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2008年10月12日

窓を開けて待つ陽光、あるいは風。

起伏の多い人生では、あらゆることが順調なときもあれば後悔することの多い時間もあります。問題なのは後悔ばかりの時期で、あれをやっておけばよかった、とか、あんなこと言わなきゃよかった、とか、やらなかった過去とやってしまった過去でこころが埋め尽くされる。

がらくたのような自意識の残骸。
抜け殻のような時間。

ひたすら耐える冬のような時代です。

そんな状態にあるときには、あらゆるものが精彩を欠いてしまって、見慣れた景色でさえ寂れた辺境に思えてしまいます。

どんな音楽を聴いても耳障りにしか聴こえないし、読みかけの本の活字は途中からばらばらと崩れて意識から剥がれていってしまう。修復が不可能なぐらいに、取り戻しできないぐらいに、静かに日常が壊れている。壊れた断片が日常を構成している。

何かに依存をすれば、少しだけ後悔や辛いことも忘れられるのかもしれません。お酒かもしれないし、クスリかもしれない。あるいは一過性の恋かもしれないし、あたりかまわず対象を選ばずに怒りをぶちまけることも、きっと辛さからの逃げになる。現実から逃げるためには、ぼくらの世界にはいくらでも強い刺激があり、さまざまな手段がある。

けれどもそんなことのいずれもが、いまのぼくにはむなしい。

現在、ぼくはまさに後悔の時代を生きているのだけれど、この寂寥感は、生涯で二度と過ごせないようなすばらしい時間があった、ということに起因しています。仕事の帰りに夜の新宿を駅まで歩きながら、自宅の近くを散歩して取り壊されてなくなってしまった電話ボックスの場所で途方に暮れながら、その時間のことをぼんやりと考えます。

ほんとうにすばらしい日々でした。あらためて思うのは、あれだけ充実した時間はもう過ごせないだろうな、ということです。繰り返しても繰り返しても足りないほどの感謝をしつつ、その楽しさの落差が、いまこうして辛さを生んでいる。楽しさに甘えて、こころにない酷いことを言ってしまったのですが、そのことを後悔しています。言うべきではなかった、と思っています。

行き場のない感情は憎しみに変わり、現状を超えてあるはずのない過剰な批判や蔑みを生み出したり、根拠のない責める言葉を量産したりします。

けれどもマイナスの感情をすべて吐露したあとでさえ、ネガティブな何かを打ち消してしまうほど、すばらしいことがたくさんありました。暗い感情の雨が降ったあとには、陽に照らされた明るい過去が戻ってきた。暗雲に隠されていた光は決して弱まっていなかった。

ありがとう。素直にそう想う気持ちを大事にしつつ、窓を開けて風を部屋のなかに取り込み、光の変化する秋の休日の陽光を楽しんでいます。

怒りや憎しみや蔑みという強い感情は、きっと強いテンションを維持することはできない。少なくとも忘れっぽいぼくには、その恨みを持ち続けることが不可能です。どんなに酷いことがあったとしても、忘れてしまう。

一方で、やさしい気持ちや楽しい気持ちは弱いのですが、弱さであるがゆえに、いつまでもそこにある。

あらゆる後悔が消えて、笑顔ですべてを受け止められるときのために。辛い時間も含めたかけがえのない記憶があるからこそ、いまの自分がある、という未来をつかめるように、後悔から逃げずにいたい。代替されるもので癒すのではなくて、きちんと後悔することが、しあわせな過去にとって誠実であり、未来のためにもなるのではないか、と。

ブラインドの向こうでいま、また陽射しが明るくなりました。秋の天候はくるくると変わりやすく、キンモクセイの香りの成分は大気中の10%ぐらいに減退という感じ。部屋に乱立したビールの缶を片付けるか、不要な本を売りにいこうか、あるいはギターでも弾いてみようか、ぼんやりと考えています。

そんな休日も、少しだけ贅沢です。

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なんとなく今日、聴いてみたのはこのアルバム。辛い気持ちも晴れて、ダウンタウンに繰り出したくなるような。

B000BNM8W4SONGS 30th Anniversary Edition
シュガー・ベイブ
ソニーレコード 2005-12-07

by G-Tools

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カテゴリーアーカイブのエントリー数が増えてきたので、複数ページに分割する方法を探していたのですが、文系ブロガーの自分としてはPHP化するのはちょっと勉強不足だったので、マックス・エンヂニアリングさんのブログから「MT4.2: アーカイブ一覧のページ分割を可能にするPaged Archives」の記事を参考に、Paged Archives Pluginで対応してみました。DTMなど「○○カテゴリーに投稿されたすべての記事です。」の下に、分割されたページが表示されるようになりました。5エントリーずつ1ページです。

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エントリー復活履歴

■2008年10月11日
2007年6月24日 通りは光で溢れているか
2007年5月16日 言葉のフィールド・レコーディング。
2007年5月20日 フォーゲット&リメンバー。
2007年5月 2日 ashes and snow。
2007年3月 3日 DTM×掌編小説:リワインド。
2007年3月28日 自然の音を標本に。

[ひとりごと04]
日記を書くようにDTMで曲を創りたいというコンセプトを立てていました。そのときどきに変化する感情を曲として結晶化したいと考えたからです。作品至上主義の立場からすると、刹那的な創作ではなくじっくりと取り組むべきだと思います。当然ぼくもそう考えていたのですが、あえて荒削りなことを重視した。打ち込みに即興的なアプローチ、現実性を導入したかったのかもしれません。

■2008年10月12日
2006年2月 3日 生活知のテクノロジー
2006年2月 5日 感情のエコロジー。
2006年2月 5日 「「脳」整理法」 茂木健一郎

2006年1月 1日 「脳と創造性 「この私」というクオリアへ」 茂木 健一郎
2006年1月 1日 「ひとつ上のアイディア。」眞木準
2006年1月 1日 「幸福論」Alain 神谷 幹夫

[ひとりごと05]
芸能人になってしまう前の茂木健一郎さん、好きだったなあ。科学者ではなかったような印象はありますけどね、当時から。科学を含めた文化の横断的な評論として茂木さんの著作を読んで感涙したし、当時は新書を書き散らかすようなことがなく、しっかり文章を書かれていた気がします。ブログもいまと違って本のプロモーションばかりでなくて、光に溢れた随想が多く、励まされました。

投稿者 birdwing : 2008年10月12日 11:34

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