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2009年4月 9日

僕の彼女はサイボーグ

▼cinema09-11:交錯する過去と未来と映画の文脈、彼女は最強。

B001D7RMQE僕の彼女はサイボーグ 通常版 [DVD]
綾瀬はるか, 小出恵介, 桐谷健太, 田口浩正, クァク・ジェヨン
アミューズソフトエンタテインメント 2008-10-17

by G-Tools

21世紀ということで、ロボット関連の動向が気になります。といっても、ぼくは理系でもなければ、カルト的に詳しいわけでもありません。よーし、いっちょ作ってみるか、と奮起して購入しようと考えたDeAGOSTINIのパーツを集めてロボットを作る隔週雑誌は、5回ぐらい購入しただけで挫折しました。結局、残ったのは足一本さえ完成しなかった部品ばかりです。もったいないことをしました。それなのに玩具売り場に行くと、タカラトミーのi-SOBOTなどに見惚れてしまいます。懲りないひとです。

先日、星新一さん原作のショートショートを映画化した「きまぐれロボット」を鑑賞してテンションがあがったので、ロボット関連の映画を観たくなりました。かつて観た作品から代表的なものを思い浮かべると、洋画では「A.I.」、「アンドリューNDR114」、「ターミネーター」、邦画では「鉄人28号」、「キャシャーン」でしょうか。ロビン・ウィリアムズが主演の「アンドリューNDR114」はかなり好きな映画でした。感情のないロボットが人間に近づいていく、そんなロボットの人間への憧れが描かれています。

たぶん厳密に用語を定義すると、ロボットとは、容姿が人間に近くない金属装置的なものを言うのであり、人間に近いものは、アンドロイド、ヒューマノイド、サイボーグなどと呼ばれるのではないでしょうか。完全に人間に近いロボットの登場によって、機械に恋をする、というテーマも生まれます。

どこまでがロボットなのか、人間とは何なのか、という哲学的な命題がその根底には流れています。このとき、ふと思ったのは、人間の男性がアンドロイドの女性に恋をする、というパターンが多いのではないか、ということでした。女性が男性のロボットに恋をする話はあまり聞いたことがない。人魚に恋をする、のような古い伝説のフレームワークが潜在的にありそうです。

プラトニックな話であればロマンティックですが、下世話なことを書いてしまうと、南極○号のようなダッチワイフの世界に近くなるような気もします。ちなみに知人から教えていただいたのだけれど、バジリコという出版社からダッチワイフに関する本が出ていて、これがとても面白いとのこと。200万~300万ぐらいする最高級の製品は、ほとんど肌触りが女性らしい。細部も(なんの細部なんだか)緻密に再現されているとのこと。そんなものが部屋にあったら怖いのですが、収集家は何体も持っているようです。人形をいとおしむフェティシズムのようなものもあるのでしょうか。ぼくはやはり生身の女性のほうがいいと思うのだけれど。

エロ方面に話題が逸れました。というわけで、「僕の彼女はサイボーグ」です。

寂しく誕生日を祝う主人公北村ジロー(小出恵介)のもとに、ひとめぼれした女性とそっくりの顔つきや容姿をした美少女のサイボーグ(綾瀬はるか)がやってくる、という物語です。彼女は未来から時空を超えて彼のもとに訪れました。

さすがにサイボーグだけあって、彼女は徹底的に強い。強いのだけれど、所詮はプログラムで動いているため、感情が希薄です。学習するロボットなので、すこしずつ変わってはいくのだけれど、「僕」の戸惑いや恋愛感情をスキャンすることはできない。中途半端に読み取った感情表現が、かえって主人公をいらだたせたりもする。が、しかし、これはロボットではなくてもあり得ることで、人間であってもそサイボーグ的に恋愛の機微に疎い女の子はいる。そんなところが共感を生むのでしょう。

強い女性+弱い男性という構図で思い出すのはハリウッド版でもリメイクされた「猟奇的な彼女」であり、あとで気付いたのですが、その作品と同じ郭在容(クァク・ジェヨン)監督なのでした。草を食むような男性が増えてしまった結果、こうした構図の物語が好まれるのだろうなと感じました。女性に守ってほしい男性が多いのだろうか。女性側からみると、そんな弱々しい男性には母性本能を感じるのだろうか。だいじょうぶか、男たち。

ただジロー(小出恵介)は、とてもやさしい男です。時空を超えて返っていく彼女と別離のシーンは二度繰り返されるのだけれど、泣けた。若干、おたく的(というか、オタクってもう言わないのか)な要素を感じて借りるのを控えていた作品ですが、よかった。VFXも迫力があって楽しめました。

いろんな映画の文脈が絡み合っていると感じたのですが、時空を超えて現れた美少女サイボーグが主人公の未来を変えるテーマを過去のやり直しと未来の再構築と考えると、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」につながります。時空を超えてダメな現実をよい未来に変える映画は多数ありますが、それだけぼくらの現実は二度とやり直せない後悔にあふれている。未来からきたサイボーグが主人公を守ることに関していえば、まさに「ターミネーター」なのですが、一定の枠組みで進行する物語のフレームが、エンターテイメントとしては心地よい。ワンパターンだ、またかーという気にはならないですね。つまり、ぼくらは(あるいはぼくは)こういう物語を潜在的に求めているのかもしれない。

ほかに映画の文脈でいうと、大地震によって崩壊した世界のなかで主人公を救うシーンでは、「エイリアン」の有名なシーンを思わせるところもありました。真似というのではなく、オマージュなんだと思います。その部分を陳腐とみるか、にやりと含み笑いをするかで評価は分かれるかもしれませんが、後者であれば映画好きも満足できそう。

それにしても。綾瀬はるかさん、すごいプロポーションです。完璧だ。ボディスーツのような身体のラインにぴったりの服を着ると、セクシーというよりかっこいい。びしっと決まっているし、キュートな感じもあります。どちらかというと感情的な表現をするシーンより、サイボーグ的な無表情で、かくかくした動きにしびれます。

しかしですね、ぼくのストライクゾーンではなかったなあ。気が強い女の子は好きだけれど、綾瀬はるかさんはちょっと違う。美人すぎる気がしました。チョン・ジヒョンのような、いまひとつぱっとしない顔で平凡で、おっとりとしたかわいらしい女性が好きなのだ。自分の好みを語ってどうする、という気もするのですが。なので、綾瀬はるかさんに関しては淡々と観ることができました。彼女のファンであれば、もっと熱狂的に支持するのでは。

こんなサイボーグが世のなかに出てくるのはあと何年後だろう、そのときにサイエンスフィクションつまり空想小説は何を描けばいいのか衰退してしまうのか、という余計な心配をしたり、音声合成のVocaloidのように、やっぱり人間は生身であるからこそ人間だ、いや人間を模倣する先端技術に拍手を送るべきだ、のような議論が生まれるのだろうな、ということをぼんやりと考えたりもしました。未来は何処へ。4月5日観賞。

■トレイラー

■公式サイト
http://cyborg.gyao.jp/
090409_cyborg.jpg

投稿者 birdwing : 2009年4月 9日 23:53

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