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2010年4月18日

サマーウォーズ

▼cinema10-06:現実と仮想空間、コミュニティのあたたかさ。

B0030680TYサマーウォーズ [DVD]
バップ 2010-03-03

by G-Tools

雪が降ったり霙が降ったり春らしくない天候です。そんな季節に「サマーウォーズ」。季節にまったくマッチしないタイトルの映画について、いまさらながら書くことにします。すこし前にDVDで観た映画の感想です。

そもそもアニメ映画自体、あまり観ません。嫌っているわけではないけれど、あまり食指が動かないというか、観る機会がないというか。そんなわけでアニメ業界の動向や制作の背景には詳しくないのですが、この映画はとてもよくできていると素直に感じました。泣けました。いい映画です。

物語の主人公は、数学オリンピックの日本代表になれなかった物理部の高校生、小磯賢二(声:神木隆之介くん)。おとなしくて線が細くて、いわゆる草食系の男子です。彼は部室のパソコンを使って、仮想空間OZのメンテナンスのバイトをしていたのですが、かわいい剣道部の先輩、篠原夏希(声:桜庭ななみさん)から夏休みの短期バイトを誘われます。

バイトの内容は聞かされていなかったのだけれど、実は夏希といっしょに長野県上田市の田舎の大おばあちゃんの誕生日に参加し、彼氏(というよりも婚約者)の代理をすることでした。

由緒ある陣内家の大おばあちゃんの誕生日には、たくさんの親戚が集まります。陣内家は女系の血統で、オンナが主導権を握っていて強い。その一方で、佳主馬というパソコンに夢中なハッカーの少年がいたり、陣内侘介という先代の隠し子で高学歴でアメリカに渡ってしまった男が登場したり。

代理彼氏としてすごす夏休みのある日、賢二のケータイに、不可解な数字を羅列した暗号のようなメールが届きます。数学好きな彼は、おもわず夢中になって、夜を徹してその暗号を解いてしまう。

ところが次の日の朝、彼が起きると、テレビで彼のアバターが仮想空間OZを混乱に陥らせていることが報道されていました。悪質ないたずらの犯人が賢二であるというのです。しかし実際には、「ラブマシーン」という人工知能型のウィルスに彼のアバターは乗っ取られていたのでした。

仮想空間OZのシステムは、現実のライフライン(水道、電気、交通情報、消防や警察など)にも直結しているため、現実世界も大混乱。なんとかしようと賢二は試みるのですが、次第に「ラブマシーン」は力を拡大して暴走は歯止めがなくなって・・・。

のんびりとした長野の田舎で大勢の親戚が集うコミュニティと、OZというどこかセカンドライフ(まだある?)をおもわせる最先端のネットコミュニティ。リアル/バーチャルのコミュニティが交差するストーリーの落差が大きくて、とても楽しく感じました。

この映画のみどころは、ひととひとの「つながり」です。

AI機能を持つウィルス「ラブマシーン」が現実世界の交通や消防システムなど社会を混乱させているとき、陣内家の大おばあちゃんは、政治家や諸官庁のトップなど各方面のキーマンに「電話」で「あんたがしっかりしなけりゃ」というように激励を飛ばします。古い手紙などをひっくり返して、とにかく自分ができる限りの手を尽くします。

感動しました。人脈が大事とはよく言われますが、ネット上のフォロワー数やマイミク、フレンドリンクがイコール人脈であるとは限りません。異業種交流会で入手した名刺や、合コンで集めたアドレスの数が人脈だと考えていると、単なる錯覚であることも多い。手紙をやりとりするアナログな間柄であっても、危機的な状況のときに話が通じる相手は信頼によって結ばれています。タラ・ハントが「ツイッターノミクス」で強調するウッフィー(信頼)を蓄えた、貴重な人脈であると感じました。それは親戚や家族であっても同様です。

陣内侘介は、大おばあちゃんにとっては先代の愛人の子供です。親戚一同から疎外されても仕方ない立場にいます。侘介自身も部外者としてのコンプレックスを抱えていて、陣内家に対して斜に構えている。しかし、大おばあちゃんは、人の道を外れた彼の行動に対してはきちんと激昂して叱るとともに、それでも家族の一員として迎え入れます。この寛容さがあったかい。

そんな田舎の風景と相反するように展開されているのが、バーチャルリアリティ上のコミュニティです。OZという世界は、高度なセキュリティに守られて、アバターで自由なキャラクターを設定でき、世界中のひとたちと交流できる、という特長がキャッチコピー。実際に現在のインターネットでは、ここまで追いついていない印象がありますが、デジタルな世界のつながりはとてもクールです。映画冒頭のシーン、このOZのプロモーションをYouTubeから引用します。

地方の行政機関のネット化はまだまだではないかとおもいますが、近い将来、このOZというシステムのように、仮想現実が整備されていく可能性も考えられます。決して遠い未来の話ではない。なにしろいまは21世紀なのですから。

