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2008年1月13日

「変人力」樋口泰行

▼Book08-001:知力と情熱で現場を変えるリーダーのために。

4478000832変人力―人と組織を動かす次世代型リーダーの条件
樋口 泰行
ダイヤモンド社 2007-12-07

by G-Tools

火中の栗を拾うという言葉がありますが、できれば厄介なことからは逃げていたいものです。面倒臭いことは避けて、のほほんと生きていたい。

しかし、逃走しているばかりでは面倒なこともないかわりに、大きな成功や成長も望めないのではないでしょうか。瑣末などうでもいいことはともかく、ほんとうに大事な事柄に対しては、どんなに面倒や厄介であっても、しっかり受けとめる必要がある。何が起ころうとも逃げない覚悟がひとを成長させるものであり、成功に導く。

最近、経営者のインタビューをよく読むのですが、志の高い経営者の共通項として、どこか遠い場所に夢を追いかけるのではなく、与えられた仕事をきっちりと受け止め、着実にこなす上で、その延長線上に夢を描いていく傾向があるように思いました。

若いうちにはなかなかそうはいかないですね。ぼくも同様だったのですが、こんな現状に耐えられるか!どこか別の場所に行けば違うんじゃないか?(・・・辞めてやる)と思いがちです。転職するときには、どうしても現在の会社に対する不満が原動力になっている。しかしながら、地獄も天国もいま存在するこの場所にある、と思います。この世界をよくも悪くも変えるのは、自分次第ではないか、と。

リーダーに求められるものは、自己はもちろん組織を変える力です。自分も変わらなきゃならないし、変える力を組織全体に波及させていく。自己を起点とした大きな力によって、組織全体を変えていく。というドライブさせる力を考える上で、「変人力」はとても参考になった本でした。

「変人力」は、ダイエーを再生し、現在はマイクロソフトのCOOに就かれている樋口泰行さんが、ダイエー再生時代の苦労について書かれた本です。とにかく熱い。行動力ばかりでなく知力にも溢れている。読み進めていて、感動のあまり感涙しそうになった箇所もいくつかありました。素晴らしい方だと思う。

かなり辛辣に再生前のダイエーを批判しているところもあり、そのストレートさにも打たれました。度重なるリストラの再生疲れによってダイエーの社内は病んでしまっていて、問題を指摘すると自分が責任を取らされるのではないかと捉え、言い訳ばかりをしている雰囲気だったとのこと。

また、社長は大勢の取り巻きと社用車に乗る慣わしだったため、樋口さんが就任後に単身でクルマのところまで行ったところ運転手が社長と気付かなかったなどのエピソード(P,27)や、樋口さんがかつてアップルコンピュータに勤められていた時代に、梱包に少し傷があっただけで「飛行機で持って帰れ」とダイエーの担当者に業者いじめをされたことなどが書かれています。

確かにどんなによい会社であっても、その規模や業績に驕り高ぶると志が濁りますね。

これは個人にもいえることで、オレはこんなに数字をあげているんだ、どうだ、と慢心した営業は、ぞんざいになったり謙虚さにかけるようになる。管理部門であっても同様ではないかと思います。

ところが、樋口さんは非常に謙虚な方です。いちばん泥を被らなければならなかった部分を、しっかりとご自身で受け止めて、ひとりで着々と進められた。ぼくが感動したのは、まず就任直後に全店舗の店長・支配人にご自身から電話をかけたということでした。263本の電話を土日を使ってかけたそうです。当然、店長や支配人は驚きます。「どちら樋口さんですか?」などという対応がある。次の言葉にも納得します(P.74)。

実は、それまでのダイエーでは、社長が店舗に電話をかけることはほとんどなかった。かけるのは、何か問題が起こったときだけ。そのため多くの店長が、社長からの電話は不吉な知らせとして、不安と恐怖を感じていたようだ。

