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2006年5月 7日

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「古道具 中野商店」川上弘美

▼book06-34:明と暗のコントラスト。

410441204X古道具 中野商店
新潮社 2005-04-01

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中野商店という古道具屋をめぐる物語で、店主であるハルオさんを中心に、そこでバイトをしているヒトミさん、タケオくん、ハルオさんの愛人サキ子さん、姉であるマサヨさんなど、さまざまな人間模様が交差しながら描かれていきます。全体的なイメージですが、ハレーションを起こしたような夏の日の明るい風景に対して、古道具屋の店内は暗く湿っている。同様に人間も外部の明るさや美しさだけではなくて、内面には日陰になる部分を抱えているものです。登場人物を通じて、そのコントラストの描き方がうまいと思いました。

一般的に川上弘美さんの小説には、50代以上の年を取ってからの恋愛をテーマとしたものが多いのですが、その「抜きさしならない感じ」が伝わってきます。一方で、中野商店で働いていたときと、その店を卒業(辞めるというよりも、どこか卒業という言葉が似合っている気がしました)したあとの、ヒトミさん、タケオくんのまばゆいばかりの変貌の描かれ方もうまい。川上弘美さんの小説のなかでは「センセイの鞄」の系譜に位置づけられるような作品ではないでしょうか。

結局のところ、身体的なものはともかく、気持ちが若ければいつまでも青春なんだろう、ということをぼんやりと考えたりもしました。ちょっと黴臭いけれども、あたたかな交流が描かれたこの小説は、読み終わったあとに青春小説的な爽やかさを感じました。5月6日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(34/100冊+29/100本)

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「第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい」M・グラッドウェル

▼book06-033:人間という高度なセンサー。

4334961886第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)
沢田 博
光文社 2006-02-23

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極度の興奮状態に陥ると、どんなひとも一時的に自閉症のような状態になるそうです。どういうことかというと、他人の心が読めなくなる。この本のなかに書かれているのですが、ニューヨークのホイラー通りの悲劇として、夜中に家の外で煙草を吸っていた男が、巡回していた警官の呼びとめに挙動不審な行動をしたばかりに、4人の警官に41発の弾丸を打ち込まれて殺されてしまったそうです。これは、不審者を追いかけるときの興奮状態と暗闇のために表情を読めなかったことから、かなしい事件に結びついたのだと解説されています。

つまり、普通の状態であれば、ぼくらの視線はそれぞれのひとの表情や状況を読もうとする。ところが極度の興奮にあったり、時間がなかったりすると、ある種の盲目的な状態になる。ちょうどこれは、自閉症のひとの視線と同じ状態になるらしい。自閉症のひとにドラマをみせると、喧嘩している登場人物の顔に視線が推移するのではなく、まったく関係のない壁の絵などをふらふらと視線がさまよう。他人の感情を読もうとする心理のセンサーが触れないようなのです。

科学的な分析でも見抜けなかった美術品の贋作を「何かおかしい」という直感から2秒で見抜いた専門家、15年後に夫婦が別れるかどうかを瞬時に見抜く心理学者など、状況を「輪切り(スキャンということだと思います)」にして判断する人間の能力について書かれた本です。といっても特別な能力ではなく誰もが持っている能力であり、このスキャンする能力は無意識的な部分が大きな働きをしているとのこと。人種差別について書かれた文章を読んだあとに心理テストをすると、理屈ではわかっていても黒人に対する印象が悪い結果になってしまう。怖いことだと思いました。マインド・コントロールにつながるような気がします。ヤクザ映画をみると、肩をいからせて歩いてしまうというように、何を観るか、何を聴くか、ということがそのひとに影響を及ぼすわけです。

体系的な理論になっているわけではないのですが、ひとつひとつのエピソードがとても面白く、無意識の罠にはまることもあるものだな、と考えた本でした。5月3日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(33/100冊+29/100本)

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2006年4月27日

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「方法叙説」松浦寿輝

▼book06-031:うつくしすぎる、方法論。

4062129736方法叙説
講談社 2006-02

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松浦寿輝さんの本をはじめて読んだのは、学生の頃、古本屋で「口唇論」を購入したときでした。その後、思潮社の現代詩文庫を購入したような気がします。詩人でもあり、小説も書いているマルチな松浦さんが「私のやりかた」という、思索や詩作(どちらも、しさく、だ)の方法論を展開してるのがこの本です。ある意味、思考の遍歴と、映画でいうところのメイキングという印象もある。