陣内家の狭い一室に引き篭もっているかのようにみえる佳主馬は、OZの世界では格闘王キングカズマとして世界に名前の知れた実力者です。この陽と陰のコントラストも興味深い。

ぼくは彼のような存在も肯定したいですね。というのは、ネットもリアルの一部であるとおもうので。海外ではネットの稼ぎで生活できたり、ブログの世界における著名人もたくさんいるとおもいます。田舎に暮らしながら(しかもまだ年齢も若いのに)、実は世界的な実力者であるという寡黙な佳主馬はかっこいい。

佳主馬は13歳だけに未熟であり、こころの弱さもあります。しかし、目の前にあるパソコン端末からの入力が世界の命運を左右するとすれば、そのプレッシャーに耐えうるひとがいるでしょうか。長野の片田舎にある一室のパソコンが世界の存亡を握っている、という状況には手に汗を握るものを感じました。最後まで闘おうとする佳主馬をはじめ、陣内家のひとびと、そして賢二の力強さに打たれました。勇気を教えてもらった気がしました。

一方で映画を観終わったときの批判的な感想を想定すると、リアルとネットの二元論からネット批判が生まれるだろうことも想像できます。やっぱりシステムに全面的にライフラインを預けるのは無謀だ、結局リアルの人間のつながりがいちばんだ、ゲームはアブナイ、というような保守的な批判が。

しかし、いまぼくらが生きて日々生活をしている現実も、ネットと密接に連携し、その境界は曖昧になりつつあります。長野の田舎と先端の仮想空間を舞台にした「サマーウォーズ」に、これはSFなのだから、と客観視できないリアリティを感じました。マクロな視点でみると、現在はまだ大きな過渡期といえるでしょう。けれども、ネットの重要性は拡大しつつあります。非貨幣市場などが注目されるにつれて、ネットの世界における人間的な信頼などが重視されるようになりました。ネットは隔離された世界ではなく、現実世界の一部です。

「サマーウォーズ」では、自衛隊の戦略情報システムは出てくるし、スーパーコンピュータが運び込まれて氷で冷却されるし、電源確保のために漁船まで庭に運び込みます。あり得ないドタバタぶりが楽しかった。アニメ映画ならではの大袈裟な演出ですが、仮想空間だけの闘いではなく、現実に生きるひとたちも闘っているわけです。リアルとバーチャルをつなぐひとのつながりがリアリティをもって感じられました。

虚像のようにかすれていくリアリティもあります。夏休みということばの響きには一種の甘さが感じられます。「ぼくの夏休み」というプレイステーションのゲームがあったことをおもい出しましたが、自然のなかですごす田舎のひと夏の経験は、もはや郷愁の世界として失われつつあるのかもしれません。この映画で描かれた長野の田舎の夏休みのような風景は、いつしか映画やゲームのなかだけのフィクションに変わってしまうのでしょうか。

実際に田舎で少年時代の夏をすごした経験を持つぼく(ら)には、「サマーウォーズ」の世界はノンフィクションとして受け入れることができます。襖をぶち抜いた実家の広い部屋で、親戚やその子供たちがあつまって、みんなで食事をしたりスイカを食べたりしたっけ。蚊取り線香を焚いて、かやのなかで寝たこともありました。大きな長机の上にのったおばさんたちの手作りの料理を食べながら、わいわい語り合いながら酒を飲む大人たちの姿も脳裏に浮かびます。

そんな親戚の集りはいまは希少です。法事のときぐらいでしょうか。もちろん帰省するふるさとがあり、正月や夏休みには田舎の体験ができる子供たちもいることでしょう。けれども、これからの子供たちにとっては「サマーウォーズ」で描かれた風景を比較すると、仮想空間より現実シーンのほうがリアリティのない虚構として定着する恐れさえあります。つまりバーチャルなOZのほうが、懐かしい「ふるさと」におもえるかもしれない。すこし寂しく感じました。

いつの間にか、ぼくも東京人になりました。田舎の生活はいいもんだ、とぼくには言えません。田舎が嫌で東京に出てきた強がりもあります。スローライフだとか、田舎へ引っ越そう、のようなブーム的な地方崇拝には、個人としては、違うとおもうんですけど、という異議を唱えたいぐらいです。率直なところ自然のなかに住んでいると昆虫はエグいし、草はうざったいし、田舎の近隣関係はじっとりと湿りがちで面倒なこと、しがらみもたくさんあります。東京のほうが情報は早いし、さっぱりしているし、便利なことも多い。

とはいえ、「サマーウォーズ」で描かれたひととひとのつながりや、親戚一同でとりあえず戦闘の前に飯を食うようなあったかさは、いつまでも残っていてほしいですね。ゆらゆら自論が揺れますが、ぼくらはノスタルジーと未来の過渡期にいるような気がします。そんな「はざま」にいる曖昧な現実に刺さる映画でした。

■トレイラー

■公式サイト
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投稿者 birdwing : 2010年4月18日 11:00

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