▼Book08-006:言葉のサブリミナル・インプレッションと身体感覚。
タイトルはいかがなものでしょう(苦笑)。ちょっと恥ずかしいものがありますね。インパクトのある表紙に惹かれて書店で手にとってしまい、「あっこれ黒川伊保子さんの本じゃないですか」と後付けで作者に気付きました。ところが欲しいと思ったのだけれどタイトルに圧倒されて躊躇。結局、別の本で隠してレジに持っていくことに(照)。個人的には"レジに持っていきにくい本ランキング"の第2位です(ちなみに第1位はアダム徳永さんの「スローセックス」)。
黒川伊保子さんはAIの研究者であり、言葉のクオリアなど語感のサブリミナル・インプレッション(ことばの音が持つ、潜在的な印象)を追究されています。「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」「恋愛脳」の二冊を読んで、ぼくは黒川さんのファンになりました。さすがに言葉および「情」の研究家だけあって、言葉に対する感度が高い。そして思考がやわらかい。
ところで、魅力的な言葉について考えてみると、内容はもちろん内容以外の効果も十分にあることに気付きます。たとえば視覚的な効果。デザインの発想かもしれませんが、活字に組んだとき字面がきれいな言葉がある。あるいは音。詩の朗読や歌では、音のなめらかさや声を出すときの気持ちよさが印象的なことも多いですね。
そもそも文章を読むという行為は、脳内に生じる内なる音として言葉を「聴く」ことかもしれません。五感とまではいかないかと思いますが、感覚を総動員してぼくらは言葉を感じ取っているのかもしれない。
と、ここまでは自分なりに考えていたことなのですが、この本の第1章の「ことばは音であって音ではない」の冒頭を読んで衝撃を受けました。目を閉じてイライラした状況を思い浮かべたとき浮かんでくる仕草は何でしょう、と黒川さんは問われています。「チッ」という舌打ちをぼくも思い浮かべたのですが、この舌打ちが何であるかについて、次のように解説されています(P.17)。
舌打ちを物理的に考えてみるとわかるはずです。
舌打ちとは、舌で前歯の裏を「打つ」という行為、そして唾液を「弾く」という行為を、一瞬にして行う作業のことなのです。
そう、舌打ちの真の目的とは、チッという「音」ではありません。
むしろ「打つ」だの「弾く」だのといった、プリミティブな身体制動の結果として、あの音が出ていることになります。
手足を痛めることもなく、誰かを怪我させたり、物を壊したりすることもなく、しかも一瞬にしてストレスを発散させられる行為。
こうやって考えてみると、舌打ちが魔法のようなストレス発散法であることが理解できるでしょう。
発話自体が「発声時の身体感覚」をともなっているわけです。当然といえば当然なのだけれど、舌打ちが身体的にもストレスを解消する行為になっているとは思いもつきませんでした。
つまり舌打ちは、言葉であると同時に、モノを蹴っ飛ばしたり殴ったりする行為と同じなんですね。しかも蹴っ飛ばすモノがなくてもできる(自分の口内を舌で蹴っ飛ばす)のでお手軽です。ただ、黒川さんも指摘されているように、聞いているひとに不快感を与えるので注意です。
「語感」は脳内の快感や不快感につながるだけでなく、身体感覚を伴っている。この発想が新鮮です。言葉でイライラを解消したり、気持ちよくなったりできる。この部分は「あとがき」に書かれた次の部分とつながります(P.204)。
街で、あえて美しくない語感のことばを連発する女の子を見かけると、なんだか、彼女を抱きしめたくなります。彼女は、その語感でしか解消できないストレスを抱えています。あ~、この子の脳、苦しいんだ、と思って、せつなくなるのです。けどまぁ、吐き出すような音を好んで並べる女の子たちは、同情や抱擁が何よりキライですからね、実際には手は出しません。
このところ「日本語の乱れ」を嘆く大人によく出会います。でもね、美しくないことばを使う女の子を責めても始まりません。だって、その言葉が彼女を救っているんですもの。
この発想には、黒川さんのやさしさを感じました。ぼくは言葉遣いが悪いひとたちをそんな視点でみたことはなかったなあ。
言葉は時代によって変わっていきます。もし日本語が乱れているのであれば、乱れを誘発するプレッシャーやストレスがあるわけで、その解決がなければ根本的な解決にならない。
大人たちは、日本語の乱れを嘆く前に、若い女の子たちの脳ストレスに同情すべきだと思うのです。「日本語の乱れ」を何かしたいのなら、その語感で解消するしかないストレスのほうにこそ目を向けるべきです。