それにしても思想家であり詩人でもある松浦寿輝さんの言葉はうつくしすぎると思いました。冒頭の奇術師の指先をめぐる考察からはじまり、仲の悪かった両親に対する記憶、水のイメージと、自分の人生というテクストまで読み解こうとする。そして、小説の練習と入試問題のパロディのようなものまであり、さまざまな変奏を繰り返しながら最後の上空からパリの灯を俯瞰した描写まで、思考のエクササイズが流れていきます。うつくしさに傾倒する自分に対して自嘲の念もあったり、「きれいな美意識のひとですからねえ」という自分の批判に対する根深い憤りが執拗なこだわりで引用されたり、きれいではない感情も吐露されているのですが、それもまた美のなかのスパイスとして機能している。

迷うことのめまいや閉塞感についても書かれています。子供は迷うことが特権である。そして迷いとは、全体が見えないことによって生まれるという指摘に、なんとなく惹かれるものがありました。ぼくは全体を見ることができるようになりたいと望んでやまないのですが、神の視点を獲得するのではなく、全体が見えない迷いのなかに生きることこそが、日常や生活かもしれません。そうして迷いに迷った思索は、ぐるりと迂回してまたもとの場所に戻ってきてしまうものです。松浦さんもこの本のなかで、自分の人生が何だったのか、どういうやりかただったのか、何度も行きつ戻りつして反芻されている。

薄い本なのであっという間に読んでしまったのですが、書くことに対する重要な一文を発見した気がしたのに、あらためて読み直してみるとその部分がみつからない。言葉の手品にやられた、という感じです。4月27日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(31/100冊+29/100本)

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2006年4月26日

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「自分の感受性くらい」茨木のり子

▼book06-030:詩集を読む贅沢な時間。

4760218157自分の感受性くらい
花神社 2005-05

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詩集を買うのは小説を買うのとはちょっと違います。だいぶ違うかもしれない。脳科学に関する新書を買うのとも違うし、分厚いビジネス書を買うのとも違う。そもそも詩集など一生買わないひとだっているかもしれません。というのも、詩集はそもそも高い。高いうえに文字が少ない。文字が少ないのに難解です。それでも(というか、だからこそ)詩集を買うこと自体が贅沢です。その言葉ひとつひとつを味わうのは、とてつもなく贅沢な時間ではないでしょうか。

七井李紗さんのブログ「ほっと!ぐらふ」はお気に入りのブログのひとつですが、七井さんの幼馴染みにmaiさんという方がいて、maiさんのブログもとてもいい。広報のお仕事をされている七井さんのやわらかな印象とは対象的に、maiさんはちょっと文語調の結晶化されたような硝子のような文章を書かれています(というのはぼくの印象です。最近、かなりやわらかくなったような気もしますが、どうしてでしょう?)。実はそのブログで、 畠山美由紀さんのことを知り即行でCDを購入しました。そして畠山さんの曲の雰囲気に影響を受けて「サクラサク。」という曲のイメージができた(ぜんぜん似ていませんが)という、そんな経緯もあります。わらしべ長者的かもしれません。さらに、やはりmaiさんのブログで茨木のり子さんの詩集が引用されていて、これもいいなと思っていて、なんとなく買おうかどうしようか迷っていたのですが、本日やっと購入しました。延々と種明かしをしてどうする、という気もするのですが、ぼくはお会いしたことがないネットのひとたちに影響を受けやすい。けれども、その影響が、ぼくの創作(を含めて、ぼくの瑣末な日常)を支えてくれているような気がします。ということを言っておきたかったわけです。あらためてmaiさん、そしてみなさま、ありがとうございます。

さて、この詩集のなかでいちばんインパクトがあるのは、タイトルにもなっている「自分の感受性くらい」です。「ぱさぱさに乾いていく心を/ひとのせいにはするな/みずから水やりを怠っておいて」ではじまり、すべてが心に刺さる。「初心消えかかるのを/暮らしのせいにはするな/そもそもが ひよわな志にすぎなかった」もがつんとくる。

それにしても、詩人が使うと、どうして言葉は豊かになるのでしょうか。まず、白い余白のなかで視覚的に活字が浮き立ってみえる。次に黙読すると、そのなめらかさに驚きます。音読するとさらに響きが広がる。「即興のハープのひとふし」「くだまく呂律 くしけずる手」「言の葉さやさや」(「存在の哀れ」)、「ひんぴんとみる夢(「殴る」)」などなど。抜粋しようとしていたら、どの言葉もすばらしく思えてきたので断念しました。

