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2008年6月20日

待てるひとは変われる。

1142008061901_im_01.jpg大変失礼なことを書いてしまうのですが(といってもブログだから、本音で書こうと思うのだけど)、石田衣良さんは小説よりエッセイを書いていたほうがよいのではないだろうか。今週のR25に連載されている「空は、今日も、青いか?」を読んでそう思いました。ちょっと、じーんとした。涙が出た。

タイトルは「今25歳でいること」です。昨日ぼくが書いたエントリーと同じ秋葉原の無差別殺傷事件について書かれています。なんとなく不遜にも答え合わせのつもりで読んでしまったのだけれど、こりゃかなわんと打ちのめされました。やはりプロの作家の筆力は違いますね。石田衣良さんらしい怜悧な視線で事件を腑分けしつつ、何か心を揺さぶるものが文章に込められています。

勝ち組に対する呪詛、孤独であることのやりきれない想い、仕事の不安定さ、彼女がいないことなど、無差別殺人を起こした25歳が掲示板に書き込んだ言葉に触れながら、フリーターとして転々とされていた石田衣良さんご自身の25歳の頃を語られています。けれども殺人鬼となったKと絶対的に違うことは、石田衣良さんは「変化を粘り強く信じていた」とのこと。そして次の部分では、事件を起こしたKを批判します。

ぼくはKは時の流れというものをなめていたと思う。いつまでも自分が同じままでとどまる、もう変わることはない。愚かにも、そう単純に信じてしまった。けれど、時の力からは誰も逃げられないのだ。四面楚歌だと思われる状況だって、いつか絶対に変わっていくのである。どれほど厳しくつらい状況も永遠に続くことはありえないからだ。

時間が解決することもあります。自分は変わらなかったとしても、周囲が変わることによって、いままでとはまったく違う状況に置かれることだってある。さらに石田衣良さんが書いているように、自分自身も変化あるいは生成していくものです。永遠に25歳のままでいることはできない。

しかし、若いうちはそんな風に悠長には考えられないものです。ぼくもそうだったのですが、答えを早急に急いでしまう。結果が出ないことに苛立ち、きちんと見える形で結果になったものを求めたがる。だから、もし答えや結果が出なければ、簡単に自分の未来を投げてしまうこともある。

あの日借りだしたトラックで秋葉原にいかなければ、Kはいつか正社員として希望する仕事に就けたかもしれない。Kのことを愛してくれる恋人を見つけられたかもしれない。家族をつくり、自分の子を抱きあげ、笑いかける日がきたかもしれない。

かなしみや辛さは視野を奪い、盲目的に現在しか見られなくなります。もう少し遠くを眺めることができれば、少しは考え方も変わったのかもしれません。

彼が携帯電話から掲示板に書き込んだ内容を、ぼくも読んでみました。モテない理由として容姿に異様に拘っている気がしました。それは若者らしい感覚で、わからないこともない。金こそすべてだ、容姿がすべてだ、と極言するのが若い思考の特長かもしれません(ま、ある意味、アタマの固くなったおじさんやおばさんもそうなのですが)。けれども彼が異性にもてなかった理由に関していえば、その心の持ちようにあった気がしてならない。

多くのひとが完璧な心を持っているわけがなく、どこか歪んでいたり、欠陥を隠しながら生きているものです。欠陥があるからモテないということは言えなくて、欠陥があるからこそモテることだってある。根気強く待てば状況も自分も変わり、自分の欠けている部分を補ってくれるひとが現われることだって考えられます。楽観的かもしれないけれど、待てば時代が変わることもあります。

えーと、ちょと脇道にそれると、いまOver40と呼ばれる40代以上の男性が20代の女性に慕われているらしい。読売ウィークリーや最近のSPA!などの雑誌にも特集されていましたが、カレセンと呼ばれる枯れた男性に熱い視線を送る女性もいるとのこと。ブームに便乗するのはどうかとも思うし、20代女性と知りあう機会もないわたくしには縁のないことですが(苦笑)、納得できることもありました。

