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2006年8月29日

リブート、そして旅の途中。

北海道に行ってきました。でかかった。うまかった。そして楽しかった。ホテルに泊まった夜、そして昨日の夜にも息子は寝ぼけて「うひょひょひょひょ」と笑っていました。きっといい夢をみたのでしょう。最高の快晴に恵まれて、とにかく素敵な旅行でした。

家族全員というわけではなくて、東京から行ったのは、ばーちゃん(つまりぼくの母親)とぼくと長男(9歳)というメンバーでした。実は、ぼくの弟が今年の春から北海道の勤務になり、このツアーのスケジュールを立ててくれたのは全面的に弟なのでした。現地でクルマであちこち案内してくれたのも弟です。すべて弟のおかげといえる。持つべきものはできのいい弟かもしれません。ありがとう、弟。そして、しょうもない長男でごめん。それにしても乗り物に弱い息子を気遣いつつ、ばーちゃんの突拍子もない質問に混乱しながら、とにかく密度の濃い3泊4日を過ごすことができて大満足です。

弟の話によると、北海道では東京の影響がかなりデフォルメされた形で出てしまうらしく、スープカレーなども流行っているらしい。実は最初の日に北海道大学でクラークさんにご挨拶をした後、デジタルカメラを地面に落としてしまって壊してしまったのですが、札幌のヨドバシカメラで、新しいデジタルカメラを購入してしまいました。3万円弱のそれほど高いカメラではないのですが、東京と同じヨドバシカメラがここにもあるというコンビニエンスストア的な便利さを感じつつ、品揃えが充実していることに驚きました。やはり旅行者の需要があるからでしょうか。とにかく、中国人、韓国人のほか、アメリカやオーストラリアからの外国人の旅行者も多く、最終日にラーメン共和国でラーメンと食べていたら、ウィリアム・ギブソンを読んでいた(たぶんひとりで旅行をしている)外国人のおばあさんに、うちの息子は「かわいいね」などと声をかけられてしまったのですが、東京よりもある意味で国際化されているような印象も受けました。

ノートパソコンを持っていくこともできたのですが、さすがにモバイルでブログを書くのはどうかと思いました。なにしろ、ビデオカメラとデジタルカメラで記録するだけでもせいいっぱいです。記録などしないで、自分の目と身体で旅行を楽しんだ方がどんなにいいだろうか、とふと思った。しかしながら、旅行から帰ってデジカメの画像とビデオの鑑賞会をしたところ、みんな大喜びだったので、ああ記録しておいてよかったなあ、というのが正直な感想です。結構しんどかったので。

それから、うちの夫婦はあまり携帯電話を使ってメールのコミュニケーションをしないひとたちなのですが、今回の旅行では、とにかくメールで頻繁に連絡を取り、しかも写真添付でコミュニケーションをしていました。要するにぼくは長男の写真、奥さんは次男の写真を添付しながら交信するのですが、なるほど、便利な時代になったもんだなあと思いました。しかしながら、奥さんからのメールは「いまどうしてる?」「東京は寒いけど、そちらはどう?」などのように全部疑問符付きのメッセージで、はじめて飛行機に乗って遠くを旅行する長男に対する心配をひしひしと感じました。ぼくに対してではないんですけどね。

そんな顛末のあれこれを、はてなマップを駆使しながら柄にもなく旅行記を書こうと思ったのですが、さすがに疲れてしまったので、今日はイメージ画像だけ掲載しておきます。週末にでもまとめるつもりです。イメージ画像といっても、ぼくがデジタルカメラ(FinePix V10)で撮影した画像です。

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ところで、飛行機のなかで読んだ大前研一さんの「即戦力の磨き方」は非常に刺激的だったのですが、勉強法について書かれた章でリブートの必要性を述べられています。以下、引用します。

だから、もし自分が、学校型秀才だとわかっている人は、一度これまでの知識ややり方を「リブート」することをお勧めする。リブートというのはコンピュータが不調になったとき、電源を切って再び入れ直す(ブートアップ)というIT用語だが、もともとはカウボーイが、靴を脱いで靴底の石ころを取り除くという意味である。

聞いたことはあったのですが、アメリカでは、「リブートのための、ブートキャンプという研修プログラムが、たいへんな人気」だそうです。

そして、ぼくの北海道旅行も、まさにタイミングよくこのリブートのための旅行でした。電車やクルマに乗りながら、いろんなことを考えました。そのなかにはいままでの生活をまったく否定するような考え方もあったのですが、旅行という非日常的な時間と空間のなかで感じたことを、できれば維持していきたい。旅行を楽しみつつ、そのなかで仕事について、息子の教育について、生活について、あらためてゼロベースでいろいろなことを考えました。ぼくにとってのブートキャンプかもしれません。

今日、通勤電車に揺られて、会社の近くの定食屋で昼食を取りながら、なんだかまだ旅行がつづいているような気がしていました。マンネリのなかでつづく毎日だと思うと精彩も失われるのですが、永住する場所ではなく、旅行者として束の間の時間を過ごす場所と捉えるとすると、会社に対する考え方も変わる。切り捨てるべきことは切り捨てられるし、一瞬の付き合いだからこそ大切にしたい関係もある。

ぼくらは人生という、旅の途中なのかもしれません。

投稿者 birdwing : 2006年8月29日 00:00

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