痛感しますね。問題解決(ソリューション)は表面だけみていてもダメで、根っこから取り組まなければいけない。日本語の乱れを憂うことは大事だけれど、若者たちの言葉を抑圧した場合、その語感によって解消されていたストレスは他に向かうことになるのかもしれません。女性らしい言葉を使いなさいといっても、厳しい社会に生きているのだからストレスも溜まる。
映画「バベル」で菊池凛子さんが演じるチエコをちょっとイメージしました。彼女が演じるチエコの場合には、言葉を聞けない/話せない障害もあるので、さらに辛い。
ちなみに映画「バベル」は言葉の物語でもあります。Wikipediaから次を引用しておきます。
原題のバベルとは『旧約聖書』の「創世記第11章」にある町の名。町の人々は天まで届くバベルの塔を建てようとしたが神はそれを快く思わず、人々に別々の言葉を話させるようにした。その結果人々は統制がとれずばらばらになり、全世界に散っていった。映画ではこれを背景として、「言葉が通じない」「心が通じない」世界における人間をストーリーの行間から浮き上がらせていく。
同じ日本語を喋っているのに通じない。心がみえない。せつないですね。ただ語感の研究も含めて、みえない/わからない/聴こえない何かを解明しようとする試みは、非常に大切なことであると感じました。それが人間を進化させそうな気もする。
ストレスの根源となっている社会の歪みを変えることができれば、自然と言葉は美しくなるものかもしれません。「美しい国、日本」などというマニフェストもありましたが、社会の美しさを何で測るかというと、流通する言葉が美しくなったとき、その社会は成熟した美しいものなのではないでしょうか。もちろんその一方で、隠語のようなものをベースとしてラップが生まれるようなアンダーグラウンドな文化もありますけどね。
ちょっと大きな話になってしまいました。話を戻します。
感情を癒す言葉が何かというと、さすがにAIと語感の研究家である黒川さんだけあって、詳細に語られています。男性・女性別に好まれる語感を年代順に解説されていて、ひとつひとつが興味深い。詳しく検証していくと長くなるので、ざっくりと要点を整理してみます。年代と性別による好む語感です。
▼12~30歳の女性
好む語感
・口内で風を起こすS音、SH音の爽やかさ。 例)シュンスケ
・滞りを解消するブレイクスルー系の清音(K、T、P) 例)キティ
嫌いな語感
・喉壁や下を振動させる濁音(B、G、D、Z)
初潮を迎え、エストロゲン(卵胞ホルモン)過多な女性は「かったるく、おっくうな」身体意識を抱えているため、それを解消する音が好まれる。
▼12~25歳の男性
好む語感
・ブレイクスルー系の溜めて出す音(B、G、D、Z) 例)ガンダム、ゴジラ、ガメラ
男性ホルモンであるテストステロンが分泌される時期。精子をつくったり陰茎を勃起させるなどの性的な能力にも深く関係があり、出世欲、支配力、暴力性などにもこのホルモンが関与するとされる。
▼30~45歳の女性:マジョリティ層
好む語感
・鼻腔内で響かせて出す鼻音系(M、N)
・Y音、J音、D音
女性ホルモンが最も潤滑に分泌される時期で、丸く、やわらかく、満ち足りた感覚に素直に惹かれていく。
▼30~45歳の女性:セレクティブ層
好む語感
・若い女性と同じS、SH、K、T音。
・対象をがっちりつかむG音
子供を持たず男性社会の中で仕事に追われている女性は、なかなかホルモンバランスが安定しない。睡眠・覚醒の生活リズムを作るメラトニンの分泌バランスが崩れる。
▼30~45歳の男性
好む語感
・ブレイクスルー系の清音(K、T、P)
・癒し系のN音。M音は微妙(家庭がストレスの場合、ママの音は微妙)
社会的なストレスが最高潮に達している年代なので、20代よりも強い刺激は求めない。
▼45~65歳の男女
好む語感
・風の音であるS、SH音
・滞った感じを打破してくれるブレイクスルー系のT音
・しっとりしたN音、M音、H音(男性)
・どっしりとしたD音(男性)
・ふっくらと膨張するW音(男性)
・摩擦を感じさせるJ音(男性)
嫌いな語感
・ドライなK音(肌に潤いがなくなってきているので)
・スピード感のあるS音、T音
面白かったのが、なぜぺ・ヨン・ジュンがおばさまに好まれるか、という考察。彼の名前自体が「二度も抱きしめる」名前であるとか。ヨンについては次のように分析されています(P.157)。
まず、「ヨン」ということばは、優しい抱擁の体感をつれてきます。