こんな状況下では、前向きに仕事はできないでしょう。びくびくしながら指示待ちの状態になる。

フラットな組織ということが言われますが、階層はフラットになっていても権限が委譲されていなかったり、トップが報告を待っているだけではフラットである意味がないと思います。トップが安全な場所でふんぞりかえっているのであれば、硬直したヒエラルキー型の組織と何ら変わりはない。しかし、樋口さんが自ら実行された積極的に現場とコミュニケーションをとろうとする姿勢に打たれます。

コミュニケーションの活性化というと、じゃあ会議を頻繁に・・・などということにもなるのですが、大勢の貴重な時間を割いて集まって、発言といえば一部の社員だけ、しかも単なる報告だけの会議であれば、やる必要がない。どんなに短い対話であっても、リーダーや経営者と現場がダイレクトに1対1のコミュニケーションをすることによって、現場の担当者としても、こんな末端の人間の話を聞いてくれるんだ、という喜びが生まれる。それがモチベーションの向上にもなります。

樋口さんは閉鎖する店舗にも、ひとりで訪問して挨拶されたそうです。これも凄い。ふつうは社長がここまでしないですよね。というのはやはり泥を被りたくないせいもあるし、閉鎖する店舗の社員にとっては生活がかかった問題でもあるため、きつく非難されることもある。しかし、そういう面倒さやしんどさからも逃げずに、会社の方針を説いてまわった樋口さんの姿勢に感動しました。

初期段階で「売れる売り場」をつくるために「構造改革」と「営業力強化策」を推進、具体的には次の7つの課題への対応を考えられたそうです(P.46)。

①需要喚起策(広告宣伝、キャンペーン、価格政策)
②店舗人員増強、店舗オペレーションの強化
③店舗IT増強
④鮮度の向上
⑤人材育成
⑥品揃えの拡充
⑦店舗改造(改装)と環境・メンテナンス投資
⑧現場モチベーションの向上

書いてしまうと当たり前の印象もありますが、「当たり前のことを当たり前にやる」という考えがあったかもしれません。また、もれもなく重複もなく(MECE:Mutually Exclusive Collectively Exhaustive)課題が抽出されていて、コンサルティング的な思考ともいえます。そもそも樋口さんにはボストンコンサルティンググループに勤められていた経歴もあり、当然かもしれません(MECEはマッキンゼーの用語だったような気もするのですが)。

ぼくがなるほどと思ったのは、鮮度の向上に関しては、おいしい野菜を売ることに注力されている点で、ダイエーで売る野菜をフレッシュにすることが企業をリフレッシュすることにつながっている。これは非常にわかりやすい。店長としてもわかりやすいだろうし、消費者のイメージとしてもよいと思いました。

ダイエー再生における樋口さんの死闘は並大抵のものではなかったと思います。実際に、次のようにも書かれています(P.65)。

私は苦しいときに日記を書くようにしているが、ダイエー時代の日記を読み返してみると、毎回のように「苦しい、苦しい」と書いてある。その後に、「やるだけやってダメだったら、しょうがないやん。神様が見ててくれるよ。命、取られる訳やなし」と関西弁で記されている。愚痴を言うつもりはないが、本当につらい毎日だった。

誰かのせいにするわけではなく、苦しいことを苦しいと受け止め、それでも向かっていく。考えみると社長を評価するのは、株主や取引先も含めて社会という大きな世界です。「神様が見ててくれる」から、黙々と正しいことを行うのは並大抵の努力では不可能だと思うのですが、地道な継続が経営者には求められるのでしょう。

