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2007年3月17日

チョムスキーとメディア――マニュファクチャリング・コンセント

▼Cinema009:孤高な知識人の生きざま、そしてメディアから世界へ。


カナダ 1992年 167分/長編ドキュメンタリー カラー /原題:Manufacturing Consent :Noam Chomsky and the Media /製作・監督: ピーター・ウィントニック&マーク・アクバー

ぼくらの生活からメディアは切り離せないものです。

ブログの普及にともなって、CGM(Consumer Generated Media :消費者生成メディア)という言葉も使われるようになりました。企業によるマスメディアだけでなく、個々の人々が情報を発信してメディアをつくることができる、という考え方です。一方で、グーグルによる言論統制のようなことも言及されるようになりました。検索のランク上位に表示されること、検索そのものが情報社会を統制する力を持つようになってきています。

チョムスキーのドキュメンタリーである「チョムスキーとメディア――マニュファクチャリング・コンセント」は1992年の作品ですが、ブログを中心としたインターネット社会である現在においても色褪せない問題を提議してくれます。

2割の高等教育を受けたものたちが、その他8割の何も考えを持たないひとたちを統制する。巨大な企業複合体となった新聞社やテレビ局は、情報を操作している――「マニュファクチュアリング・コンセント(合意の捏造)」というキーワードから、歴史がどうやって作られるのか、ジェノサイド(大量殺戮)の真実はほんとうに国民に伝わっているのかという事実を、チョムスキーは、綿密なリサーチをもとにしながら痛烈な批判として展開していきます。

ノーム・チョムスキーについて、ぼくは詳しくは知りません。というよりも無知です。記号論や現代思想を学んでいくなかで、生成文法という画期的な考え方を提示した言語学者がいたこと、それがチョムスキーであるということを、漠然と知っていましたが、それがどういうものなのかは知らない。

最近、Wikipediaの真偽や、特定の記事が荒らされていることなどが問題にもなっているので、安易に引用は避けますが、あらためてノーム・チョムスキーあるいは生成文法についての解説を読んだところ、知的なセンサーがかなり反応しました。詳しくはわからないのだけれど、あらゆる言語に共通のモジュールをぼくらは持っている、言語は静的に構造としてそこにあるものではなく、人間によってダイナミックに生み出される、という発想に刺激を受けます。けれども、これはまたいずれ別の機会に。

チョムスキーの言語学に関する考察、あるいは政治活動に対する見解は、見識の高い人々のあいだで議論されているかと思いますので、ぼくは触れないことにします。

ぼくがこの映画で打たれたのは、学術的な知識や抽象的な概念ではなく、チョムスキーの人間性でした。したがって、そこに焦点をあてて、あくまでもドキュメンタリー映画のなかの、ひとりの人間であるチョムスキーについて感想を述べていくことにします。

逃げない、という覚悟

思想も哲学も、そして行動も、決してそのひとから遠い場所に存在するわけではありません。

ドキュメンタリーの映像のなかで、チョムスキー自身の口から生い立ちが語られていきます。飄々とした風貌で語る彼の言葉は、論争の場では過激だけれど、プライベートでは親しみがある。「こんな個人的なことを話しても興味がないんじゃないの?」とインタビュアーに笑いかけながら語るエピソードの断片は、異端児といわれているひとのはずなのに、なぜか心あたたまるものがありました。

たとえば6歳の頃のこと。クラスに太ったイジメられっ子がいて、彼が上級生に襲われそうになったことがあったそうです。守らなきゃ!と思ったチョムスキー少年は彼のもとに行くのだけれども、結局、怖くて逃げてしまう。そのことを永遠に恥じていて、もう二度と「逃げない」と心に誓ったそうです。

論争のなかで国家でさえも敵にしながら反論していくチョムスキーには、どんなに脅されても逃げない少年のときの誓いがあったのでしょう。

さらに冗談で、自分を形成したものはいろいろあるけれど、いちばんの要因は偏屈だ、ということも言っていました。物議をかもし出す辛辣な言葉を延々とつなぎあわせたシーンがあったのですが、確かにひどいことを言ってる。これじゃあ嫌われるよ、と思わず笑ってしまいました。

