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2010年5月20日
空気人形
▼cinema10-07:ゴミに埋もれた代用品のこころ、空気のゆくえ。
空気人形 [DVD] バンダイビジュアル 2010-03-26 by G-Tools |
「あなたは空っぽだ」といわれて深く傷付いたことがあります。自分の本質を突かれたような気がしました。鋭い言葉で貫かれた身体のどこかから、空気が抜けていくようでした。せいいっぱい頑張って維持していた張力がぱちんと弾けて、しゅうっと風船がしぼんでしまうように。
空まわり、空虚、空しさ。かなしみには痛みで満たされるものだけではなく、抜き型のようにこころに穴を空けて生きる力を損なうものもあるかもしれません。空気が吹き抜けるようなかなしみ。自分のなかみが噴出してしまうような。
「空気人形」は、こころを持ってしまったダッチワイフの物語です。
ファミリーレストランで働いている冴えない中年の秀雄(板尾創路さん)は、古びたアパートに住み、ダッチワイフ(ラブ・ドール)に話しかけて、人形を抱くことでさびしさを紛らわせています。ところが、ある日、空気人形の「のぞみ(ぺ・ドゥナさん)」はこころを持ってしまう。部屋から抜け出して、老人やさびしい受付嬢や子供など、さまざまなひとに出会いながら、やがてDVDレンタルショップでアルバイトをするようになるのですが・・・。
監督は、是枝裕和監督。彼の監督作品としては、シングルマザーに置き去りにされた子供たちのサバイバルを描いた「誰も知らない」に衝撃を受けました。是枝監督は、雑然としたゴミに埋もれた世界、猥雑なものと美しいものを同時に描くことのできる監督ではないでしょうか。ゴミのなかに美しさを見出せるひとです。原作は業田良家さんの「ゴーダ哲学堂 空気人形」。懐かしく感じました。彼のマンガをすごーく昔に読んだっけ。
ダッチワイフは、男性が性欲処理のために使うオトナの玩具です。空気を入れて膨らませるタイプが多いようですが、高級なものになるとシリコンで作られ人間そっくりらしい。そういえば去年知人に教えてもらったのですが、バジリコという出版社から「南極一号伝説」というダッチワイフに関する本が出ていて、これがものすごく面白いとか。
もはや"代用品"とはいえないのかもしれません。オーナーは人形としての"彼女"を愛しているのでしょう。ラブ・ドールの高級品は一体数百万もするそうですが、コレクターは何体も収集するようです。
人形がこころを持つ、そして人間に憧れる、人間になる、という物語のルーツは「ピノキオ」なのかもしれません。このテーマはさまざまにカタチを変えたストーリーとして変奏されています。たとえば手塚治虫さんの「どろろ」も妖怪から人間になるための物語といえます。また、アンドロイド、ヒューマノイドからこころを持った人間へ、という領域に話を広げると「A.I.」や「アンドリュー NDR114」などの映画もありました。
が、「空気人形」の物語世界における醍醐味はSFではない、日常の雑然とした風景に溶け込むリアリティではないかと考えます。
人形からこころを持った人間に変わるシーン、ぺ・ドゥナの裸体がとても美しく感じました。雑然としたアパートの部屋から窓辺で雨の滴を手ですくうシーン、全裸の後姿が女性らしい。この女優どんな経歴なのかな、と調べてびっくりしました。「グエムル 漢江の怪物」に出ていた女性なんですね。たどたどしい日本語、ぎこちない動きが人形らしさを感じさせていい。あまりの脱ぎっぷりのよさにどぎまぎしましたが。
「空気人形」では、人形がこころを持つという不条理さを当たり前のように描き、登場人物たちも当たり前の日常として受け入れます。
性欲処理として扱われていた人形が、こころを持ってレンタルショップの店員に恋をする、さまざまな映画に興味を惹かれる、化粧をしたり毎日を楽しむようになるという流れは、妻=ワイフ(つまりはダッチ・ワイフなので当然なのですが)のメタファであると考えました。性欲処理を含めた日々のルーティンに飽きて「こころを失った」妻が、不倫などによって自分を取り戻して生き生きとする、という。
痛烈なアイロニーは後半に進むにしたがって、多様に、しかも深く展開されていきます。さまざまなディティールが絡み合い、是枝裕和監督はうまいなあと考えさせられました。
