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2009年5月22日

ピアノチューナー・オブ・アースクエイク

▼cinema09-20:自動装置を調律する男、囚われの恋。

ピアノチューナー・オブ・アースクエイク [DVD]
ピアノチューナー・オブ・アースクエイク [DVD]アミラ・カサール, ゴットフリート・ジョン, アサンプタ・セルナ, セザール・サラシュ, ブラザーズ・クエイ

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フランツ・カフカの「流刑地にて」を連想したのですが、この映画でも機械/人間という構図がいつの間にか機械に侵食されて不条理に現実を歪めていきます。部品として全体のなかに嵌め込まれ、歯車のひとつとして使われるはずの人間が、感情という働きによって別の方向へ全体を動かしてしまう。ひとりの人間のほとばしる愛情が、狂気の計画を破壊する。そんなストーリーです。

謎のドロス博士(ゴットフリード・ジョン)によって不思議な孤島に迎え入れられたピアノ調律師フェリスベルト・フェルナンデス(セザール・サラシュ)が任された仕事は、ピアノの調律ではなく、博士が作った6つの自動装置のチューニングでした。その装置は水力で動いて、音を出すとともにさまざまなカラクリを動かします。非常に繊細な機械です。

自動装置といって思い出したのは、オルゴールですね。オルゴールというと現在はちいさな箱を思い浮かべますが、かつては部屋全体が自動演奏のための機械といえるような、大掛かりのものもあったようです。円筒型ではなく円盤型のものもあったらしい。人形を同期させて演奏させているかのようにみせる仕組みもあり、客を呼んで披露するなど、高貴なひとたちの愉しみのひとつだったようです。この映画に出てくる自動装置は、そんな古めかしい時代のオルゴールに近い仕様かもしれません。

腑に落ちない役目に戸惑いながら、特殊な調律の道具を渡された調律師は、その機械の調律にのめり込んでいきます。そうした作業の合間に島を散策していると、美しいオペラ歌手マルヴィーナ(アミラ・カサール)に出会うのですが・・・。

なんとも形容しがたい映像でした。とても幻想的です。影絵というか、洋書のおとぎばなしの黴くさい絵本の挿絵というか、古い怪奇映画というか、前衛的な演劇というか。コントラストが効いていて、それでいて周辺は、ぼんやりとソフトフォーカスのように霞んでいる。主としてセピア色、もしくはブルーの色調で、油絵のようでもある。

ひたすら木を切り続けるのっぺらぼうのようなカラクリ人形。7つの自動機械。屋敷を取り巻く森と海に打ち寄せる波。どこか詩的な風景とモノローグ。登場するオペラを歌う囚われの身の女性や、もとは娼婦という家政婦アサンプタの台詞や仕草は官能的でもあります。特に「森の匂いはどちら?」といって、アサンプタが樹木のかけらと自分の腋を嗅がせて比べさせるシーンはフェティシズムを感じました。ちょっときついというか戸惑ったけれども。

物語は、オペラ歌手のマルヴィーナがステージを終えて、舞台の袖で婚約者と抱き合うシーンからはじまります。そこに怪しい花束が届く。彼等の結婚式を目前にした演奏会で、彼女はドロス博士(ゴットフリード・ジョン)に連れ去られてしまいます。つまり博士は、自分の自動装置を完成させるための部品として、彼女をさらった。一度死なせて生き返らせて、放心状態の彼女を演奏会、つまり自動装置のお披露目のために練習を繰り返させています。

自動装置の調律のために博士のもとを訪れた調律師は、マルヴィーナに恋をしてしまう。しかし、マルヴィーナはそこにはいない婚約者のことを想っている。そうして、調律師と歌姫の関係にドロス博士は嫉妬する。さらに嫉妬した博士を、もとは娼婦でいまは家政婦のアサンプタが煽る。そんな歪んだ愛情の交錯から、次第に何かが狂い始めていきます。

家政婦アサンプタは調律師に、「ここは診療所なの。博士の専門は、こころを治すこと」ということを告げます。使用人と思っていた男達は患者だという。マルヴィーナは特に重い患者であり、治療が必要であると言われて調律師は面会することを拒まれる。しかし、狂っているのは彼等なのか博士なのか、それとも家政婦なのか自分なのか。壁のフレスコ画には既に博士と調律師と家政婦が描かれていて、運命は既に仕組まれていたものかもしれない、というシーンも謎めいています。

テリー・ギリアム監督といえば「未来世紀ブラジル」が有名であり、個人的には想像上のグリム兄弟の冒険を描いた「ブラザーズ・グリム」を観たことがありました。この映画では彼が製作総指揮としてプロデュースして、ティモシー/スティーヴン・クエイ兄弟(Wikipediaではこちら)が監督・脚本・アニメーション監督・デザインを担当しています。ぼくは知らなかったのですが、この兄弟、双子でカルト的な人気があるそうですね。強烈な偉才を放っている。

とはいえ映像はインパクトがあるのだけれど、ストーリー的にはどこか破滅に向かう展開が直線的な印象を受けました。もちろんそのあいだには、アリに寄生するキノコの話であるとか、それぞれの抑圧された愛情であるとか、数々のエピソードが豊かに幅を拡げているのですが。

筋を追うことだけが映画の愉しみではないでしょう。幻想的な映像美を愉しむという意味では、美術館で絵画を鑑賞するような充実感のあった映画でした。5月17日観賞。

■PIANO TUNER OF EARTQUAKES trailer

■公式サイト
http://www.quay-piano.jp/
090522_pianotuner.jpg

投稿者 birdwing : 2009年5月22日 23:59

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