誌面でも分析されていましたが、Over40の男性は最初の恋愛マニュアル世代といえます。つまり、お姫様であるところの彼女をよろこばせるために、情報収集したり、知識を習得したり、自分を磨いたり、お金をかけたり、お金がなければ愛だ!とばかりに、うんうん知恵を絞ったりしたのだ。

その涙ぐましい努力が若い頃には暴走してやりすぎだったのだけれど(苦笑)、年を取るとさりげなくできたりする。たぶんですね、若い20~30代の男性が面倒くさかったり恥ずかしくてできないことや、あっさり諦めてしまうことを、Over40の男性は臆面もなくやってしまう。しかも惚れたコイビトには全力を投入する。その若い世代にはない傾向が、20代女性にウケているのではないでしょうか。

しかしながら、40代になってモテはじめた男性の多くが、20代の頃は「努力しすぎで気持ち悪い、ストーカーっぽい」とか「熱くてウザい」とか言われて、ぜんぜんもてなかったんじゃないかな(苦笑)。ところが時代が変わって、世代という距離を飛び越えて若い女性のハートをつかんだりするのだから不思議なものです。そんなわけで、若い頃にはぜんぜんモテなくても、人生の後半、落ち着いたオトナになった頃に急にブレイクすることだってあるかもしれない。人生何があるかわからない。

脇道が逸れすぎました(苦笑)。

ほんのちいさな衝動が、人生を、そして社会を大きく変えてしまうことがあります。映画であれば過去に遡って軌道を修正することも可能かもしれませんが、リアルであるこの世界は不可逆なものであり、やり直すことはできない。こぼれてしまった血をもとの身体に戻すことはできません。しまった!と後悔する前に、ちょっとだけ呼吸を整えて、眼前の問題を保留にしてみること。現状維持にしておくこと。それは優柔不断ではなく、勇気がないことでもないと思います。

R25のコラムでは、最後の石田衣良さんの言葉が泣けた(涙)。引用します。

Kと同じような境遇で暮らしている25歳は全国に数十万人単位で存在することだろう。若かったころのぼくに似た、その多くの25歳にいっておきたい。今、きみがおかれている状況は、必ず変わるだろう。変化の芽はなかなか見えず、ときに心が絶望にかたむくことがあるかもしれない。

そして次のように強い言葉で締め括られます。

けれど、ぼくはあなたがKのように自分(かけがえのないひとりの人間)の未来と可能性を投げ捨てることを禁じます。その場で耐え、自分の力をすこしずつ磨き、いつかやってくる変化の時を待ってください。待てる人は変われる。嵐の空もいつかは晴れる。時は誰にでも平等に流れるのだ。あなたが今日を耐える力をもてますように。

ううう(泣)。なんとなく強行な言葉が気になるけれど、こんな風に叱ることができる大人が少ないのではないのだろうか。そして「待てる人は変われる。」という言葉がいいですね。

待ちましょう、いつか風向きが変わるときを。待つ時間を楽しめるひとは、しあわせなひとではないでしょうか。待つ辛さもありますが、待つことは期待や可能性にあふれた時間でもあります。決断を下すことだけが勇気ではない。問題を保留にすることもまた勇気が必要です。

待つことで蓄積された力は、安易に行動する力よりも強いはず。待つことが、ぼくらを強く変えてくれる。秋葉原の事件以降、衝動的に同じことをやろうとするひとも増えているようで、プチ秋葉原事件的なニュースもちらほらと読むのだけれど、一瞬の衝動が人生を台無しにする。

その行動は、その言葉は、あなたの人生を台無しにするものではないのか。ちょっと待って、考えてみましょう。窓を開けて、外の空気を部屋のなかに取り込んでみたりしながら。