その死闘のなかで、これからのリーダーやマネージャーに必要な資質を次の3つにまとめられています。

「現場力」:現場の創意を最大限に引き出す力。
「戦略力」:人と組織を正しい方向に導く力。
「変人力」:変革を猛烈な勢いでドライブする力。

ひとつひとつを詳細に考えていきたいところですが長文化するので(苦笑)、それぞれについてぼくが最も印象に受けたことについて書いてみます。

■現場力

ここでいちばん印象に残ったのは、社長である樋口さんが閉鎖する店舗に挨拶に出向いたこと、みずから就任の電話をかけたことでした。いわゆる現場とのダイレクトなコミュニケーションです。さらに、「基本動作を徹底する」ということにも注目しました。現場における基本動作とは、簡単に言ってしまうと顧客志向であり、外部環境に目を向けるということです。社内政治などにばかり目が向くと、必然的に環境の変化が見えなくなります。事件は現場で起こっているんだ・・・ではないですが、やっぱり現場あっての仕事ではないか、と。

それから、ものすごく些細なことですが、会議中に黙っていたひとについては、会議が終了後に声をかける、あるいは何かあればメールなどでフィードバックさせるというのは素晴らしいと思いました(P.106)。黙っているひとに意見がないかというとそんなことはなく、実は熟考していることもあるものです。あるいは、考えるあまりにタイミングを逃してしまうことだってある。

また、会議ではどちらかというと声の大きいひとに流されがちですが、そんな発言は、場は盛り上がるけれども実行性の低い理想論ばかりということもある。個々のモチベーションを上げるという意味だけでなく、陽のあたらない貴重な意見を救いあげようとするきめ細かな現場への対応が参考になりました。

■戦略力

冒頭から「アカデミックな戦略論は役に立つのか」という問題を提議されています。このことについては、次の一文が答えになっていると感じました(P.118)。

つまり、戦略力を鍛えるために何より重要なのは、リーダー自身が現実のビジネスにどれだけ真剣に向き合ってきたか、どれだけ格闘してきたかにある。その要件を満たしたとき、机上の理論に「凄み」が加わる。

これは非常によくわかります。現場にいない人間が読み漁った理論で何かを語ろうとすると、どうしてもリアリティがない傍観者的な発言になる。だから、最初はどんなに幼稚であれ、自分でやってみることが大事かもしれません。やってみて失敗する。失敗から学ぶ。その繰り返しだけでも凄みは出ます。

その後、マクロの戦略観、ビッグピクチャー(全体俯瞰図)、マッキンゼーの創業者であるマービン・バウワーが考え出したFAW(Forces at Work)などの幅広い視野についての重要性が説かれながら、マクロの戦略観と現場をつなぐ「ブリッジング(橋渡し)」を重視されているところなど、説得力がありました。

一方で、ぼくも常に心がけたいと肝に銘じているのが、多様な視点の重要性です。多角的にものごとを見ることができる思考を獲得して、自分の幅を広げていきたい。このことをうまく言えないかな、ともどかしかったのですが、次の箇所で腑に落ちました(P.146)。

米国では、ビジネスパーソンの素養を現すときに「バンドウィドス(bandwidth)」という言葉が使われることがある。日本語に訳すと「帯域幅」という意味で、その人がどれくらい幅広い経験や知識を備えているかを表す言葉だ。バンドウィドスが広ければ、そのぶん処理能力は大きくなり、そこから伝達される他の機能も活性化していく。

日々貪欲に知識を吸収し、行動し続けていくことでしかないですね。帯域幅の広い人間になりたいものです。

■変人力

自分の正しさを主張すると、孤立することがあります。おまえは協調性を乱している、と非難される。

もちろん協調性は大事だと思いますが、お互いに足を引っ張り合って、行動を制限することにもなりかねません。この社内的な牽制によって、大局的にビジネスチャンスを逃してしまうこともある。であれば、たとえ孤立したとしても自分の価値判断のもとに、迅速に行動したほうがよいのではないか。もちろん企業内においては、企業全体にとって正しい(=利益をあげる)ことが優先されることが前提です。その前提を踏まえた上で、企業活動全体の利益に貢献できるのであれば、出る杭を恐れて和に甘んじることはないだろう・・・ずっとそんなことを考えていました。