メディアでは言葉は意図しなくても制限される

地域の個人放送局のようなオルタナティブ・ラジオのようなものからは彼に出演依頼が多いのですが、マスメディアからはチョムスキーは嫌われています。

なぜマスメディアに彼を出さないか、ということで、とあるプロデューサからの説明があったのですが、「チョムスキーのように22分の枠のなかで5分も前置きをする人間はテレビ向きではない」というのが面白かった。確かにさまざまなシーンで、彼の言葉は遮られようとするのだけれど、それでも強引に喋ろうとしている。けれどもマスメディアで求められるコメンテーターは、CMまでの数十秒でシンプルに見解をまとめられるひとです。ただ、そのシンプルさが逆に問題ではないか。

東ティモールとカンボジアの虐殺についての記事において、東ティモールのほうが殺された人数は多いのに記事としては圧倒的に少ないことをチョムスキーは批判します。すると、ニューヨーク・タイムズの論説委員は、新聞には締め切りがあって時間がない、時間がないなかで決めていかなければならないので、記事の数が少ないのは偶然であって意図的に排除したわけではない、とコメントします。しかし、彼はこのコメント自体が問題であることに気付いていないのでは?と思いました。つまり商品としての新聞を作ることに注力するあまりに、内容の吟味に手を抜いている、という。

本人ですら意識していない真実が、生のコメントからあぶりだされるのが、ドキュメンタリーの凄いところです。

地方新聞のオフィスのなかを紹介する映像もあったのですが、地図にピンが立ててあって、連続して広告を出す店、ときどき広告を出す店、出さない店が色分けされている。「赤いピン(出さない店)を緑のピン(広告を出す店)に変えていくのがミッション」のようなことを胸を張ってコメントしているのですが、報道よりも広告収入が大事なわけか、と読み取れてしまう。

一方で、ニューヨーク・タイムズの社内を紹介する映像では、ここでは音声だけにしてください、ということでわずか数十秒、暗い画面のままでした(苦笑)。新聞がどうやって作られるかなんて、一般のひとは知らないほうがいい、なんて乱暴なことも言っていましたが、ブラックボックスで作られているものに信憑性は感じられない。

多様性を尊重する姿勢、誤解を恐れない強さ

チョムスキーはMITの教授として地位を築き上げているその時期に、安定した職から政治活動へと自分の進路を変えます。辛い決断だったと自ら語っているのですが、米国全体を批判するスタンスに身を置いて、その過剰な批判から評判を落として、どんどん嫌われていく。

ホロコーストがなかった、という衝撃的な論文を書いた歴史修正論者ロベール・フォリソン教授にまつわるエピソードには憤りを感じました。チョムスキーは、その論文自体を支持していたわけではなかったようです。言論の多様性と自由を擁護する論文を書いて出版社に渡すのですが、それがナチスによるガス室がなかったという本の序文に使われてしまう。

その教授は、ぼくからみるとゴミのような人間で、ただ自分の売名行為と裁判に勝つことにしか意識がないようにみえました。けれども、個々人の考えと多様性を尊重する考え方を基盤として、チョムスキーは擁護する。

講演の場で、なじられながら、チョムスキーは弁明します。自分はユダヤ人の大量虐殺がなかったという論を支持するわけではない。しかし、どのような考えも存在すべきである、と。

ぼくはこのシーンに泣けた。

前半部分でチョムスキーは、アメリカでは思想が統制されて、多様な考え方を持てない、ということを語っていました。え?と思った。さまざまな人種のいる社会だからこそ多様性(ダイバーシティ)が尊重されると考えたのですが、どうやらそうではないらしい。

実は、日本であっても、どんな発言でも許されるわけではありません。何を言ってもいい、と言われていても、全体の空気のなかでいえないこともあれば、潰されてしまう意見もある。ほんとうに多様性を尊重するならば、チョムスキーのように身体をはって守らなければなりません。そして頭ではわかっていても、行動として示せないものです。