投稿者 birdwing : 2008年6月20日 23:59

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4 Comments

昔の少女 2008-06-21T17:53

初めて拝見しました。なのに、こんなこと言うのはどうかとも思うのですが・・・。カレセンのくだりで、ちょっとひっかかってしまったので。40代男性が20代女性にもてるのは、ある意味当然でしょう。だって大人と子供の関係だから。40代男性なら、過去の経験(もちろん苦いものも含めて)を生かして恋愛マニュアル的に若い娘が喜ぶことは全部クリアできるでしょう。言葉は悪いけれど「赤子の手をひねる」ぐらい簡単。それは、「急なブレイク」でも「世代を飛び越えた」わけでも何でもなくて、まさに「大人」になってしまったことの証。私もそうですが、すっかり大人のくせに自己イメージは「少年」のままってことはありませんか?「自分の娘」ほど歳の違う女性と恋することもあるでしょうし、決して否定はしないけれど、それが未熟だった少年の頃の恋愛の繰り返しだとしたら、つまらないですよね(相手の20代女性にとっては初めてのことで新鮮でしょう。若い男性より段取りいいし)。もちろん、肉体的に若い女性と関係する喜びは別として。大人だからもてているのか、自分自身がもてているのかの見極めは…したくないか(笑)。オジサンもオジョウチャンも、互いに今の恋愛が楽しければ、あえて見極める必要はないかもしれませんけど。40代男性には、自分の娘にモテル喜びばかりではなく、ほんのちょっと、自分と同世代の大人の女性に魅力を感じてもらえているかどうか、そっち方向からも成熟した男の魅力を考えてみて欲しいなと、思ってしまいました。だって、女性からすると、20代の頃にはステキな40代男性がいっぱいいたはずなのに、自分が40代になってみたら「全然いないっ!」なんて哀しいじゃないですか。さらに経験を積んだステキな60代はいっぱいいたりして(笑)。失礼しましたあ!!

BirdWing 2008-06-21T20:43

昔の少女さん、初めまして。コメントありがとうございました。なかなか鋭いご指摘だと思いました。偏見というか個人的な見解に過ぎないのですが、考えたことを書いてみますね。

年齢の問題はともかく、精神の成熟度という観点から考えると、ぼくは女性のほうが男性よりも格段に成熟しているのではないかと思います。同世代であっても、また自分よりも下の世代であったとしても、女性のほうが成熟した大人の思考を獲得している。だから男性に精神的な安定を求めるとすれば、女性としては精神的に成熟した年上の男性志向になるのは当然ではないか。もちろん同世代の男性であっても精神的に成熟していれば、女性の要求は満たされるかもしれません。ちなみに断っておくと、そればかりではないですけどね、恋愛は。

一方、ぼくは現在のOver40は、ある意味、未成熟なオトナが多いのではないか、とも思っています。たとえば食玩のブームであったり、ノスタルジックな古きよき昭和を懐古するような商品であったり、「少年」を捨てきれないオトコが多い。なんとなく大丈夫か?という気もする。などと書いているぼくも、コーヒーのおまけの食玩のミニカーで机の上が埋め尽くされていたり、ギターのミニチュアを収集したりしていて、おまえ大丈夫なのか、なのですが(苦笑)。

つまり未熟な40代オトコと、成熟した20代オンナだからこそ釣り合う、という構図なのかもしれません。

ただですね、ぼくは(あくまでも例えばですが)赤子の手をひねるように、娘のような女性を落としたくはないですね。それって20代女性を侮辱していませんか。未成熟な女性をひっかけるために、年の功ともいえる恋愛の技術を駆使するのであれば、そんなOver40は最低だと思う。それは恋愛ではない。また、成熟した思考を持つ20代の女性は、そんなテクニックに翻弄されるほど愚かではないと思います。

究極のことをいえば、恋愛に年齢は関係なくて、たまたま好きになった女性が20代だったから、ということもあるだろうと思うし、ブームで片付けるのは不快だと思っています。その意味では年上だって恋愛の対象にはなり得るし、同世代であっても魅力的な女性であれば、きちんと恋に落ちる。まあ、個人的には恋愛の必要性のないところでは恋愛しなくていいと思っていますが(笑)。

それから、率直に言って同世代の女性は、どこか同世代の男性をみくびっている気がする。それは男たちが未熟だから、というせいもあるかもしれないけれど、やはり男性としては、女性からきらきらする熱いまなざしでみつめてもらえば、そりゃ嬉しいわけです(笑)。

