も繰り返されます。机上の空論で終わらせずに、難題に挑戦し、実現する覚悟を求めています(P.213)。
しかし、ひとつだけ注意しておきたいのは、挑戦と実行を支える「覚悟」があるかどうか、ということだ。当社の社員たちは頭で勉強している人が多いので、ビジネスモデルや戦略計画という部分ではまったく問題ない。しかし、それだけでは机上の空論に終わってしまう危険性がある。実際に泥にまみれて「現実」というステージの上でやっていけるかどうか。これが最終的には問われることになる。
本書のタイトルにも通じる次の箇所は、本書のなかでも重要な部分ではないでしょうか(P.236)。
一直線に成功ということはほとんどありえないと思う。成功の陰には必ず失敗がある。当社のある程度の成功も、一直線に、それも短期間に成功したように思っている人が多いのだが、実態はたぶん一勝九敗程度である。十回やれば九回失敗している。この失敗に蓋をするのではなく、財産ととらえて次に生かすのである。致命的な失敗はしていない。つぶれなかったから今があるのだ。
もうひとつ大事なことは、計画したら必ず実行するということ。実行するから次が見えてくるのではないだろうか。経営者本人が主体者として実行しない限り、商売も経営もない。頭のいいと言われる人に限って、計画や勉強ばかり熱心で、結局何も実行しない。商売や経営で本当に成功しようと思えば、失敗しても実行する。また、めげずに実行する。これ以外にない。
極端に言えば、あらゆる計画は机上の空論だ、とぼくはいつも思っている。いかに努力して計画しても、現実にブチ当たってみるまでわからないことが多い。逆に、自分で計画しないと机上の空論さえもできず、実行することもできない。
あるいは次のようにも説かれています(P.137)。
「頭だけで考えて経営することの危険性」ということをもう少し説明しよう。
極論すると、商売というのは実践である。経営も実践。頭だけで考える、あるいは知識先行で考える人は、課題や問題点を全部整理して、優先順位をつけて、「これはこういうことです」という現状分析だけで停止してしまい、実践までたどり着かない。実践できたとしても、実践しながら今度は考えなければいけない。実践しながら考えるというのは、「身体を使う」ということであり、場合によっては単純なことを繰り返してやらないといけないこともある。当然、時間もかかるし、思ったようにはいかないことが多い。実践がともなわず頭だけで考えると、すべて机上の空論に終わってしまう恐れがある。もちろん、実践にこだわるあまり、改革を考えられなくなることの愚は言うまでもない。
"実践しながら考える"ということ。
この箇所は表層的にことばだけ読んでしまうと非常にスマートなのですが、現実的には、「泥にまみれて」「身体を使う」ことによって事業を拡大してきた柳井さんの実績があります。さっと読み進めたあとで再度読み直すと、ユニクロという事業を軌道にのせて拡大させた経営の重みを感じます。
経営論のようなカタチに昇華し、考え方の枠組みだけ抽出しているためにスマートに感じられるのだけれど、数値目標との闘い、人材育成などに関する汗みどろの取り組みがあったのでしょう。
思考と実行を併走させる考え方で想起するのは、アメリカのIT関連ベンチャー企業です。アップルコンピュータやグーグルにしても、試行錯誤をして失敗から学びながら成長してきました。実際に柳井さんは、そうした企業のモデルに関心を持たれているようです(P.131)。
ぼくは、アメリカのハイテクベンチャーなど最先端企業の急成長に、つねに興味を持ってきた。彼らは自分たちの夢を実現し、社会を変えていった。逆に言えば、社会を変えたいという信念をもっていたために実現できたともいえる。そう意識しない限り、急成長できなかったし、高収益もありえなかったと思う。
現場ばかりを見据えていると、目先のことに追われて夢や志を失いがちです。業績低迷の危機感からオール・ベター・チェンジ(ABC)改革も実施されたようですが、夢や信念、志のような屋台骨があったからこそ、ユニクロは逆境を生き残ることができたのではないでしょうか。
ところで、そんなユニクロと柳井さんの考え方に触発されつつ、最近、自省して考えることがあります。それは3つの自戒です。言葉化することによって自分も変えていきたいとおもうので書き留めてみると、ひとつめは、
「そのことばは身体から出てきたか」
ということです。
きれいなことばを使うことは容易いし、耳にやさしいことばに惑わされることも多くあります。ものごとの上っ面だけを誤魔化すことばもあります。けれども、そうしたことばは軽く脆いものです。流行だから、誰かが言っているから、という空気に流されて発した形骸的なことばは消えてしまうのも早い。一方で孤独のうちに自分のなかでじっくりと思考し、身体の底から生まれたことばは重い。
ふたつめは、
「その思考は世界を視野に入れているか」
ということ。
NHKの「龍馬伝」で坂本龍馬が脱藩し勝海舟に会いに行き、藩も幕府もない「日本人」になる、と熱く語る場面がありました。自分の周囲3メートルぐらいの範囲で生きているぼくは、自分のことだけでもせいいっぱいです。できれば、他者のこと、他者がつながる広い世界のことに目を向けたい。グローバルという観点ではなく、ゲイジュツにおける世界観という意味でもよいのですが。
みっつめは、
「その約束は実行できるか」
ということです。
ユニクロの柳井さんの本から、実行することの大切さを感じました。影響を受けました。どんなにすぐれた計画であっても、実行しなければ机上の空論にすぎません。まずは自分に対して約束ごとを決めたい。大袈裟なものではなくてもいいでしょう。朝は早起きをして「おはよう」を必ず言うこと、程度で構わない。けれども一度決めたら、愚直に約束を守り通したい。
これはプライベートレベルの理念のようなものですが、「一勝九敗」を読んで、企業において頑強な倫理観を確立する重要性も感じました。本書の後ろにはユニクロの経営理念の詳細な解説があり、ひとつひとつが納得できるものでした。経営理念とは別に「起業家十戒」と「経営者十戒」が掲載されていたので、最後に引用します(P.231)。
起業家十戒
- ハードワーク、一日二十四時間仕事に集中する。
- 唯一絶対の評価者は、市場と顧客である。
- 長期ビジョン、計画、夢を失わない。
- 現実を知る。その上で理想と目標を失わない。
- 自分の未来は、自分で切り開く。他人ではなく、自分で自分の運命をコントロールする。
- 時代や社会の変化に積極的に対応する。
- 日常業務を最重視する。
- 自分の商売に、誰よりも高い目標と基準を持つ。
- 社員とのパートナーシップとチームワーク精神を持つ。
- つぶれない会社にする。一勝九敗でよいが、再起不能の失敗をしない。キャッシュが尽きればすべてが終わり。
経営者十戒
- 経営者は、何が何でも結果を出せ。
- 経営者は明確な方針を示し、首尾一貫せよ。
- 経営者は高い理想を持ち、現実を直視せよ。
- 経営者は常識に囚われず、柔軟に対処せよ。
- 経営者は誰よりも熱心に、自分の仕事をせよ。
- 経営者は鬼にも仏にもなり、部下を徹底的に鍛え勇気づけよ。
- 経営者はハエタタキにならず、本質的な問題解決をせよ。
- 経営者はリスクを読みきり、果敢に挑戦をせよ。
- 経営者はビジョンを示し、将来をつかみ取れ。
- 経営者は素直な気持ちで、即実行せよ。
投稿者 birdwing : 2010年4月24日 20:57
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