ただ、それは非常に少数派の考えだと思っていたので、樋口さんの書かれたことを読んで、とても勇気付けられました。ああ、間違ってはいなかったんだ、と。日本HPとダイエーの2社の経験から、修羅場で企業を変革するリーダー像について、樋口さんは次のように書かれています。

今、こうした二つの経験を振り返って強く感じるのは、修羅場のリーダーには、オペレーションの能力以上にエモーショナルな能力が必要だということである。すなわち、周囲が何を言おうとも自分の信念を貫き通す力、底知れない執念で変革をやり遂げる力。言わば「変人力」とでも呼ぶべき力がチェンジ・リーダーに求められているのである。

日本の環境では和を尊ぶから難しい・・・などと考えてしまいがちですが、樋口さんは「ケプラーの第三法則」が日本に伝播される前に地動説を唱えていた江戸時代の麻田剛立という天文学者を引用されています。彼もまた変人扱いされていたらしい。そりゃそうでしょう。江戸時代に地球が動くなんてことを言っているのは、ぶっとんでいる。ところが彼のほうが正しかった。

しかし、変人が本当に非常識なのかと言えば、決してそうではない。むしろ、非常識なのは多数派の人たちで、後になって考えてみると変人こそが正しかったということは実に多い。歴史をひも解いてみても、そうした例は枚挙にいとまがないだろう。

むしろ問題なのは、変人になりきれないことかもしれません。信念を貫こうとすると、当然のことながら保守的なひとたちや、その目だった行動を快く思わないひとたちから誹謗中傷も受ける。そこで、やっぱやめとこうかな・・・と思って、ふつうのひとに戻ってしまう。ただ、そうやって個性を殺すことが実は組織全体の革新性を潰すことにもなりかねない。

樋口さんは変人力に必要な資質として次のふたつを挙げられています。

第一の資質「ぶれない軸を持つ」
第二の資質「異様なほどの実行力を持つ」

さらに多様性が変人力の原点であるとし、一方で「孤独な変人で終わらないために」として変人の在り方や留意点まで語られています。多少(あるいはかなり?)変人であるぼくには(苦笑)、この行き届いた配慮が非常にありがたいものでした。そして、改革をひとりの変人の孤独な活動ではなく、全社的なものにするためには、次のようにすべきであると述べられています(P.196)。

企業再生の現場で人を動かすのは、小手先のテクニックではない。魂と魂のぶつかり合いであり、気概の伝播である。その意味で、人材開発の手法として知られる「コーチング」や「エンパワーメント」とは一線を画すアプローチが求められる。。
喩えは悪いが、企業再生のリーダーシップは戦場におけるそれと同じではないかと思う。命を投げ出して戦う隊長の姿を見た兵士たちは、その姿に自然と共感して自らを鼓舞するようになると言われる。逆に、隊長の腰が引けていれば、兵士は動かなくなったり、逃げ出してしまうのではないか。

まさにそうですね。頑張っているリーダーの背中をみて、そこから立ち昇るオーラがスタッフに伝われば自ずと動くものです。逆に、安全な場所からおそるおそる指示を出すリーダーの言葉では、動かないかもしれない。知識や行動はもちろん、人を動かすときに熱意は重要な要素です。

それでは、こうした熱い思いをどこで、どうやって伝えればよいか。それは、いつでもどこでも真摯なコミュニケーションを繰り返す、ということに尽きる。資料に上手にまとめるのが重要ではなく、むしろ自分の中から自然と湧いてきた熱い思いを、自分の言葉で語り続けるということだ。借り物の考え方を棒読みするのではなく、様々な施策の根底にある思いを自分の言葉で熱心に語り続ける。そうした言葉が集まったときに、その人の哲学が相手に伝わるのではないだろうか。

樋口泰行さんの言葉にサムライを感じました。志を高く持ち、信念を貫けるよう背筋を伸ばしたいと思います。年もあらたまったことでもあり。1月1日読了。


投稿者 birdwing : 2008年1月13日 22:50

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