詩として紡いだ言葉に、音のクオリアがあるような気がします。書店に行って、ししゅうはどこですか?と店員に聞いたら刺繍の本の場所に連れて行かれたという「詩集と刺繍」のように、言葉に対する感度が研ぎ澄まされているように思います。という視点からぼくが好きな詩は、「波の音」ですね。酒をつぐ音が「カリタ カリタ」と聴こえる国、波の音が「チャルサー チャルサー」と聴こえる国があるらしい。

あっという間に読めてしまうのですが、何度も読み直したい詩集です。ブログにコメントいただいたglasshouseさんおすすめのセルジュ・ゲンズブールを聴きつつ読んでいるのですが、ちょっとはまりますね。これは。4月26日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(30/100冊+29/100本)

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2006年4月25日

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「夜の公園」川上弘美

▼book06-029:どうしようもない閉塞感とざわざわ感。

4120037207夜の公園
中央公論新社 2006-04-22

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まいった。川上弘美さんのある種の本を読むと、ぼくは動揺します。心の深い場所に届く言葉があって、それが静かな水面にざわざわと波紋を起こすような感じがする。ぎゅうっと心が締め付けられるというか、誰かに置いてきぼりにされた感じというか、いてもたってもいられない気持ちになる。実は「古道具 中野商店」という小説は途中で挫折しているのですが、この小説は昨日、池袋のリブロで購入して今日一気に読んでしまいました。

登場するのは主として4人で、リリと幸夫は夫婦です。けれどもある夜、公園を散歩していたリリはよく出会う暁(あきら)という年下の青年と話をしているうちに彼の部屋についていってしまい、そのまま抱かれてしまう。そのときに、わたしはほんとうにしあわせなのだろうか、ということを考える。一方で、リリの幼馴染の友人であり英語の教師である春名という多情な女性がいるのですが、彼女は複数の男性と関係をもちつつ、友人の旦那である幸夫を紹介されたときにすぐに惹かれてしまい、リリには黙っているけれども何度も彼と身体を重ねている。この4人の関係が絡まりつつ進展していくわけです。

どこにでもあるような話かもしれません。そうはいっても倫理をこえたとんでもない話でもあるのかもしれないのですが、川上弘美さんらしい抑制のきいたトーンで貫かれていて、とぼけた会話もありつつ、静かに淡々と語られていきます。この静けさがものすごく問題です。たとえばスカートのファスナーの音などが、その場面のなかでは妙に生々しく官能的に聞こえてきたりする。さらに、それぞれの気持ちの揺らぎが心の根っこのようなところをぐいと掴んでくる。ここまで揺さぶられるのは、ぼくだけかもしれないのですが、だからまいった。

そんな恋愛はもう長いことしていないし、いまさらいいよという気がします。夫婦には不満も満足もあるけれども、平和に淡々と暮らしていきたいものです。けれども、そんなきっちりと封印している心の蓋をこじ開けて、物語の言葉がなまなましく入ってくる。静かだけれども暴力的な言葉だから、動揺する。友人と釣りをした帰りに飲んだ幸夫が、気付いたら泣いていた、というシーンは思わずぼくも涙が出そうになりました。あといくつかの部分で、かなり精神的な揺さぶりをかけられました。

緻密に組み立てられた小説だと思います。たぶん川上弘美さんは、数式を解くようにして、この小説を組み立てているのではないでしょうか。けれども数式には分解できない何かをそこに加えていることは間違いありません。それは意識的なものではなく、感覚というか本能によるものかもしれません。

現実の川上弘美さんはともかく、作家としての川上弘美さんは限りなくオンナだと思います。さらに付け加えるとしたら「魔性の」という言葉がつくかもしれない。川上弘美さんのようなオンナに出会うのは、小説のなかだけにしておきたいものです。たぶん現実にそんな女性を好きになったとしたら、ぼろぼろになるんじゃないかと思う。静かな破滅を感じさせるような、得体の知れない閉塞感や暗さ、めまいのするような感情で揺さぶられるような、めちゃめちゃに堕ちていきたくなる官能的な何かを感じさせる、珠玉の恋愛小説です。4月25日読了。

*年間本100冊/映画100本プロジェクト進行中(29/100冊+29/100本)

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