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2008年7月24日
シルク
▼Cinema:残響が奏でる愛のかたち、なめらかに溶け合う文化。
シルク スペシャル・エディション マイケル・ピット, キーラ・ナイトレイ, アルフレッド・モリーナ, 役所広司, フランソワ・ジラール 角川エンタテインメント 2008-05-23 by G-Tools |
音楽にしても映像にしても匂いにしても、聴覚や視覚や嗅覚でありながら手触りのような触覚として感じられることがあります。ごつごつとした荒削りな音、あるいはきめ細かに織られた布のような映像、そして陽だまりのようなあたたかな匂い。分化して考えられがちな五感ですが、根幹となるものは同じなのかもしれません。ときには分かちがたい塊のようなものとして、五感の全体を刺激する感覚もあります。
「シルク」は、距離を越えた愛の遍歴を描いた映画です。19世紀、フランスの片田舎に住むひとりの青年エルヴェ(マイケル・ピット)が貿易商となり、蚕の卵を求めて世界の果てといわれていた日本へ渡る。そして、そのときに出会った女性(芦名星)の面影が忘れられなくなり、妻(キーラ・ナイトレイ)を残して、危険を省みずに何度も日本に足を運ぶことになります。
日本、カナダ、イタリアの合作とのことですが、ぼくが感じたのはフランス映画のような独白による耽美的な映像をベースに、イタリア映画のからっとした明るさと切なさをスパイスとして、日本の凛としたモノクロの情緒性で引き締めたという印象を受けました。物語だけを追っていくと単調であり、奇抜な筋もなければ大きな起伏もありません。けれども静かに心に残るものがある。美しい映像と音楽に浸ることができます。
ところで、外国からみた日本は、偏向したレンズを通して実体以上に高く評価されていることが多いと思います。時代性もあるのかもしれませんが、多くの外国映画で描かれる日本像は、ほんとうにかっこいい。男性は毅然としているし、女性はしなやかで美しい。この「シルク」でも同様のことを感じました。江戸時代のちょんまげはおかしいけれど、武士や娘たちの寡黙だけれど強い意思を感じさせる姿には、高い精神性を感じました。
もちろん映画のなかだけでなく、現在の日本にも、映画で描かれたような日本独特のよさは消えてはいないと思うのですが、諸外国に対して萎縮しているような弱さがあります。日本語という言語が、最終的に日本を守るというような提言をしていたのはドラッカーであると記憶しているのですが、和の文化について自信を持ち、古き日本の伝統を継承していく必要があるのではないでしょうか。
音楽は坂本龍一さんが担当されています。山間の温泉など、どちらかといえば色彩がないモノクロな日本の叙情に合ったピアノが美しい。YouTubeから坂本龍一さんのエンドロールの音楽を。
■Ryuichi Sakamoto - SILK ENDROLL 2008
映画の音楽を聴きながら、あらためて思ったのは、坂本龍一さんの奏でるピアノの美しさは、残響音の美しさにあるのだな、ということでした。
シンセサイザーの用語で解説すると、音には波形を制御するいくつかのパラメータがあります。アタック、ディケイ、サスティーン、リリースというつまみで音の推移をコントロールできる、エンベロープ・ジェネレーター (Envelope Generator)と呼ばれる機能です(詳細は、WikipediaのADSR)。
ポーンと一音だけ鳴り響いた音を分解すると、「ポ」という音の立ち上がりのあと、「・・・ーン」と減衰して残響音が残っていく。音が音として認識されるのはアタックの強さだと思うのですが、この映画のなかで使われている坂本龍一さんのピアノは、どちらかというと「・・・ーン」の美しさが際立っている。
つまり減衰し、他の音と交じり合い、そして最後は胴鳴りというかピアノの箱が鳴っている状態。その空間に漂うような空気感が美しい。ぼくはあまりピアノの裏側をみたことがないのですが、弦とハンマーで作られているらしいですね。つまり張られた弦をハンマーが叩いて音を出している。弦を叩く瞬間ではなく、叩いたあとに始まる無音に向けた長い推移の時間が美しい。その音はピアノの帰属から木材の部分を伝わり、周囲の空間へ広がっていくわけですが、埃の舞う部屋のなかで音の粒子が消えていくようなイメージがあります。
文章に喩えると、言った言葉ではなくて、言わなかった言葉の美しさ、あるいは言葉が余韻を残す行間の美しさ、でしょうか。
さらにシルクのなかでは、貿易商が長い時間をかけてフランスから旅をして日本で女性に出会う。大陸を横断して、中国から海を渡り、目隠しをされながら蚕の密輸を許している村に辿り着くわけです。そこには愛しい女性がいます。長い人生のなかでは刹那ともいえる逢瀬の時間ではなく、フランスの片田舎に戻るまでの長い時間、そして妻と過ごしながらも遠い異国の地にいる女性に思いを馳せる長い懐古の時間の残響が、この物語の世界を深めています。
和紙に書かれた日本語の文字と、そこに込められた想いもせつない。一瞬の現実は確かに一瞬で終わるものですが、脳裏で何度も繰り返せば永遠に響きを残してくれる。書かれた文字は、記憶を再生するメディアとなる・・・。
そんな愛の在り方もあるのかもしれません(7月24日観賞)。
■Silk / Soie シルク Trailer (film)
■公式サイト
http://www.silk-movie.com/
投稿者 birdwing : 2008年7月24日 23:55
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