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2008年9月13日
潜水服は蝶の夢を見る
▼cinema:言葉を話すこと、綴ることの途方もない行為。
潜水服は蝶の夢を見る 特別版【初回限定生産】 マチュー・アマルリック, エマニュエル・セニエ, マリ=ジョゼ・クローズ, アンヌ・コンシニ, ジュリアン・シュナーベル 角川エンタテインメント 2008-07-04 by G-Tools |
ぼくらは何でもないように誰かに話しかけ、ときには討論したり、ときには愛を語ったり、自分の権利を主張したりします。あるいは、筆記用具やパソコンを使って言葉を綴ることによって、仕事を片付けたり、遠い場所に住む誰かともメールやチャットやブログのようなコミュニケーションも行うことができます。けれどもこの当たり前のような行為が、実はとても有り難い行為であるということに気付かされました。言葉が自由にならないひともいる、ということを知って。
「潜水服は蝶の夢を見る」は、ELLEの編集長であるジャン=ドミニク・ボビー(マチュー・アマルリック)が42歳のときに突然、脳梗塞で倒れてロックイン・シンドローム(閉じ込め症候群)という病のために全身が麻痺して運動機能を失ったときの実話をもとにしたフランス映画です。かろうじて動かすことができるのは左の眼だけ。けれども脳は完全にふつうのひとと同様に働いているわけです。さまざまなことを考え、かなしんだり憤ったりもする。
身体が拘束されて動かないけれど、脳は通常どおりという状況が、彼の視界からの風景という映像で表現されています。どこか詩的であり、美しくせつない風景です。そうして彼の内なる声はモノローグによって語られていきます。
まばたきや涙で滲む様子も含めて、身体を動かせない左目からみた映像を中心に彼のもどかしさが表現されていく。ときには、わかっていることを何度も繰り返されたり、言葉が出ないあまりにテレビを消されてしまうときの怒りなどを爆発させながら、現実の彼はベッドでぎょろぎょろ眼を動かしているだけしかできない。しかし、記憶や想像のなかの彼は活発に動き回り、たくさんの美味いものを食べたり、奔放な恋をしたりする。
彼が動かすことができるのは瞼だけなのですが、「はい」は1度、「いいえ」は2度というサインを送ることによって、少しずつコミュニケーションを回復させていく。そして、アルファベットを単語に使われる順に並べたものを読み上げてもらって、該当するところでまばたきをすることによって、彼は本を綴っていく。
途方もない行為だと思いました。言葉という単位ではなく、音という単位で綴っていくのは気の遠くなるような耐久力が求められます。音だけで構成されるヨーロッパの言語だからこそ成立するのかもしれません。ひらがなだけでなく、カタカナや漢字など、言葉が複雑な日本語ではあり得ない気がします。本人ももどかしいだろうし、その途方もないやりとりに付き添ってあげるひとたちも、長期的な視点がなければやっていられない。
彼には三人の子供と妻がいるのですが、当然、彼らには何もしてあげられない。しかも、病院に電話をかけてきて泣く愛人に、ずっと君のことを待っている、という言葉を妻に代弁させたりしている。彼自体は動けないのだけれど、周囲の状況は変わっていき、その動と静の対比が静かに心に染みる感じでした。
映画の手法としては、やはりフランス映画ということもあって言葉を喋れない彼のモノローグが印象的でした。フランス語はひとりごとがよく似合う気がします。そして、時間軸をばらばらにして挿入する構成もしっくりきました。彼が脳梗塞に陥るシーンをどこに持ってくるのか、ということが気になったのですが、個人的にはベストな場所ではないでしょうか。
そういえば、ぼくの父も脳梗塞で倒れたのだっけ。病院で車椅子に座って言葉を喋れなくなった父でしたが、もしかすると脳はきちんと機能していたのかもしれません。うろたえるぼくらの様子をみて、何を考え感じていたのだろう。とはいえ、健康を過信して不摂生を繰り返すぼくも、もう若くはありません。気をつけなければ。そして言葉をきちんと伝えられるうちに、さまざまな想いをきちんと伝えておきたいものです。
■YouTubeからトレイラー
■公式サイト
投稿者 birdwing : 2008年9月13日 23:59
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