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2006年9月 9日
リフレイン、ユニゾン。
長すぎる、と自分でも反省しているのですが、最近のぼくのブログのエントリーは長文になりつつあります。その理由としては、テーマが整理されていないこともあるのですが、さまざまな視点が錯綜しているということもある。それにしても、実際にはエントリーした文章量の5倍ぐらい書きたいことがあり、徹夜になりそうなので断念しています。一方で、もっと歯切れよく簡潔に書きたいのですが、なかなか思うようになりません。難しいものです。そんなわけで、今日はブログを書くことについて考えてみます。
ぼくの場合、うまく書けたと思うエントリーは、トランプのゲームで「手札が揃う」感じに近い感じがあります。はてなブックマークなどでストックしておいた複数のニュースや、感銘した書籍、映画、雑誌の記事、経験したことなどがいっきにつながるときがあり、そんなときは書いていて楽しい。
手札を揃えるためには、なるべくインプットの量を増やす必要があり、情報源はジャンルを横断しているほうがよいようです。そして、できれば一次情報のほうがよい。
ランチでこんなものを食べた、という写真つきのブログが楽しいのは、そのひとがリアルタイムで経験した一次情報だからです。ブログから引用の引用ということをぼくもやってしまうのですが(昨日もそれだ)、そこに自分なりの見解などを付け加えることはできます。けれども、やはりどこか使い回しという感じがする。しかしながら、使い回しがいけないのか、別に独自の何かを書かなきゃいけないわけでもなくて、新しいことを書かなきゃ、とプレッシャーを感じていたこともあるのですが、最近では同じことを繰り返し書いてもよいのではないか、と考えています。
木曜日に茂木健一郎さんの「脳の中の人生」を読み終えました。このなかに書かれていることは、茂木健一郎さんのほかの著作でも書かれていることであり、週刊誌の連載ということもあるのですが、非常にやさしくわかりやすい言葉で書かれています。書かれていることは同じネタであっても、またこれか、という風には思わない。むしろ、待ってました、的な感じがあり、その茂木健一郎的な思考に再会するのが楽しい。さらに、っちょっと難しいタイプの本には書かれていなかった茂木さんのプライベートがさらりと書かれていたりして、そんなところが魅力的でもあります。
同じことを何度も書く、スパイラル(螺旋)状態で書きつづけるテクニックは、ブログでも使えそうな気がします。どういうことなのか理屈にしてみようと思って考えていたところ、音楽用語の「リフレイン」、「ユニゾン」という言葉を思い出しました。ちなみにぼくは音楽家でもなく、思想家でもないので、単なる思いつきにすぎないのですが。
まずは、リフレイン。YAMAHAの音楽用語辞典から引用します。
リフレイン refrain[英・仏] 〔1〕有節形式の詩で、各節の最後に繰り返される、同一の詩行。通常、同一の音楽が与えられる。〈ルフラン〉〈反復句〉とも。
同一の用語にリピートもあるのですが、これは単純に「楽曲のある部分を繰り返すこと」と解説されています。リフレインというのは、いわゆるサビの部分を何度も繰り返すことです。繰り返すことによって、頭のなかに詩句が刷り込まれていく。しかし、ここで「通常、同一の音楽が与えられる。」というところが微妙ですが重要であると思って、繰り返されるのだけど少しづつ歌い方を変えたり、アレンジが変わっていくものではないでしょうか。特に歌謡曲でサビといえば、覚えやすかったり印象的なメロディが多い。複雑なものを繰り返されても覚えられません。
ここでメタファ(隠喩)的にブログの書き方に転じるのですが、何度もリフレインすることでファンを増やしていく書き方もあるのではないか、と思いました。ぼくは、やわらかい文章やほのぼのとした話題とともに、ちょっと文語的なブログも好きだったりするのですが、家族の話や仕事に関する悩みなど、何度もリフレインされると、その世界にはまっていくところがあります。
つづいて、ユニゾンです。
ユニゾン unison[英] Unisono[独] unisonus[ラ] 〔1〕高さが同じ2音間の音程。〔2〕複数声部が同一旋律を演奏すること。unis.と略記。
これは、校歌斉唱のような感じでしょうか。複数のひとが同じメロディを歌うことです。メタファ(隠喩)的にブログの書き方に転じると、これは引用して記事を書くことに近いのではないでしょうか。つまり「共感」を軸として、引用元の記事に書かれた趣旨をなぞることになります。なぞったとしても書かれたひととは別人なので、声質などが違うのでまったく違う。
テーマをどれだけ変奏できるか、ということもあるかと思うのですが、新しいネタを追わなくても、同じテーマで書きつづけるブログがあってもよいと思います。大前研一さんはその著書のなかで、一年間に自分でテーマを設定してそれを追求していく、と書かれていました。今年は中国である、と設定したら、中国について知見を深めていくそうです。なかなかそんな風に戦略的に腰を据えて取り組むことはできないのですが、目移りしがちなぼくとしては、同じテーマをリフレインあるいはユニゾンしつつ、太い思考に変えていく、という方向もありかもしれないな、と考えました。
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■YAMAHAの音楽用語辞典。
http://www.yamaha.co.jp/edu/dictionary/index.html
投稿者 birdwing : 2006年9月 9日 00:00
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