チョムスキーは多様性を守るために、決して逃げませんでした。

世界に目を向けること、いま自分にできることは何か

お恥ずかしいことですが、この映画を観るまでカンボジアの虐殺も東ティモールの虐殺も、よく知りませんでした。でも、幼い子供たちのつぶらな瞳がスクリーンに大きく映し出されて、銃弾に怯えて泣くシーンや、虐殺されて横たわるシーンをみたときに、涙が止まらなかった。

グレッグ・シャルトンというレポーターが、ある戦士が語ってくれた言葉を告げます。「これだけの虐殺が行われているのに、なぜ世界は無関心なのか」と。カメラの向こうで「私は名もない小さなこの村を生涯忘れません」と淡々と語る彼も、次の日には殺されてしまう。

ぼくらは(というか、ぼくは)もっと世界に目を向けなければいけないのではないか。そして歴史を学ぶ必要があるのではないか。

音楽に関心があるので音楽に関して言うと、ぼくは環境問題や政治的な活動をしているミュージシャンも支持したいと思っています。音楽家は純粋に音楽やってりゃいいんだ、という考え方もあるかとは思うのですが、創造する音に人間的な凄みやかなしみを込めるためには、音楽的な技術や知識では足りない。社会から遠ざかった安全な場所だけに音楽があるわけではない。人生経験はもちろん、そこに哲学や思想があるべきではないか、というのがぼくの持論です。

もちろんそのバランスも大事であり、あまりにも頭でっかちになると音楽とはいえない。思想や政治の道具として音楽を使うことになってしまう。ただし、ダイレクトに音につながっていなくても、世界にあふれている痛みやかなしみをキャッチできる高感度な心のセンサーと、その世界に対する想いをバックボーンとした創作の場が、アウトプットとして音のすばらしさに反映されるのではないか、とぼくは思う。

たとえば、トム・ヨークが環境問題に詳しかったり、坂本龍一さんがさまざまな活動に参加されているように、ぼくらも個人レベルで政治や環境に対して何ができるかということを考えるべきではないか。

チョムスキーに対する質問で、ひとりの主婦が「あなたの言いたいことはよくわかったのだけれど、問題が大きすぎてわたしには何をすればいいのかわからない」と尋ねていました。

この気持ちはよくわかる。環境問題や政治というのは、何かをしなきゃいけないとは思うのだけれど、問題がでかすぎる。それに対して、チョムスキーは、ひとりひとりがまず自分の考えを持つことが重要である、と答えていたように記憶しています。

インターネットの社会も同様ですが、マイノリティーであることを恐れずに自分で考えること、考えたことを表現することが重要です。一方で、どんな考えも認めるということは、自分のなかにあるマイナス要因も許容しなければなりません。これは簡単なようでなかなかできない。けれども情報社会をうまく泳ぎ切るためには、理解できない他者の存在は大切です。その他者を通じて、ポジティブ/ネガティブの両側面を眺めつつ、自分で考えをまとめることが、とても重要になる。

観てよかった(長時間だったけど)

この映画は2部構成で、168分とやたら長いものでした。けれども、ぼくにとっては、えっ?もう終わっちゃうの?という感じでした。チョムスキーの言葉をトリガーとして思考を回転させ、映像や言葉をしっかりと脳内に焼き付けようとしたら、あっという間に終わってしまいました。しかしながら、正直なところ自宅でDVDで観たら絶対に最後まで観れなかったと思います。やはり劇場という逃げられない場で、覚悟を決めて(腰を据えて)観る映画だと思う。

こんなコアな映画を観たいひとはあまりいないと思っていたのですが、渋谷のユーロスペースで客席はかなり埋まっていました(年配の方や学生の方やカップルなど)。そして、ぼくは非常に感銘を受けました。観てよかった。

近視眼的にネットや日々の仕事や趣味にしがみつきがちで、テレスコープ(望遠鏡)から遠くに世界を覗いていたぼくの視界を、もっと広い場所へ、外部に向けさせてくれました。このことをきっかけに、世界あるいはメディアについて、少しずつ考えていくつもりです。


公式サイト
http://www.cine.co.jp/media/index.html
*年間映画50本プロジェクト(9/50本)

投稿者 birdwing : 2007年3月17日 00:00

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