Yは、口腔全体をやわらかく使って出す、和らぎの子音です。先頭子音で口腔内を和らげたそのYの後に、包み込む大きな空間を想起させる母音O、そして舌を上あご全体にやわらかく押し付けるN音「ン」が続きます。つまり、「ヨンさま」と呼ぶと、自分の口が知らないうちに「大切なものをやわらかく受け入れ、抱きしめる」物理現象をつくっているわけです。
そ、そうなのか。つづいてジュンについて(P.160)。
Jは、舌を膨らまし、その舌にこもるような振動で出す子音です。舌が口腔内いっぱいになる感じがするので、ベースとして肉体的な親密感があるのです。中でもJuの発生に伴う物理効果は、唾液を集めて舌の中心に持ってきます。これに舌を上あごにやわらかく押し付けるンが続くと、まさに「しっとり濡れたやわ肌が密着する」のです。
・・・なるほど。つまりこういうことらしいのです。
それにしても、ヨンジュンという名前はすごい。「ヨン」は服を着た抱擁だけど、「ジュン」は濡れた素肌の抱擁です。一回名前を呼ぶだけで、二度抱きしめられる。あるいは、もっと直接的な「包み込んで、濡れて、密着する」行為につながる人もいるかもしれません。
なんだかエッチですね(照)。ただ、おばさんにはこの濃厚な名前自体がうけるのだけれど、ホルモンのバランスが悪く滞った感じを抱えて暮らしている若い女性には、その語感からして、しつこく、うっとうしいものらしい。それにしても、ブームや時代のトレンドを語感から分析している手法がすごい。名前を付けるときには気をつけなきゃ、と思いました。というか、既にふたりの子供がいるぼくには遅すぎなんですけど。
さて、男性もこの本は読むべきではないかと思っています。
女性の心理を理解する上では黒川伊保子さんの本に学ぶことが多いと思います。たとえば恋愛の場面で明日からでもすぐに使えるTIPS(技)は次です。これはメモしておくといいと思います(P.152)。
あいたかった、あえてよかった、ありがとう、あとで○○しようね、あしたね、いいね、うん、おはよう・・・・・・彼女との心の距離を縮めたかったら、母音はじまりの言葉を上手に使いましょう。
うーむ。これは男性のぼくとしても、言われたらかなり嬉しい言葉の数々ではないか、と。あいしてる、も母音ですね。いっしょにいたいね、うれしいよ、なども母音。あいうえおで語れば彼女とうまくいくのかもしれない、という仮説です。ただ、このこともしっかり裏付けされています(P.151)。
母音は、声帯の振動だけで出す音声です。
子音のように、息を遮って破裂させたり、息を擦ったり、舌を弾いたり、そんな効果を一切加えずに出す、ありのままの音が母音です。このため、母音を聴くと、その人の素に触れたような気がして、あったかくなります。自分が母音を発音すると、リラックスして、ずっとそうしていたくなるのです。
恐るべし母音。
一方、黒川さん的に「日本語の使い方が上手」な男性は、政治学者の姜尚中さんだそうです。「情」を研究する女性の視点から、「理」で俯瞰する彼の言葉の使い方を褒め称えています。ちょっと妬ける(笑)。というのは、かなり熱烈に絶賛されているので。
姜尚中さんの言葉の何が美しいか、ということも分析されていて、「てにをは」の歯切れのよさと指摘されています。「あなたはぁこのことをぉどうとらえているんですかぁ」のように間伸びさせて喋るひとがいますが、頭よさそうにはみえない。「てにをは」の切れ味がいいのは「話す言葉をあらかじめ構造化しているから」と述べられているのですが、確かにそうだと思いました。以下は、男性が仕事で明日から使えるTIPS(技)です。これもメモ。
感情に流されやすい人、なぜか部下から尊敬されない人は、切れのよい、クールな「てにをは」を心がけるようにしましょう。やがて、ごく自然に、自らの発言が考えの垂れ流しではなく、考えを「部品(語句)の構成で完成する全体」と見立てて発言するようになります。
プライベートでは「あいうえお」で愛を語り、仕事のミーティングでは切れ味のいい「てにをは」で発言。
言葉を変えただけでは仕方ないのかもしれませんが、言葉を変えることによって思考と身体感覚に変化を与え、自分を変えることもできそうな気がしています。ちょっとした言葉の使い方の変化で、かっこいい男になれるのではないでしょうか。頑張りますか。
投稿者: birdwing 日時: 23:46 | パーマリンク
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