人物像を織り成すさまざまな登場人物のひとりとして、オールドミスの孤独な受付嬢が登場します。とある会社の受付で、彼女は若い派遣の女性の隣りで居心地悪く座っている。訪問者が話しかけるのは彼女ではなく、若くてかわいい受付嬢ばかり。昼休みは公園でひとり弁当を食べ、自分で自分に向けて携帯で話をして空しさに耐えている。
空気人形であるのぞみには、身体の脇にビニールを貼りあわせたのりしろの線があります。受付嬢のストッキングが伝線しているのをみて、空虚なこころを持て余している彼女のことを、のぞみは自分と同じ人形であると勘違いします。化粧を覚えたとき自分の身体にある線を消してもらってうれしかったので、ストッキングが伝線している受付嬢に、これでビニールを貼りあわせた線が消えますよ、と笑顔で化粧品を差し出す。細かい演出ですが、いいなあとおもいました。
もはや若くはない派遣の受付嬢には、代用となる人材はいくらでもいます。秀雄もファミリーレストランの料理人から、「おまえの代理なんて、いくらでもいるんだよ!」と叱責される。こころがあったとしてもダッチワイフと同じように、空虚な「代用品」でしかない。
"人形は燃えないゴミ、人間は燃えるゴミ"であり、結局は、こころがあっても生きていてもゴミにすぎない、という残酷な現実。このテーマは後半で研ぎ澄まされていきます。代用品として愛されること、それは他者の妄想に生きることであり、自分の人生を生きていない。しかし、代用品だから(人形だから)重苦しい葛藤もなく、気ままに付き合うことができる。
ファンには激怒されそうですが、歌声をAuto-Tuneで加工して個性を払拭したPerfumeのボーカルは、アンドロイド=ラブ・ドール的ではないかと考えました。アイドルは「お人形みたい」とよく言われますが、理想的な恋人の代用でもあり、遠くにいて会話が成り立たないからこそ安心して愛でることができます。また、どこか存在をフィギュア化しています。
ところが、意思を持ち始めた途端に人形たちは拒絶されてしまう。「空気人形」の映画で、新しい人形を買った秀雄に対してのぞみが抗議すると「こういうのが嫌なんや。もとに(もとの人形に)戻ってくれへんかな」のようなことを秀雄は言います。勝手だけれど、ぐちゃぐちゃな面倒がなくて一方的に話しかけるだけで都合がいいからこそ代用品なわけです。のぞみが恋をしたコンビ二の店員も、のぞみに過去の恋人の影を重ねていました。
息を吹き込む=生命を吹き込む、ことなのかもしれません。だから、空気人形は体内のなかにある空気が抜けるとしぼんでしまいます。えーと、余談なのですが、ウルトラマンがカラータイマーを取られたシーンをおもい出しました。ウルトラマンって、カラータイマーを取られるとしゅーっとしぼんでしまうんですよね。やつも空気人形か。
■ウルトラマンタロウ&帰ってきたウルトラマンVS泥棒怪獣ドロボン
ついでに、好奇心のおもむくままに、興味本位でヒューマノイドやラブドールを検索して調べてしまいました。これは凄い。
■リアルラブドール
ヒューマノイドでは、音声合成ソフトVOCALOIDを使って歌を歌わせる試みもあるようです。クオリティが高いですね。
■歌声合成ソフト VOCALOIDを使った 歌を歌うロボット「未夢(ミーム)」: DigInfo
し、しかし、ラブドールとかヒューマノイドばかりをみていたら、なんだか気持ちが悪くなりました(苦笑)。ううう、ほんとうに気分が悪い。この心理は「不気味の谷現象」と呼ばれるようです。人間からまったく遠いASIMOくんのようなロボットはかわいいのですが、人間に近くなると次第に嫌悪感が強くなる。しかし、「不気味の谷」を超えてしまうと感情的な嫌悪感はなくなるようです(Wikipediaの解説はこちら)
ゴミのような人間と、人間のようなゴミ。代用品のこころと、こころに満たされた空気のような魂。ときに空っぽなこころを持てあますのですが、それでも人間になりたい、人間でいたい。しぼんできた空っぽなこころに息を吹き込みつつ、生きていたいと感じました。そんなことを考えさせてくれるいい映画でした。
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■トレイラー
■公式サイト
http://www.kuuki-ningyo.com/index.html
投稿者 birdwing : 2010年5月20日 19:45
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