« 国際的であること、日本語を使うこと。 | メイン | 羊男の作り方。 »

2009年1月10日

ノーカントリー

▼cinema09-02:タフさと無力さと、そして底知れぬ恐怖感と。

B001APXBUAノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
トミー・リー・ジョーンズ, ハビエル・バルデム, ジョシュ・ブローリン, ウディ・ハレルソン, ジョエル・コーエン;イーサン・コーエン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 2008-08-08

by G-Tools

景気が悪化したせいでしょうか、いま世のなかでは、首を傾げたくなるような犯罪が多発しています。起き抜けに高校生の息子が父親を刺し殺したり、タクシーを狙った強盗であったり。日本は治安のよい国だと思っていたのに、不安が募るばかりです。テレビやマスコミの報道が連鎖した犯罪を煽っているようにも思えるのですが、どうでしょう。どこかで歯止めをかけることが必要ではないでしょうか。でもどうすればいいのか・・・。

「ノーカントリー」は麻薬の密輸売買に関わる殺し屋と、なんとなくお金をゲットしたばかりに事件に巻き込まれていく溶接工、そして事件を追う保安官の物語です。登場する保安官が、最近の犯罪は動機がよくわからなくなった、数十年前にはこんな犯罪が起きるとは予測できただろうか、というひとりごとを語るのですが、海外の遠い世界の物語ではなく、いま現在の日本の状況にぴったりの言葉であると感じました。背筋が寒くなりました。

そもそもコーエン兄弟監督の映画は、ふつうのひとがなんだかわからない不条理な犯罪にちょっと足を突っ込んでみたところ抜けなくなって、悲劇なのか喜劇なのかわからない状況に追い込まれるという映画が多いような気がします。一時期、集中してコーエン兄弟監督の作品を観たのですが、個人的に気に入っているのは「バーバー」でした。これも平凡な床屋として生きていた男が、どこかつんのめるようにしてまったく軌道を外れた人生に落ちていく、というような映画だったと記憶しています。

圧搾空気のボンベを担いで空気の圧力で施錠されたドアを吹き飛ばしたり、人間のアタマを打ち抜く殺し屋アントン・シガー(ハビエル・ダルビム)は、その存在感が恐ろしい。というか変な長髪が怖い(笑)。コインを投げて殺すかどうか決めるなど、この殺人鬼はどこか狂っています。正気ではない。正気ではないけれど、めちゃめちゃタフです。瀕死の状態になっても、自分で自分の身体を修復して、執念深くターゲットを追い詰めていく。ターミネーターかと思いました(笑)。

一見すると無駄とも思える会話が多いのですが、その冗長性もコーエン兄弟ならでは、という感じでしょうか。麻薬組織の銃撃戦のあとから大金を発見して逃げるルェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は、ガゼルのような動物を狙って弾を外すところから登場します。要するに射撃が下手なのに得体の知れない自信があって、金を持って逃げるどころか、殺し屋と戦おうとさえする。ただの溶接工なのに、おいおい、大丈夫か?という感じで、めちゃめちゃ心配でした。しかし、この彼もまたタフで、あらゆる手を使って追っ手からの逃亡をはかります。

保安官エド・トム・ビル(トミー・リー・ジョーンズ)も、使命感はあるのだけれど諦めムードが漂っていて、彼の存在から感じるのは、凶悪犯罪と暴力に関して無力であるという脱力感です。通常の映画の枠組みを考えると、勧善懲悪というか、保安官が使命に燃えて殺し屋を追い詰める物語を想像するのですが、この映画のなかでは悪人のみが元気であり、しかしばったばったと死んでいくばかりで、警察や保安官は手のほどこしようがありません。

この無力感が、いまの時代を象徴しているのかもしれないな、と思いました。メキシコの荒涼とした風景がメインなのですが、見終わったあとに殺伐とした感じが肌寒い恐怖感に変わっていきます。どこか淡々と進行されていくストーリーだからこそ、よけいに怖い。

じわじわと効いてくる映画かもしれません。そういう映画はたちが悪いものです。よい印象であれ、悪い印象であれ、観終わった瞬間に、ああ面白かった!で終わることができるエンターテイメントは害がない。しかし、「ノーカントリー」はエンディングのせいもあるかもしれないけれど(ネタバレになるので書きませんが)、なんだか終わった感じがしないのです。きっちりと終わってくれないので、観たぼくらのこころのなかに何かをつづけさせる。

問題ですね、これは。とんでもない問題作だと思いました(1月10日観賞)。

■YouTubeからトレイラー

■公式サイト
http://www.nocountry.jp/

投稿者 birdwing : 2009年1月10日 23:59

« 国際的であること、日本語を使うこと。 | メイン | 羊男の作り方。 »


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://birdwing.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/1030