女性として魅力を認めてほしいのもわかりますが、男たちに安らぎを与えてくれる女性がいれば、世代はどーでもよくて、その女性に男性として魅力を感じないわけがない。どーしてくだらない魅力のないオトコばかりなのかしら(ふっ)という同世代の冷たい視線と、辛い毎日だけれど頑張ってるおじさま素敵、くたびれた人生の悲哀を癒してあげたいわっ!という若い世代の視線のどちらがオトコにとって嬉しいかといえば・・・いわずもがな、でしょう。

などと無駄に力説してしまいましたが、このエントリーのテーマは、待つことの重要性でした(苦笑)。

待てる(もてる、じゃなくてね)男はオトナの男だと思います。そんな紳士的なオトナの男になりたい。もてるかどうかは問題ではなくて、かっこいいオトナの男性が増えることが重要だと思っています。何を力説してるのかよくわからなくなってしまいましたが(苦笑)、昔の少女さんのご指摘のなかで、大人という優位性ではなく自分に魅力があるかどうかの見極め・・・という視点はとても重要だと思いました。ぼくも同感です。年齢による上げ底の魅力ではなく、真の大人としての魅力を手に入れたい。

超・長文コメントの返信で失礼しました。

昔の少女 2008-06-21T23:27

丁寧なコメント、ありがとうございます(笑)。

ご指摘の通り、一般的には女性の方が精神的な成熟度は高いと言われていますよね。でも、自分や女友達を振り返ってみるに、それって経験の裏づけの無い「耳年増」(これも、嫌な言葉ですが…)だったなあ、と思う部分も多々あります。背伸びするのは悪いことではないのですが、それを大人の男性にあまり「自分と釣り合うほど大人」「分かってくれて癒される」と安心されてしまうのも、実はちょっと引く。20代の本当は自信がない年頃に、そうやって大人に頼られることは嬉しいんですけどね。認めてもらったみたいで。かといって、逆に「大人ぶってカワイイね」と言われても、それはそれで軽くムカつくわけですが…(笑)。勝手ですよね、女も。

そうだなあ、男性には「待てる男」として成長していただくとして、女性も20代の頃に自分を魅力的だと思ってくれたステキな40代男性が、今の自分(30代、40代…)に魅力を感じてくれるのかどうか、今一度、自己診断してみる必要はあるでしょうね。人に求めるばかりでなく。

なんかテーマからズレまくってしまってゴメンなさい。石田さんに関するコメントについては、まったく同感だったので、あえて触れませんでした。これからも、時々、のぞかせていただきます。では。

BirdWing 2008-06-22T01:27

こちらこそ、ありがとうございます(笑)。

ふむふむ。ぼくは男性なので、安易に昔の少女さんの思考をわかった、理解したとは言わないつもりです。身体的にも脳の構造も異なる女性は、男性とはまったくの別物の思考があると考えているので。ただ、大人と言われて嬉しいけれど引く、軽くムカつくという考え方は女性らしいと思いました。ええと、バカにしているわけじゃないですからね、念のため。

なんというか女性は、アンビバレンツ(二律背反)な印象があるんですよね。好きだけれど嫌い、淑女でいながら悪女のような。単細胞の男性思考と比べると、その複雑さが成熟しているような印象を受けるのですが、これも男性が抱いている幻想でしょうか(苦笑)。

また、女性の成熟度が高い印象の理由は、言語能力の高さにあるという気もしました。だから耳年増であったとしても、インプットした情報を言葉化できるということは、それだけでオトナだなあと(男性であるぼくは)思います。

魅力の尺度も変わるものだと思うのですが、自分の尺度に拘るのではなく、憧れていたり好きだったひとの尺度で自分を見直すというのは、なんとなくしあわせですね。なあんて書くと、また引かれる気がしますけど(笑)

もともとテーマはあってないようなブログなので、脱線大歓迎です。たいしたことは書いていませんが、よろしければまたお越しください。

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